塩気
主人公「僕」と「彼女」のもう会うことのできない物語。命が消えるとき人は大切であればあるほどその人のことを考えるだろう。だから故に今あるものを大切にしようと思うこともできる。あれを言えば良かったと後悔してしまうこともあるだろう。それを乗り越えろだなんては無慈悲だ。だからそんなことは言わないがきっと先に逝った人は幸せになって欲しいとだいたいの人は言うのじゃないかな?
彼女が死んだ。
それは突然のことで身体では涙が出ているが頭の中では何が起こったかがよくわからなかった。
僕が彼女と出会ったのは大学3年の夏、駅から家に帰ろうとしていた時にハンカチを落としたのを拾ってくれたのが彼女だ。「落としましたよ」その一言でお礼の言葉を詰まらせるくらい僕はその瞬間に“かわいい”と思えてしまった。「ありがとうございます」普通ならそこで、あぁかわいかったなで終わるところだった。その次の日、雨で駆け込んだ駅のホームの中でたまたま一緒になったのだ。ここは田舎の無人駅なので通勤や通学でもそんなに人通りは少ない。あっちは気づいていない様子だったので僕は咄嗟に「昨日の!」と話しかけてしまった。それでもピンときていなそうな雰囲気だったので「ハンカチを拾ってくれた方ですよね?ありがとうございました」と自分の中では90%彼女だと思ったけど、万が一10%の確率で人違いだということも覚悟して話をかけた。そうすると「あっ、昨日の…いえいえよかったです。」と少し素っ気ない感じもしたけど、なにより人違いじゃなくてよかった、昨日よりかわいすぎる!と心躍った。
そこから、お礼をしたいという名目でデートに誘い、数日後に僕らは一緒にご飯を食べに行った。そこで聞くには、どうやらここ数日、どうやら嫌〜なことが立て続けにあったそうで、二日前に遡る。「私、彼氏が浮気してるところを見て、もういてもたってもいられなくてその彼氏にビンタして別れたんだけど。そのビンタした手が腫れちゃって。それ彼氏の祟りじゃーん」とちょっと軽快な会話をする彼女にちょっぴり驚いた。物静かそうな感じな子だと思ったがすごく明るい子だと僕は思った。「それから昨日なんだけどさ、家出た瞬間鳥ウ◯チかけられてさ〜、まぁそれはある意味運がついたというか〜?って突っ込まんかい!」と言う感じでバリバリ明るい人だった。ちょっぴりウザいぐらいに。「た、大変だったね」と笑いながら返すと
「そうなのよ、そこから黒い猫を見かけるは、何もないところで躓くはで、大変だったわ。君のハンカチを拾っていいことをしたと思ったけど朝話しかけられて、知らない人から声かけられてナンパだと思ったから素っ気ない感じ出しちゃった。ごめんね!」
良かった。僕はとにかく嫌われていない認定だったことに肩の荷が降りた。
そうして、明るく話してくれる彼女と僕はアニメの話や好きなアーティストの話で大変盛り上がった。メールの登録もして、また会うことを約束した。
そして、次のお出かけの約束、そのまた次もと仲良くなって付き合うのにそんなに時間はかからなかった。時にはカフェ巡りをしたり、遊園地に行ったり、友達が少ない僕には楽しすぎた時間だった。そして、同居をすることを決めて、ご両親にご挨拶。とっても緊張する扉を開けて、待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべてくれる笑顔に僕は心底ホッとした。手土産を渡して、ちょっとした生い立ちやらなんやらを話して、やっと本題だ。「あの、お嬢さんと同居させていただきます!」そう言ったコンマ数秒後には「ああ、そうだね〜よろしくね!ガサツな娘だけどよろしくね!」とあっけなかった。お父さんの方も微笑んでいた。「うち一人娘でさ、彼氏が挨拶しにきたときにやっときたいことがあってさ」ま、まさか反対されるんじゃと思ったが、お父さんが「全然、同居も結婚も賛成だよ、だけど反対する役をやってみたいんだよ」おぉそうだったのかびっくりさせないでくれと内心思いつつも「全然いいですよ」と承諾をした。「ちょっと、まだ結婚ははやいでしょ!」とのツッコミもあったが、スマホを掲げる彼女とお母さん、そして僕とお父さんの即興演技が始まった。
「お前に娘はやらん」「お父さん、そこをなんとか!」「お前にお父さんと言われる筋合いはない!」
などと猿芝居にも程があるけど、終始笑いの絶えない家族だった。
同居を始めて、一ヶ月に一回は外食を儲けることを決めたり、彼女の愚痴を聞いたり、聞いてもらったり。こんなに手放したくない人は初めてだった。僕は家族と仲が悪いわけでもないがそこまで良いというわけでもない。会話をしても一言二言で終わるようなそんな素っ気ない家族だった。でも、今こうやって話してても永遠に続くんじゃないかという会話や笑顔はこの先も続くんだろうし、ワクワクでもあった。まるで仲のいい親友がずーっと家にいるみたいで、些細なことでも2人でケラケラ笑ってた。
