エリスの過去と忍び寄る影
レオンの隠れ家で過ごす日々は、エリスにとって、剣士としての成長と女性としての充足をもたらす、まさに至福の時だった。レオンの指導と、彼の作る美食によって、彼女の剣技は飛躍的に向上し、その身のこなしはさらに洗練された。そして、夜ごとレオンと交わす甘い情事は、彼女の性欲を完全に満たし、心身ともに満ち足りた感覚を与えていた。
リリアの加入は、隠れ家に新たな活気をもたらし、ティアの疲労が癒えていく様子は、エリスの心にも温かい喜びを与えていた。それぞれの欲求が満たされ、穏やかな日々が流れていく。
しかし、その平穏な日常の裏で、エリスの心には、時に拭いきれない影が落ちることがあった。それは、彼女が「剣聖」と崇められる血筋に生まれたがゆえの、重い過去だった。
ある日の午後、レオンはエリスの剣の鍛錬を見守っていた。彼女の剣筋は美しく、力強い。しかし、レオンの目には、その完璧さの中に、わずかな「迷い」のようなものが感じられた。
「エリス、今日の動きは悪くはないが、まだ何かが足りないな」
レオンが指摘すると、エリスは剣を止め、ハッとしたようにレオンを見た。
「足りない……ですか?」
「ああ。お前の剣には、確かに技はある。だが、その根底に、何か抑え込んでいるものがあるように感じる。それが、お前の剣の限界を打ち破るのを阻んでいる」
レオンの言葉は、エリスの心の奥底に眠っていた、最も触れられたくない部分を突いた。エリスは俯き、握りしめた剣の柄がミシリと音を立てる。
「……レオン様には、お見通しなのですね」
エリスは静かに、しかし決意を込めた声で語り始めた。
「わたくしは、代々『剣聖』を輩出してきた、由緒正しき家系の生まれです。幼い頃から、厳しい修練の日々でした。一族の期待、剣聖の称号を継ぐ者としての重圧……。わたくしは、常に完璧であること、そして一族の剣の『型』を守ることに囚われていました」
彼女の声には、重い鎖に繋がれているかのような苦悩が滲んでいた。
「その『型』は、確かに基本を学ぶ上では重要だろう。だが、そこに縛られすぎれば、お前自身の可能性を潰すことにもなりかねん」
レオンは、エリスの瞳を真っ直ぐに見つめた。彼の言葉は、エリスが長年抱えてきた苦悩を、まるで解き放つかのように響いた。
「わたくしは……確かに、それが原因で、いつしか自分の剣を見失っていたのかもしれません……。しかし、レオン様と出会い、あなたの隣で、わたくしの剣は、もう一度、生き生きと動き始めたのです」
エリスはそう言うと、レオンの目を見て、その瞳に宿る情熱を伝えた。レオンと出会ってからの彼女は、剣の型に縛られず、もっと自由に、そして本能的に剣を振るえるようになっていた。レオンとの夜の営みもまた、彼女の肉体と精神を解き放ち、剣士としての感覚を研ぎ澄ませる一助となっていた。
しかし、その日の夕食時、その平穏な空気を打ち破るかのような事態が起こった。
リリアが、夕食の準備を手伝おうと無限収納から食材を取り出そうとした、その時だった。
「ひゃっ!」
リリアが、小さな悲鳴を上げた。彼女の足元に、突然、奇妙な**『血痕』**が浮かび上がったのだ。それは、地面に染み込んだようにも見え、しかし、どことなく生きているかのように蠢いている。
「これは……!?」
エリスが警戒して剣を構える。その血痕からは、不気味な魔力が放たれていた。レオンは、その血痕から漂う魔力を感知し、眉をひそめた。それは、以前ローブの男たちが使っていた「黒炎」とは異なる、しかしどこか不吉な、**『生体魔術』**のような気配だった。
「レオン様、これは何ですか……?」
リリアは恐怖で、レオンの影に隠れた。ティアも、その血痕から放たれる不穏な気配に、顔を青くしている。
「フム……。どうやら、例の連中が、地下から何かを試しているようだな」
レオンは、淡々と呟いた。地下に捕らえたローブの男たち。彼らは、ただ縛り上げられているだけでは飽き足らず、何かを企んでいるようだった。
その時、血痕が大きく脈動し、地面から、おぞましい**『血の触手』**が何本も伸びてきた。触手は、リビングの床を這い、エリスとリリア、ティアの方へと襲いかかろうとする。
「きゃあ!」
リリアが悲鳴を上げ、エリスが剣を振るい、触手を切り裂こうとした。しかし、血の触手は、切られてもすぐに再生し、その動きはさらに速くなる。
「くっ……! 厄介ですね!」
エリスは、血の触手の再生能力に苦戦を強いられた。その触手は、彼女の剣から放たれる聖なる力でしか、完全に消し去ることができないようだった。しかも、その触手からは、微弱ながらも、精神を揺さぶるような不快な魔力が放たれており、エリスの集中力を削いでいく。
レオンは、静かにその様子を見守っていた。彼の「美食の極致」は、この血の触手から、ある種の「栄養」のようなものを感じ取っていた。ローブの男たちが、自分たちの血液を媒体に、地下で何かを生成しているのだろう。
「フム……。なかなか面白いことをしてくれる」
レオンの口元に笑みが浮かんだ。彼の「美食」への探求心は、こうした異質なものに対しても、決して衰えることがない。
血の触手は、ついにエリスの足元まで迫り、彼女の身体に絡みつこうとした。エリスは間一髪で回避するが、その動きは鈍くなっていた。彼女の剣には、この再生能力を持つ魔術が、剣士としての彼女のプライドを試すかのように、執拗にまとわりついていた。
「レオン様……!」
エリスが助けを求めるようにレオンに目を向けた。彼女の瞳には、悔しさと、そしてこの状況を打開できない自分への不甲斐なさが滲んでいた。この血の魔術は、彼女がこれまで培ってきた「型」にはない、異質なものだったのだ。
レオンはゆっくりと立ち上がった。彼の瞳には、状況を楽しむかのような、しかしどこか冷徹な光が宿っていた。
「どうやら、あの連中を地下に放り込んだだけでは、不十分だったようだな。少しばかり、『躾』が足りなかったらしい」
レオンはそう呟くと、無限収納から、一本の小瓶を取り出した。その中には、真っ黒な液体が、まるで生きているかのように蠢いていた。それは、レオンが過去に遭遇した、あらゆる生命を分解し、新たな形へと再構築する力を持つ、究極の**『変異の霊薬』**だった。
「お前たちには、少しばかり、新たな『刺激』を与えてやろう」
レオンの言葉が、血の触手と、その発生源である地下のローブの男たちに響き渡った。このトラブルは、エリスの剣士としての「型」を打ち破るきっかけとなり、そしてレオンの三大欲求を満たすための、新たな「美食」の可能性を広げることになるだろう。