1−8 勇者とイタリア人
ロード国と隣国には大きな山脈が存在しており、数百年前よりその頂上を国境としてきた。件の銀山は麓に近い場所にあり、その所有を争った事など過去に一度もない。何より、その銀山には僅かな資源しかなく、とっくに廃鉱となっているのだ。
「その銀山に不思議な集団が現れたのは、百年ほど前のことだ。その銃や見たこともない武器類を抱えた言葉の通じない男たちはそこに住み着き、当時の国王、三代前の国王に越権を求めた」
「そんな胡散臭い奴ら、本来ならお目通り出来る訳ないんだけど、彼等は門番の目の前で空を飛ぶ鳥を撃ち落とした。魔法だって言って、門番は慌てて彼等を確保した。そんな能力を持った魔術師なんて、見たことなかったからね」
言葉を理解していくうちに光が最も肩を落としたのは、魔術師というのは魔法使いではないという事だ。どうかと言えば化学者のようなもので、世界の理を研究したり、ある者は呪いを研究したりと胡散臭い。箒で空を飛んだり、炎を操ったりなどは失われた力と言われ、その力を継ぐ者は居ないらしい。
お伽話の魔術師ならば城に招き入れ、抱え込むのが当然だとばかりに当時の宮廷魔術師に引き合わせたが、彼等はたどたどしい言葉で「これは魔術などではない」と主張する。ではなんだと問えば、国王と会わせて欲しいの一点で話しにならない。
「当時の国王はバライ殿下のようにのらりくらりとした方だったらしくて、あっさりとお会いになったらしい」
近衛騎士の言葉にも本当緩いと頷く光にも王太子は気にした風はなく、王太子は銃を懐にしまい込んだ。
「彼らは麓の村でこの世界の言葉を覚え、どうやら異世界に迷い込んだらしいと結論付けた。彼らは最低限の保護を望み、必要以上の接触を望まないと主張した」
「勝手なものだな異世界人とやらは」
ウォークの言葉に、それは私も含まれるのだろうなおい、と日本語でごちた。
「彼らは戦争の真っ最中だったんだって。戦場でいつ果てるとも知れない諦めた命が、ここではそうでないとなればゆっくりと生きたいと思うのも当然。ただ、彼らは男ばかりだったから、仲良くなった麓の娘たちとの婚姻は許して欲しいと主張した」
子孫を残したいというのは生物なら当然の欲求で、無理矢理でないのなら勝手にしろと国王は許可した。引き換えと言っては何だが、と国王は銃と彼らの知識を所望し、彼らはそれに応じた。
「彼らの存在を知るのはごく僅かの限られた者だ。お前が読んだ本というのは国立図書館の閲覧禁止の物だろうな」
係は一体何をしているのだ、と嘆息した美貌の補佐官に光はうぐと息を飲み込む。モールの許可証を持って初めて訪れた日に確かに注意されたのだ。
職員の若い男性にそちらは閲覧禁止だからと入らないようにと言われたが、閑散とした図書館は他に人が居るでなし、職員たちは入口付近でせっせと仕事をしていたので素知らぬふりで閲覧禁止の部屋に入った。
入るなと言われれば入りたくなるのが人の性。ずらりと並ぶ歴史書の中に版の大きな絵本があれば目につく。何故こんな所にと首を傾げたが、それがまさか異世界から来た人間を描いたものだと光には考え及ばなかった。
「五十年前に出版と同時に回収・破棄され、現存するのはあれっきりだ」
「じゃあ、銃なんて単語は存在しない訳ですね?」
「イタリア語らしいよ」
聞いた事なかったと問われても、英語もままならないというのにイタリア語など分かるものか。
「その…イタリア人の方々に会わせて頂く事は出来ますか?」
「さあてな」
王太子が補佐官へと視線をやると、彼は深々と息を吐いて光を見据えた。
「この国で銀山の真実を知る者は両手の指で足る程だ。勿論、ドロー殿も知らん」
「でも君は同じ世界から来た訳だしね」
「短絡的に物を言うな」
「はいはい」
窘める言葉に騎士は肩を竦めて見せたが反省した様子はない。
「問題は、何故、彼らの存在が隣国に漏れたかという事だ」
「イタリアの方々が、銀山から出ちゃったとかじゃないんですか?」
「それしか考えられんが彼らからは何の報告もない」
ふう、と補佐官が何度目とも分からない嘆息を零したのを見て、王太子はああ、と声を上げた。
「お前が会いに行けば調度良いのか。彼らも話し易かろう」
「殿下!」
これ以上、頭痛の種を増やしてくれるなと叫んだ補佐官に、光は初めて同情を覚えた。