ある日の朝早く起きる彼女をみてやたらヨロヨロ歩きをして、妙に躓いていた。その日は彼女は仕事に出かけた。僕も昼過ぎから仕事があるので玄関でいってらっしゃいのキスをして「気をつけてね」と見送った。まさかこれが最後の会話になるなんて夢にも思わなかった。
会社に行こうとしたとき、一本の電話があった。
「もしもし」「あっ、今泉病院の者なんですが、すみません◯◯さん(←僕)のお電話ですか?」「はい、そうです。どうされましたか?」とまさかなと思った。なんだか暗い声をしていた。「◯◯さん(←彼女)が道で倒れて病院へ運ばれてましたが、亡くなられました。」「あ?」よくわからなかった。とりあえず病院に僕は向かった。向かっている時、亡くなるってどういうことだっけ?倒れた?倒れたってなんだっけ?と頬に伝う涙を腕で拭いながら車を走らせた。
こちらです。という言葉と共に彼女はそこにいた。なんだ、ただ寝てるだけじゃないか、と手を握るといつもの温かさじゃない、明らかに冷たくなってきてる手。そして、半目で動かない瞳。「ねぇ、どうしちゃったの?いつも握り返してくれるじゃん。ほら、今日もついてない日だったんでしょ?また、躓いちゃったんでしょ。しょうがないなぁもう行く前に気をつけてって言ったのに。ねぇなんで、なんで無視するの?」いない彼女が返事をすることもなく、そこから数日間は眠ることができなかった。仕事も休みをもらい、何が起きたかというのかも徐々に理解し始めてきた。
どうやら彼女は脳梗塞だったらしい、ヨロヨロ歩いていたのもその前兆だったらしい。そして意識を失って、倒れたところが打ちどころが悪かったらしい。思えば前から思う節はあった。僕が無理矢理にでも病院に早く行かせればなんて、もうどうしようもならないことをグルグル頭が回った。
そして肉体も滅んでしまう、ほんとのお別れの日も終えて、彼女のご両親からたくさんの焼き増しした写真をくれた。「いつでも、苦しくなったらおいでね。」と苦しいのはそっちの方も同じなのに、優しい言葉もかけてくれた。
家に帰って彼女の面影を感じては、まだ実は押入れに隠れてるんじゃないかと思ったりしちゃうが、放つ言葉はこだましていく。「なんか、呆気ないね。僕さ、もっともっと君と話がしたかったんだよ。」写真に向かって言っても何も帰ってこない。それでも「ねぇ、どうすればいいと思う?君に逢いたいよ。そっち行っちゃダメかな」笑いながら言う。すると彼女の日記が転がっていた。すぐに手を伸ばして、ページを開いた。そこにはたくさん今までの日々が載っていた。何気ない日常での会話。僕がぼけたこととか、2人で作った料理、旅行の数々。思い出がそこには記されていた。そこに一番多くの締めくくりで多かった言葉が、楽しかった!というなんとも小学生の日記みたいに書かれているのも、なんだか君らしさを感じて、彼女が亡くなってから初めて笑みが溢れた。最後までページをパラパラめくっていると、最後のフリーペースを見て僕は驚いた。
あなたへ、たぶん見せないからテキトーに書きまーす笑 私がいなくなっても気にしないでね←一回言ってみたかった。ドラマみたいっしょ笑
なにがあるかわからないじゃん?だからこうやっておけば、私のこと引きずらないですむかなーって、まぁだいすきな私が突然いなくなったらきっと号泣するんでしょ?見てみてーなー泣いてるとこ
なんつって笑
私はあなたのそばにいるよ、、でも、いなくなってあなたが少しでも立ち直るまでね。立ち直ることができたら私はきっと今世でいいことばっかりしてきたので天国に行くと思います!私の跡を追って来たら地獄突き飛ばすからね笑笑
でも、これだけはほんとだよずっとずーっと大好きだよ♡これからもよろしくねマイダーリン♡
どこまで行ったって君は君だな。押し込めてた気持ちが一気に溢れ出た。胸がズキズキ痛むのを抑えながら嗚咽をしながら泣いた。泣いて泣いて泣きじゃくった。きっと君がみているかもしれないから。
次の日、そして次の日とまた素っ気ない、しょっぱい日々は続いた。歩いていたら躓いて、手が腫れてとなんかどっかで聞いた災難が僕に降りかかってきて笑いそうになった日もあったが、君はもうここにはいないんだろと写真に問いかける。空耳かもしれないが「そうだよ、じゃあね」と言ったような気がした。
塩対応という言葉は素っ気ない感じという意味ですが、この作品では亡くなった人に使用しました。「僕」は彼女の死が受け入れられないことで、まるで生きているように彼女のことを素っ気ないねという表現をしました。
素っ気ないの中にも温かさがあるということ。それは愛し合う人の性であると私は思う。




