2−4 麗人が現れた!光は混乱した!
「さいっ」
それまで無言で話を聞いていた天使が、ひどく冷えた表情で口を開いた。
「てぇ!」
吐き捨てられた言葉には侮蔑の色が濃く現れており、光はそれにうんうんと頷いて同意した。
「何なのそいつら。特に王太子!自分の縁談話が面倒だからって、慎ましくて頭の良さそう君を王妃に?ばっかじゃないの!?」
「えっと、それはどういう意味合いでの馬鹿…」
「君も君だよ!ちゃんと拒否しないから、そいつらが増長するんだろ?!」
ずいと綺麗な顔に詰め寄られて光は頬を引き攣らせた。可憐な顔と身体に似合わず、天使の背はひょろりと高い。日本人女性の平均身長より僅かに高い光より頭一つ分高い。
美少女に見下ろされるともの凄い迫力だ。
「いやぁごもっともで」
妙な迫力に押されて光がへらりと笑えば天使はそうだよときつく睨めつける。
「だから、貴女みたいに王妃の品格を持った子に」
「おれが王妃になれない理由があるんだけど、国家機密だから言えない。言えないけど絶対に無理なの」
なんだそれは、と光は心中で突っ込み、ぷいと横を向いた天使をじっと観察する。
真実は定かではないが国家機密を抱える絶世の美少女。後数年もすれば、傾国の美女と呼ばれるようになるだろう。
これはやはりなにか使えるのではないか?今は手を離すべきでない、と光は導き出した。
「では、お友達からお願いします!」
「え?なにそれ」
「王妃を前提としたお友達」
「いや本気で意味分からないから」
天使が頭を抱えた瞬間、誰かの名を呼ぶ声がした。
弾かれたように天使が顔を上げて血相を変える。やばい、と小さく唇が動き、未だ光に取られたままの手を取り戻そうとするが、光は火事場の馬鹿力という現象を発揮している。
「頼む!離して…」
「いやだっ!名前とメアド…じゃない、連絡先!連絡先教えてくんなきゃ離しません!
どこのお屋敷にお住まいですか?!男性と食べ物、服の好みは?!」
「ちょぉおおっ!」
「ディラ?」
こんな所で何をしているのだ、と落ちてきた声に光は振り返る。
天使よりも高い位置にある涼しげな双眸に柔らかな輝きが煌めいていた。
「そちらはどこのお嬢さん?」
鍛えられたすらりとした肢体を包むのは白の騎士服。見慣れたそれのはずが、まるで別物にしか見えない。
男装の麗人。
「宝塚の男役トップ…!」
「え?」
「いえいえこちらの話しで」
「馬鹿!君が離さないから見付かっただろ?!」
「ディラ?」
柔らかだった麗人の声から温度が消えた。天使はひっ、と声を上げて光の背に隠れるようにしている。
「何だその言葉遣いは。年頃の娘がそんな言葉を遣うんじゃない!」
「煩いな!それを言うなら君もだろ?!嫁に行きそこねるぞ!」
「私は女である前に騎士だ!心配せずとも嫁になど行かん!」
自分を挟んで唐突に始まった言い合いに、光は小さく息を吐いた。
美少女と麗人の女らしくしろ、という言い合いはかなりの迫力である。
見た目はそりゃあ敵わないが所作や言葉遣いならば、この二人よりも自分の方が女らしいと言っても良いだろう。
美少女は言葉遣いも動きもどこか粗雑で、きらきらと煌めく気品がどこから現れるのかが不思議なほど。
麗人の所作は無駄なく美しく、流石は騎士だと言えるが、女性としての柔らかさはまるでない。言葉遣いが悪い訳ではないが、男社会で育ってきたと言わんばかりの口調である。
やいやいと終わりの見えない言い合いを二人が続けるうちに辺りはすっかり暗くなっている。
光は恐る恐ると声を掛けた。
「あのぉ」
遠慮がちな声がした方を二人ははっとして見遣った。すっかりと存在を忘れられた光が曖昧に笑っている。
「そろそろ帰らないと家の者が心配するので帰ります。お名前教えて頂いても良いですが?」
あ、後どこに行けばお会いできますかねぇ、と光が問えば、麗人はにっこりと笑んだ。同性だというのにどきりとするほど魅力的な笑みである。
「君の家まで送ろう。行くぞ、ディラ」
天使ははぁいと不服そうな返答をし、怪訝に光を見下ろしている。
「私はリリィーラ・ドナウ。こちらがディラ・ファウル」
「カリイと申します」
そこで麗人と光は首を傾げた。どこかで聞いた名だ。
「君が!」
声を上げた麗人を見上げ、まるで本質は違うだろうにどこか似た雰囲気を持つ男の顔を思い出した光は、ああああ!!と叫んだ。
「殿下の妃候補!」
「冷血補佐官の婚約者?!」
あんぐりと口を開けて見上げた麗人の表情も自分と同じように間抜けており、光は僅かにほっとして頬を引き攣らせた。