1−9 三人寄って悪巧み
同じ世界を生きた人は存命ではないだろうが、百年以上この世界で生活してきたイタリア人たちには是非とも会いたい。だが、王太子、いや、補佐官殿の許可がなければそれは不可能であろう。
どうやってこの冷静沈着な男を頷かせるか。考えを巡らせるが良い方法は思い付かない。
「結局…これをわたしに見せて、どうしたかったのですか?」
僅かな変化でも感じ取ろうと碧の双眸をじっと見詰めるがそれは何の変化も見せなかった。代わりにひどく楽しそうな王太子の声が満足そうに答える。
「お前がどこにたどり着くか見たかった」
にたりと笑んだ王太子は、懐から取り出した書状を補佐官に渡す。それを見た補佐官はさっと表情を変えた。
「お前が使えそうで良かった。話を進めて良いぞ、ウォーク」
「しかし殿下!」
「お前が言い出した事だろうが。モールの隠し子だとでも触れて、お前かマクの所にでも縁組させれば良いだろう?」
「いいねぇ妹。俺も母上も歓迎するよ」
「いもうと?」
うちにおいでよと言われた少女は、全く話の見えない展開に眉根を寄せた。自分への説明もなしに、勝手に話をまとめようとするな。
「一体何の話ですか」
「お前に確たる身分を与えようとしているのだ。どちらの妹が良い?」
「…なんで?」
今までの流れで彼らの妹になる要素がどこにあったのだろう。これが一部で流行っていた妹萌えってやつか、と見当違いの結論を導き出してからいや違うからと自分自身で突っ込みを入れた。
「何故わたしに身分が必要になるのですか」
「お前がおれの正妃になるからだ」
せいひ?
「せいひ?」
脳内で上げた声をそのまま口にして、こてん、と首を傾げる。
初めて見せる年頃の娘らしい仕種に可愛いなぁと騎士が声を出したが、光はそんな事に構っている余裕はなかった。
「やれどこの姫だのうちを娘をだのはうんざりだ。お前なら慎ましい正妃であると同時に良い側近になれるだろう」
「正妃!」
カチン、と導き出した答えに、光は悲鳴を上げた。
「何で!何でわたしが?!正妃って事はあんたと結婚するって事でしょ?!」
王太子に向かってあんたとは随分な暴言だが、言われた本人は全く気にせず笑っている。
日本語で頭おかしいんじゃないの?!と叫ぶが、言葉が通じないだけに更に気にした様子はない。うむ、と妙に重々しく頷いて見せた。
「そうだな」
「嫌だ!冗談にもならない!っていうか、わたしみたいな素性も知れない女と結婚なんて王子さまが?!」
ないないないない!と叫んだ光の反応に、補佐官がにたりと笑んだ。これは面白い反応である。次期王妃になれると言うのに、それを蹴ろうと言うのだ。その無欲さ(寧ろ迷惑がっている)はそういった欲を嫌う王太子の支えになるだろう。
これは思った以上に良いものであったらしい。
「そうですね。私の妹ならば身分も問題ないでしょう。微かにもない品位も、うちの侍女長に指導させれば問題なく…」
「拒否!断固拒否!!」
さらりとけなされているが、そんなことを気にしている余裕は今の彼女にはない。
「何語だそれは」
「何で?いやほんとありえないし!」
血相変えて慌てふためく少女を楽しげに見詰める三組の視線。
王太子は肩を揺らしながら立ち上がり、行儀悪く残りの茶を飲み干すと茶菓子を口に放り込んだ。
「おれはそろそろ執務に戻る。後の処理は頼むぞ」
「はい」
「じゃあ、俺も。またね、カリイちゃん」
一応は王太子着きの近衛騎士である。マクも腰を上げ、部屋を出ようとしたが、そうだと呟いて光の横まで戻って来た。腰を折って動揺したままの光を覗き込んだ。
無駄のない動作で下りてくる柔らかな笑み。
「何かあったら寄宿舎までおいで。いつでも相談に乗るから」
薄い茶の双眸がゆるゆると細められ、厚めの唇が弧を描く。それが額に落ちてきて、僅かな熱と柔らかさを呆然と味わった後。
戸が音を立てて閉められ、我に返った光は盛大な悲鳴を上げた。