閑話・王太子の玩具
1−9から数日後の話。三人集まると補佐官の影が薄くなるのは何故でしょう。
「お三方は身分が違うのに、随分仲が良いんですね」
補佐官の午後休憩を見計らったようにやって来る王太子とその警護という名目で現れる騎士。暇か、と毎回心中で突っ込んでいる光は、気になっていたことを口にして三組の視線に晒された。
騎士が面白そうにくつくつと肩を揺らして笑う。
「俺の母親がウォークと殿下の乳母でね。ウォークの遊び相手になってた俺が、そのまま殿下も面倒見てた」
その言葉に聞き捨てならんとばかりに、補佐官がちょっと待てと声を荒げた。
「私に面倒を掛けていた…いや、掛けているの間違いだろう」
「何言ってんの。勉強が嫌だって泣きついてきたり夜一人で眠れ…」
「煩い黙れ。お前と殿下が起こした悪行の数々、それを後始末してきたのは誰だと思っている。黙っていてやったのを伯母上に報告しても良いのだぞ」
「あ、いや何というか早まるな、俺が悪かった」
「ウォークその辺で勘弁してやれ」
「貴方もですよ」
助け舟を出したつもりが矛先を向けられて王太子は肩を竦めた。
なるほど腐れ縁というやつか。
一人納得した光は関係図を整理する。
「騎士様が年長者で」
「マクね、マク・サルク。俺が二十四でウォークが二十二。殿下は十八」
騎士様と呼ばれるのが気に入らないのか、親しげな笑みで自分の名をアピールしてくる騎士に言葉を遮られて僅かに口元を歪めたが、直ぐに口角を上げてそうですかと頷いた。
「王太子殿下の乳母をされるくらいだから、騎士様も良い御身分の出身なんでしょうね」
だが、その主張をあえて無視する。そうして笑顔で毒を付け足す。
「うん、まあ。三男だから爵位は継がないけど一応伯爵家だしね。母親は元女官長で内部に精通してるし信頼厚いから、選ばれたというのが大きいだろうけど」
「厭味を言われているのにそのまま流せるその図太さよ」
「え?なに?」
思わず日本語で発した言葉を聞き返されるが勿論笑顔で、何でもございませんと受け流す。
この図太いさはなかなかのものだ。
これなら王宮に蔓延る、ドロドロの愛憎劇を繰り広げている兵たちを平然とあしらえるだろう。騎士はよく女性に言い寄られるらしいが、面倒臭さそうなのはさらりと流し、割り切った関係を作れる女性のみと付き合うらしい。
そのスキル、わたしにもください。この兵どもを蹴散らすスキルを。
うむうむと頷きながら空になった自分のカップに茶を注ぐと、王太子が無言で自分のカップを差し出してきた。
この野郎お前の口は飾りか、と罵りながらも笑顔を向ける。
「何でございましょう」
「…注いでくれ」
「畏まりました」
カップに注がれていく茶と、それに視線を落とす少女をじっと見下ろす。ここ数日、コルト公爵家侍女長に鍛えられている成果が出ているのか、持ち合わせていた凛とした空気が強くなった。
そうして、王太子である自分に真っ直ぐ挑んでくる強さ。
「……何の心配もなく、女狐どもの群れに放り込めそうだな」
「女狐って。というか放り込まないで下さい」
むっつりと唇を尖らせた少女に王太子はにたりと笑んで見せた。
「おれの妻は頼もしいな」
「なりません!」
「まだ言うのか」
「いつまででも申し上げましょうとも!」
ぐっと睨めつけてくる少女に、軽快な声を上げて笑うと、注がれた茶を飲み干してから彼女の頭をぐりぐりと撫で付ける。さらさらと流れる黒髪。意思の強い黒の視線が気安く触るなと雄弁に語っていた。
そう嫌がられると構いたくなるのは自身があまのじゃくだからか、少女の反応が初で面白いからか。
少女の手を取って、思いの外ほっそりと長い指の付け根に口付ける。
「ではまたな嫁御」
「〜!この!」
瞬時に赤くなる少女の反応に気を良くした王太子は、午後の執務も終始機嫌良く、面倒だと逃げ出す事もなかったので補佐官の機嫌も上々であったとか。