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名変

作者: 尾崎富夢
掲載日:2025/07/12

小学生の頃、自分に名前をつけるのが好きだった。

ゲームのキャラクターを作るとき、誰かに見せるプロフィール、はたまた架空の世界での自分。

それは、現実の僕があまりに退屈で、どこにもいないような気がしていたからかもしれない。


小4の頃、僕は「ライム」と名乗っていた。


理由は…正直に言えば、響きがいいというだけだった気がする。

特に意味はなかった。英語の意味も調べなかった。ただ、誰かがそれを読んだとき、少しだけ自分の存在が輪郭を持って感じられる、そんな気がした。


でも、小学四年の終わりに――一つのアニメが、僕の名前を変えた。

**『Eddsworld』**という海外のアニメだった。やけに暴走気味なギャグと、ラフで勢いのあるキャラたち。

中でも無愛想でちょっと影のある「トム」というキャラが、僕の胸のどこかをノックした。


人って、そういう風に変われるんだなって思った。

僕も名前を「トム」にした。

そうすれば、僕も少しは変われるような気がした。



小5になって、Minecraftで「H」と出会った。


ブロックでできた世界で、ふたりで冒険して、笑って、無意味な建築物を作っては壊して――

画面の向こうの誰かと、こんなにも心を通わせることができるんだなって、初めて思った。


でも、その関係は突然終わった。

Hは、ある日からブロックの向こうに姿を現さなくなった。

「別の友達が出来たから」と、その一言を残して。


何が悪かったのか、どこが足りなかったのか。

答えは聞けないまま、世界から「H」がいなくなった。

あの頃の僕は、その理由をずっと自分の中に探していた気がする。



小6のある日。YouTubeで偶然出会った動画が、僕の運命を少しだけ変えた。


「メンバー募集します」

そんな安っぽい文字に、なぜか惹かれて、気づけばコメントを送っていた。


その動画の主は、「フェンダル」だった。

彼は、後に「シズククロック」のメンバーになる――でも、そのときの僕はそんな未来のことなんて全く知らなかった。


誘われるように「スカイオーバーズ」というグループに入った。

最初は裏方として、アイディアを出す役割にまわっていた。

表に立つことはなかったけど、それでも嬉しかった。

誰かと何かを作るって、こんなに温かいことだったんだって、初めて知った。



中1で、ついに僕はスカイオーバーズの”表”に立った。


裏方だった僕が、動画に映るようになった。

再生数なんてほとんどなかったし、コメントも少なかった。

でも、確かに「見てくれる誰か」がいた。

画面越しに知らない人とつながるという感覚に、心が少しずつ色を持ち始めた。

数ヶ月経った頃。スカイオーバーズは活動を終了。


そして僕はYouTubeチャンネルを本格的に始動した。

自分の声で、顔で、言葉で、世界を作る。

まだまだ小さな波だったけど、確かにそれは、前に進む波だった。



中2。YouTubeを始めて1周年を迎えた頃。


僕はあるバンドに出会った。

「クリープハイプ」

最初に聴いた曲の名前も覚えている。

それは、不思議と自分の傷口に触れるような声だった。


ボーカルの尾崎世界観の歌声は、きれいでもうまくもなかった。

でも、叫びたくても声にならなかった何かを、代わりに喉の奥から掘り起こしてくれるようだった。


“この人は、言葉を持っている。”

それが、最初の感想だった。


僕は、名前をもう一度変えることにした。

「トム」から、「尾崎富夢」へ。

“富む夢”――僕の勝手な造語だったけど、それがいいと思った。

現実じゃ何も持っていない僕でも、夢だけは持っていたかった。


尾崎世界観からもらった”尾崎”を、今度はちゃんと背負いたいと思った。

憧れを、自分の名前にしてしまうことが、恥ずかしくもあり、同時にひどく勇気のいることだった。



そして、中3の冬。2月に、シズククロックを結成した。


最初は名前なんてどうでもよかった。

ただ、同じ方向を向いている人たちと、同じ時間を刻んでいければそれでよかった。


でも、「シズククロック」という言葉がだんだんと僕たちの形になっていった。

音を鳴らす。

笑わせる。

誰かに、届くかもしれないって信じながら。


僕のYouTubeチャンネルの総再生回数が10万回を超えたとき、スマホの画面に映る数字をじっと見つめていた。

嬉しかった。けど、それ以上に、ようやく少しだけ報われた気がした。


何かを失ってきた分だけ、何かを築いてこれたような、そんな気がした。



今、僕は「尾崎富夢」として生きている。

でもその中には、まだ「ライム」も「トム」もいる。

ひとつの名前でひとつの人間を定義することなんて、本当はできないのかもしれない。


名前を変えながら、僕は僕を作ってきた。

その全部がなければ、今の僕はいなかったと思う。


これから先、また名前を変えたくなる日が来るかもしれない。

でもそれも、悪くないと思う。


生きていくって、そういうことなのかもしれないから。


「ライム」「トム」「尾崎富夢」

僕の名前の履歴書。

誰に見せるわけでもなく、でも、ここにちゃんと刻んでおきたいと思った。


そして、

今の僕の名前が、誰かの心にほんの少しでも残ってくれたら――それでいい。


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