名変
小学生の頃、自分に名前をつけるのが好きだった。
ゲームのキャラクターを作るとき、誰かに見せるプロフィール、はたまた架空の世界での自分。
それは、現実の僕があまりに退屈で、どこにもいないような気がしていたからかもしれない。
小4の頃、僕は「ライム」と名乗っていた。
理由は…正直に言えば、響きがいいというだけだった気がする。
特に意味はなかった。英語の意味も調べなかった。ただ、誰かがそれを読んだとき、少しだけ自分の存在が輪郭を持って感じられる、そんな気がした。
でも、小学四年の終わりに――一つのアニメが、僕の名前を変えた。
**『Eddsworld』**という海外のアニメだった。やけに暴走気味なギャグと、ラフで勢いのあるキャラたち。
中でも無愛想でちょっと影のある「トム」というキャラが、僕の胸のどこかをノックした。
人って、そういう風に変われるんだなって思った。
僕も名前を「トム」にした。
そうすれば、僕も少しは変われるような気がした。
⸻
小5になって、Minecraftで「H」と出会った。
ブロックでできた世界で、ふたりで冒険して、笑って、無意味な建築物を作っては壊して――
画面の向こうの誰かと、こんなにも心を通わせることができるんだなって、初めて思った。
でも、その関係は突然終わった。
Hは、ある日からブロックの向こうに姿を現さなくなった。
「別の友達が出来たから」と、その一言を残して。
何が悪かったのか、どこが足りなかったのか。
答えは聞けないまま、世界から「H」がいなくなった。
あの頃の僕は、その理由をずっと自分の中に探していた気がする。
⸻
小6のある日。YouTubeで偶然出会った動画が、僕の運命を少しだけ変えた。
「メンバー募集します」
そんな安っぽい文字に、なぜか惹かれて、気づけばコメントを送っていた。
その動画の主は、「フェンダル」だった。
彼は、後に「シズククロック」のメンバーになる――でも、そのときの僕はそんな未来のことなんて全く知らなかった。
誘われるように「スカイオーバーズ」というグループに入った。
最初は裏方として、アイディアを出す役割にまわっていた。
表に立つことはなかったけど、それでも嬉しかった。
誰かと何かを作るって、こんなに温かいことだったんだって、初めて知った。
⸻
中1で、ついに僕はスカイオーバーズの”表”に立った。
裏方だった僕が、動画に映るようになった。
再生数なんてほとんどなかったし、コメントも少なかった。
でも、確かに「見てくれる誰か」がいた。
画面越しに知らない人とつながるという感覚に、心が少しずつ色を持ち始めた。
数ヶ月経った頃。スカイオーバーズは活動を終了。
そして僕はYouTubeチャンネルを本格的に始動した。
自分の声で、顔で、言葉で、世界を作る。
まだまだ小さな波だったけど、確かにそれは、前に進む波だった。
⸻
中2。YouTubeを始めて1周年を迎えた頃。
僕はあるバンドに出会った。
「クリープハイプ」
最初に聴いた曲の名前も覚えている。
それは、不思議と自分の傷口に触れるような声だった。
ボーカルの尾崎世界観の歌声は、きれいでもうまくもなかった。
でも、叫びたくても声にならなかった何かを、代わりに喉の奥から掘り起こしてくれるようだった。
“この人は、言葉を持っている。”
それが、最初の感想だった。
僕は、名前をもう一度変えることにした。
「トム」から、「尾崎富夢」へ。
“富む夢”――僕の勝手な造語だったけど、それがいいと思った。
現実じゃ何も持っていない僕でも、夢だけは持っていたかった。
尾崎世界観からもらった”尾崎”を、今度はちゃんと背負いたいと思った。
憧れを、自分の名前にしてしまうことが、恥ずかしくもあり、同時にひどく勇気のいることだった。
⸻
そして、中3の冬。2月に、シズククロックを結成した。
最初は名前なんてどうでもよかった。
ただ、同じ方向を向いている人たちと、同じ時間を刻んでいければそれでよかった。
でも、「シズククロック」という言葉がだんだんと僕たちの形になっていった。
音を鳴らす。
笑わせる。
誰かに、届くかもしれないって信じながら。
僕のYouTubeチャンネルの総再生回数が10万回を超えたとき、スマホの画面に映る数字をじっと見つめていた。
嬉しかった。けど、それ以上に、ようやく少しだけ報われた気がした。
何かを失ってきた分だけ、何かを築いてこれたような、そんな気がした。
⸻
今、僕は「尾崎富夢」として生きている。
でもその中には、まだ「ライム」も「トム」もいる。
ひとつの名前でひとつの人間を定義することなんて、本当はできないのかもしれない。
名前を変えながら、僕は僕を作ってきた。
その全部がなければ、今の僕はいなかったと思う。
これから先、また名前を変えたくなる日が来るかもしれない。
でもそれも、悪くないと思う。
生きていくって、そういうことなのかもしれないから。
⸻
「ライム」「トム」「尾崎富夢」
僕の名前の履歴書。
誰に見せるわけでもなく、でも、ここにちゃんと刻んでおきたいと思った。
そして、
今の僕の名前が、誰かの心にほんの少しでも残ってくれたら――それでいい。




