第2話
孤児院の前に止まった馬車は、場違いなくらい立派だった。
黒塗りの車体に金の紋章。王国の使者だと、子供でも分かる。
扉が開き、長い衣を纏った神官が中へ入ってきた。
子供たちでも滅多に会わない院長が飛び出してきて慌てて頭を下げる。
「本日はどういったご用件で……」
神官は静かに周囲を見渡した。
「この孤児院にいる少女を迎えに来ました」
子供たちがざわつく。
「聖女様を」
その言葉で、空気が一瞬で変わった。
私はゆっくり隣を見る。
金色の髪の少女、青い瞳、そして今にも泣きそうな顔。
……まあ、そうだろうね。
ゲームの知識通りだった。
神官が言う。
「セラフィナ・ルミエールという少女はいますか?」
視線が一斉に集まると、セラフィナはびくっと肩を震わせた。そして私の袖をぎゅっと掴む。懇願するように見つめる瞳を真っ直ぐに見られなかった。
「エリシア…」
小さな声。
私はため息をついた。
「呼ばれてるよ」
神官がセラフィナの前に膝をつく。まるで神に祈るような目を向けて言った。
「あなたは神に選ばれた聖女です。どうか王都へお越しください」
しかしセラフィナはゆっくり首を振った。
「……やだ」
神官が困惑する。
「セラフィナ様?」
「行かない」
え。
私は思わずセラフィナを見る。いやいや、そこ拒否るところじゃないし、聖女イベントのはずだろ。
セラフィナは私の袖をさらに強く掴んだ。ガタガタと震えている。
「エリシアがいないなら、私は行かない」
孤児院が静まり返る。神官たちも言葉を失っていた。
私は眉をひそめる。
「何言ってるの」
小声で言うと、セラフィナは必死に首を振る。
「だめ、エリシアも来て!!一緒に」
神官が困った顔をする。
「しかし……王都へは聖女様のみを―」
「なら行きません」
その声は震えていた。でも、はっきりしていた。セラフィナは神官をまっすぐ見て言う。
「エリシアが来ないなら、私は聖女にはなりません」
孤児院が完全に静まり返る。
えぇ...??私はセラフィナを見た。
泣き虫で、気が弱くて。いつも私の後ろに隠れている子。その子が、王国の神官に向かって、こんなことを言っている。正直、意味が分からない。
そんな、...こんなこと原作には無かったはず。
セラフィナは私を見た。その瞳には涙が溜まっている。
「お願い、エリシア一緒に来て」
どうしてそこまでするのか理解できない。懐かれてた自覚はある。執着されてる理由は分からないけど、それでもきっと心細いのは分かる。
私はただのモブで、この物語に関係ない。むしろ、セラフィナは王都に行けば、王子とか騎士とかそういう攻略対象に囲まれ大事にされるはずだ。
神官たちは相談を始めた。聖女をこのままにしておけない。でもただの孤児を連れていくのも前例がない。と言ったところだろうか。
……まあ、そりゃそうだ。
私は小さくため息をついた。
本来なら断るべきだ。
でも、セラフィナはまだ私の袖を握っている。決して離そうとしない。このまま離せば一生会えない、そんな顔をしている。
私は少しだけ空を見上げた。
王都に行けば、この日常は終わる。
孤児院も。
子供たちも。
きっとセラフィナとも、前みたいにはいられない。それならもう少しくらい傍に居てもいいかもしれない。セラフィナが拒絶した時に素直に従えばいい。
「わかった」
私が言うと、セラフィナの目が大きくなる。
「一緒に行くよあんたが望むなら」
セラフィナの顔がぱっと明るくなった。そして次の瞬間、ぎゅっと抱きつかれる。
「ありがとう…絶対に守るから…!」
……重い。
それに守られるのはセラフィナだろ、なんて言葉も出ないくらい蕩けるような微笑みだった。
もう少しだけ、この泣き虫の面倒を見てやってもいいかもしれない。
そう思っただけだった。
それが―
私とセラフィナの運命の分岐点だとも知らずに。




