夢見の少女と魔王の目覚め
レオンが夢見の繭花の極上の香りに包まれ、至福の眠りへと深く沈みゆく中、彼の傍らに、まるで夜の闇から生まれたかのような存在がそっと姿を現した。漆黒のローブに身を包んだその人物は、フードの下から覗く銀白色の髪と、月光を宿したかのような翡翠色の瞳をしていた。彼女の瞳には、レオンと同じ、深い「眠り」への渇望が宿っている。
彼女は、レオンの放つ、安らぎに満ちた魔力に惹かれるように近づいてきたのだ。その白い手が、震えるように、しかし確実に、レオンの頬に触れる。その指先から伝わるのは、冷たさではなく、微かな、しかし確かに存在する安らぎを求める熱だった。
「あなたも……私の求める、安らぎを与えてくれるのですか……?」
微かに、しかし澄んだ囁きが、花畑に響いた。それは、レオンの耳には届かなかったが、その言葉には、途方もない孤独と、そして深い「眠り」への切望が込められていた。彼女は、レオンの傍らにそっと座り込み、その魔力の温もりに身を委ねるように、静かに目を閉じた。彼女の肩から、フードが滑り落ち、豊かな銀白色の髪が、夢見の繭花のように地面に広がる。その顔は、まるで眠りについたばかりの幼子のように無垢だったが、その唇には、深い疲労の色が刻まれている。
数時間後、レオンはゆっくりと目覚めた。全身は深く満たされ、疲労の欠片もない。まるで、数年分の睡眠を一度に取ったかのような、究極の安らぎがレオンを包み込んでいた。
「フム……これは、最高の眠りだった」
レオンは満足げに体を伸ばした。彼の三大欲求の一つである「睡眠欲」が、これほどまでに満たされたのは、転生して以来初めてのことだった。
彼が目を開けると、まず目に飛び込んできたのは、自分の隣で、頭を彼の肩にもたせかけ、ぐっすりと眠りこけている少女の姿だった。彼女の顔は、白い肌と対照的な銀白色の髪に縁取られ、まるで月の光を宿したように儚げだ。
「……誰だ、お前は?」
レオンは警戒することなく、しかし好奇心を抱いてその少女を見つめた。彼の強力な魔力の結界の中に、いつの間にか入り込んでいたことに、驚きを隠せない。
少女は、レオンの微かな声にも気づかず、まるで深い夢の中にいるかのように穏やかな寝息を立てていた。その表情には、長年の疲労から解放されたかのような、深い安堵が浮かんでいる。
レオンは、少女の顔を覗き込んだ。彼女の年齢は、外見から判断するに、エリスよりも若く、リリアよりは少し年上に見える。顔には、まるで泣き疲れたかのような跡が微かに残っていたが、その寝顔は、幼い子供のように無垢だった。
「この香りに惹かれてきたのか……」
レオンは、少女の周囲に漂う、微かな『夢見の繭花』の香りに気づいた。彼女もまた、この花が持つ「眠り」の力に引き寄せられてきたのだろう。そして、レオンの放つ、安らぎに満ちた魔力が、彼女をさらに深く誘ったのだ。
その時、レオンは少女の首元に、奇妙な首飾りがあることに気づいた。それは、まるで透明な水晶の中に、小さな星屑が閉じ込められているかのような、美しいペンダントだった。そこからは、微弱ながらも、レオンの知る「美食」の概念とは異なる、しかし確かな「充足」の魔力が感じられた。
レオンがその首飾りに触れようとした瞬間、少女が小さく身じろいだ。そして、ゆっくりと翡翠色の瞳を開いた。彼女の瞳は、まるで宝石のように輝き、深い眠りから覚めたばかりの、僅かな戸惑いを宿している。
「あ……」
少女は、レオンの顔を見て、目を見開いた。彼女の顔に、みるみるうちに赤みが差していく。
「あなたは……あの時の……」
少女は、かすれた声で呟いた。どうやら、彼女はレオンが安眠の番人を一撃で倒したのを見ていたらしい。
「目が覚めたか。俺はレオン。お前は?」
レオンが尋ねると、少女は慌てて起き上がろうとしたが、まだ体が完全に覚醒していないのか、よろめいた。レオンは咄嗟にその身体を支えた。
「わ、わたくしは……ティアです……。旅の……」
ティアと名乗る少女は、まだ少し混乱しているようだった。しかし、彼女の視線は、レオンの琥珀色の瞳から離れることができない。彼女の瞳には、レオンの圧倒的な力と、そして彼から放たれる、抗いがたいほどの「安らぎ」の魔力に、深く惹きつけられているのが見て取れた。
「旅、か。こんな森の奥で、何をしていた?」
レオンが尋ねると、ティアは俯いた。
「わたくしは……ずっと、深い眠りを探していました。どんな薬も、魔法も、わたくしのこの疲労を癒やすことはできなくて……。でも、この花の香りに誘われて、そしてあなたの、その……魔力に、導かれるように……」
ティアの声は、消え入りそうに細かった。彼女の言葉から、レオンは彼女が慢性的な睡眠不足に悩まされており、この夢見の繭花を求めて、危険を顧みず森の奥深くまで入り込んできたことを察した。彼女が持つ疲労は、単なる肉体的なものだけではない。魂の奥底に根ざした、深い「眠り」への渇望なのだ。
「フム……。ならば、お前も俺の三大欲求を満たす仲間になるか?」
レオンはニヤリと笑った。彼は、ティアが持つ「睡眠欲」が、彼の三大欲求を最も深く満たすパートナーになり得ることを確信していた。彼女の存在は、レオンの「睡眠欲」を極限まで引き出し、これまで以上に深い安らぎを与えるだろう。
ティアは、レオンの言葉の意味をすぐに理解できなかったようだ。しかし、彼の瞳に宿る、不思議な魅力と、彼から放たれる圧倒的な安堵の魔力に、抗うことはできなかった。
「……もし、あなたが、わたくしに本当の安らぎを与えてくださるのなら……わたくしは、あなた様の、仰せのままに……」
ティアの声は、まだか細かったが、その瞳には、切なる願いと、レオンへの絶対的な信頼が宿っていた。彼女は、長年探し求めていた「安らぎ」が、このレオンという男の傍らにあることを、本能的に理解したのだ。
レオンは満足げに頷いた。これで、彼の三大欲求は、それぞれ異なる性質を持つ三人のヒロインによって、完璧に満たされることになる。
「よし。ならば、まずは隠れ家に戻って、ゆっくりと休むといい。この森は、まだ危険な場所だ」
レオンは、ティアの手を優しく取ると、彼女を立ち上がらせた。ティアの手は、ひんやりとしていたが、その指先からは、微かな安らぎの魔力がレオンの手に伝わってくる。
レオンとティアが森を抜けて隠れ家に戻ると、心配そうに待っていたエリスとリリアが駆け寄ってきた。エリスは、レオンが無事だったことに安堵の表情を浮かべ、リリアは初めて見るティアの姿に、好奇心いっぱいの瞳を向けていた。
「レオン様、無事でよかったです! この方は……?」
エリスが尋ねると、レオンは笑顔で答えた。
「ああ。彼女はティアだ。今日から、この隠れ家で暮らすことになる。俺の、新たな仲間だ」
ティアは、エリスとリリアの視線に、少しだけ戸惑った表情を見せたが、レオンの傍らにいることで、その表情には次第に安堵の色が広がっていく。
こうして、レオンの三大欲求を完璧に満たすための「ハーレム」は、ついにその形を成し始めたのだった。