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煩悶聖女  作者: ういろー


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第3話


王都の城門をくぐった瞬間、思わず息を吐いた。


「……でかぁ…」


孤児院の世界とは、何もかもが違う。

石畳の大通り。

高い建物。

遠くに見える白い城。


ここがこの世界の中心。


そして―


乙女ゲームの舞台。


「エリシア」


隣から小さな声はセラフィナだ。ずっと袖を掴まれていたために袖はもうボロボロである。孤児なので服なんて既にボロではあるが。それでも決して離さないという気持ちだけは伝わる。


「なに」


「離れないで」


またそれだ。私が少し笑えば、花が開いたように微笑みを返してくる。


「馬車から落ちない限り離れないよ」


「……うん」


馬車が止まる。


外の空気が馬車の中へ流れ込む。少し冷たい風だった。王城前の広場は静まり、左右に並ぶ騎士たちの鎧が、夕日の光を反射して鈍く光っている。規則正しく並んだ列。誰一人動かない。ただ、鎧がわずかに擦れる音だけが静かに響いていた。


……さすが王城。


孤児院の前の土の道とは、世界が違う。


私は軽く息を吐いた。


その騎士たちの中央に、一人の青年が立っていた。


金の髪が、光を受けて淡く輝いている。長すぎず短すぎない髪が、きちんと整えられていた。背筋はまっすぐで、微動だにしない。ただそこに立っているだけなのに、自然と視線が集まる。


威圧感というより、生まれながらにそこに立つべき人間の雰囲気。整った顔立ちは、彫刻みたいに端正だった。感情をあまり表に出さない冷静な目。王族らしい落ち着き。


間違いない。


私は心の中で呟いた。


レオンハルト・アルヴェイン。


この国の第一王子。そしてこの世界、乙女ゲームの攻略対象の一人。


本来ならここで、

聖女と運命的な出会いをする、はずだった。


ゲームでは確か。


『聖女セラフィナ、貴女をお迎えできたことを光栄に思う』


みたいな台詞を言うシーンだったはずだ。


私は少しだけ肩をすくめる。


騎士たちが一斉に動きを揃える。王城前の空気が、さらに引き締まった。


「聖女セラフィナ」


王子の声は落ち着いていた。低く、よく通る声。


「王都へようこそ」


その声を聞きながら、私は思う。


やっぱりゲームと同じだ。


ただ一つ。ゲームと違うことがあるとすれば。

私が隣にいて、セラフィナが私の袖を強く握っていることくらいだ。


王子の視線が、セラフィナから私へ移る。一瞬だった。王子の表情が変わる。さっきまでの穏やかな顔が消えた。冷たい視線。鋭い目。まるで、何かを測るみたいな目。


はいはい分かってますよー自分の場違い感くらい分かってますからそんな目で見ないでくださいよ。


と心の中で愚痴を吐く。


王子は神官に尋ねた。


「その者は?」


「聖女様が同行を望まれた孤児院の少女です」


王子の目が細くなる。


「孤児院の……」


視線がもう一度私に向く。私は軽く会釈したが王子の視線は私だけに厳しい。


そして静かに言う。


「聖女セラフィナ、王城には多くの者が出入りする。しかし身元の不確かな者を近くに置くのは」


「だめ」


小さな声だった。でも、はっきりしていた。王子が驚いたようにセラフィナを見つめる。


「聖女セラフィナ?」


セラフィナは一歩前に出た。そして、私の前に立つ。

まるで庇うように。


「エリシアは私にとって私よりも大事な人なんです!」


王子は黙った。その視線が私に向く。


孤児院育ちの聖女。世間知らず。そこに近づく孤児の少女。確かに、疑うには十分だ。


王子はしばらく私を見ていた。


「聖女セラフィナのご意思ならば」


騎士たちに命じる。


「客室を用意しろ、その少女の分もだ」


私は軽く頭を下げる。


「どうも」


王子は答えない。


「王子様」


か細い声でセラフィナが言った。


「貴方はエリシアに近付かないで、触れるのも話すのもダメ。そんな目でエリシアを見る人に私の大事な人は任せられない」


王子の視線が鋭くなった。


美形の冷たい視線って怖いよねーなんて、言い出せる雰囲気でも無い。流石の私も空気読めるタイプ。


「聖女セラフィナ、その要求は現実的では無いね、王城で生活する以上、他者との接触は避けられない」


セラフィナは首を振る。


「私が聖女として力を奮う代わりにエリシアが傍にいることが条件です。あなた達は今もそうやって平気でエリシアを見下し、蔑んでる。守れるのは私だけなんです」


あんたが守られなさいよ、とは言えなかった。


その言葉だけが、妙に重かった。


苦しそうに今だって逃げ出したい衝動に駆られているに違いないのに、私の手だけは絶対に離さない。


王子は再びセラフィナを見る。


「……わかった」


低い声だった。騎士たちが驚く。


「王城の者には命じよう、その少女に無闇に触れることを禁じる」


セラフィナの指の力が少し抜ける、

でも王子は続けた。


「ただし完全に接触を断つことはできません、例えばセラフィナがいる時に話しかける事位はお願いしたいところだ。それは理解していただきたい」


セラフィナは少しだけ考えて、そして小さく頷く。


私は苦笑する。


「なんかすみませんね」


王子は答えない。ただ、冷たい声で言った。


「案内しろ」


騎士たちが動き出す。


前途多難過ぎないかコレ…。とはいえ私には何の価値も無い。セラフィナがいなければ王城にさえ来れなかった訳だし。


いつかセラフィナも離れる日が来るはずだ。


それまでは…セラフィナの幸せを願うよ、本当に。


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