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美食の魔王と満ち足りた日々  作者: 次元美食家
三大欲求と隠れ家生活
23/46

新たなる香り、眠りの誘い

レオンの隠れ家での日々は、エリスの献身的な愛と、リリアの純粋な食欲によって満たされ、この上なく充実していた。日中はエリスの剣術指導とリリアの畑仕事を手伝い、夜はエリスとの甘美な時間を過ごす。そして、何よりもレオンの胃袋は、常に最高の食材と調理法で満たされていた。地下に捕らえられたローブの男たちは、いまだ「利用法」を検討中だが、彼らの存在がレオンの日常を脅かすことはもうなかった。

ある穏やかな午後、レオンは森の奥深くへと、新たな食材の探求に出かけていた。エリスは隠れ家でリリアと共に、レオンが与えた課題――特定の薬草の選別と栽培について、熱心に作業に取り組んでいた。

「リリア、この『月光草』は、夜にだけ咲く珍しいハーブよ。とても良い香りがするから、レオン様がきっと喜ぶわ」

エリスは、優しくリリアに教える。リリアは、その黄金色の耳をぴくりと動かし、月光草の匂いを嗅いで、目を輝かせた。

レオンは、これまで足を踏み入れたことのない、森のさらに奥へと進んでいた。鬱蒼と茂る木々の間を縫い、彼の鋭い感覚が、微かな、しかし独特の気配を捉えた。それは、これまで感じたことのない、極めて心地よい、甘く、深い「眠り」を誘うような香りだった。その香りは、疲労した体を優しく包み込み、頭の中の雑念を払い、ただひたすらに安らぎへと誘う。

「これは……まさか」

レオンは、その香りの先に、彼の三大欲求の一つである「睡眠欲」を極限まで満たす可能性を感じ取った。彼の心が、その香りに導かれるように、さらに奥へと足を進めた。

しばらく歩くと、森の奥に、まるで巨大な繭のように、輝く銀色の花が咲き誇る一帯が現れた。その花は、まるで絹糸が何重にも重なり合ってできたかのように繊細で、中心には淡い光を宿している。その花々から、あの甘く心地よい香りが、あたり一面に満ち溢れていた。

「これは……『夢見の繭花ドリームウィーバー・ブロッサム』か……!」

レオンは、その花の名を知っていた。それは、伝説の植物として知られており、その花粉や蜜には、極上の眠りを誘う効果があるとされている。しかし、この花は非常に希少で、滅多に見つかることはない。

レオンが、夢見の繭花に近づこうとした、その時だった。

ザザザ……という音を立てて、周囲の地面が揺れ始めた。そして、花畑の中から、巨大な影が姿を現した。それは、全長数十メートルにも及ぶ、まるで岩石でできたムカデのような魔物だった。その節々には、鋭い爪が生え、瞳は昏く、しかしどこか虚ろに輝いていた。

「これは……『安眠の番人スランバーガーディアン』か」

レオンは、その魔物の正体を見抜いた。夢見の繭花は、その安眠を誘う特性ゆえに、常に強力な番人を従えている。この安眠の番人は、その名の通り、夢見の繭花の安らかな眠りを守る存在であり、侵入者に対しては容赦なく襲い掛かる。しかし、その動きは緩慢で、どこか眠たげだ。

安眠の番人は、レオンの存在に気づくと、ゆっくりとその巨体を動かし、彼に迫ってきた。その身体からは、夢見の繭花とは異なる、しかしやはり眠気を誘う、重苦しい魔力が放たれていた。それは、強力な催眠効果を伴っており、並の冒険者であれば、その場に立ち尽くしたまま眠りについてしまうだろう。

「ふむ……眠りの番人、か。邪魔だな」

レオンは、微かな苛立ちを感じた。彼の睡眠欲を刺激する甘美な香りを前にして、それを阻もうとする存在は、レオンにとって許しがたいものだった。彼の瞳が、琥珀色から、獲物を狙う獣のような鋭い光を放ち始めた。

「この香りを最大限に享受するためには、まずはその番人を排除する必要があるな」

レオンはそう呟くと、一歩踏み出した。安眠の番人は、その巨大な口を開き、レオンめがけて眠気を誘う魔力の霧を吐き出した。霧は瞬く間にレオンを包み込み、彼の視界を奪う。

しかし、レオンは涼しい顔で、その霧の中を悠然と歩みを進めていた。彼の「美食の極致」は、あらゆる魔力の特性を感知し、無効化することができる。眠気を誘う霧も、レオンにとってはただの心地よい香りに過ぎなかった。

「さて、と。最高の眠りを邪魔する奴は、容赦なく排除する主義でな」

レオンは、安眠の番人の巨体へと肉薄する。番人は、レオンが霧をものともしないことに驚愕したのか、その動きが僅かに早くなった。しかし、その緩慢な動きは、レオンの前では意味をなさなかった。

レオンの右腕が、まるで稲妻のように煌めく。彼の拳には、これまで食してきた魔物たちの力が凝縮され、純粋な破壊の力が宿っていた。それは、地を這う竜を一撃で沈めた時と同じ、一点集中型の破壊の一撃だった。

ドッゴォォォォォン!

激しい衝撃音と共に、安眠の番人の巨大な身体が大きく跳ね上がった。硬いはずの岩のような甲殻が、レオンの攻撃によって粉々に砕け散り、周囲に嵐のように飛び散る。番人は苦悶の咆哮を上げ、その巨体は重力に逆らうかのように、空中を舞い、そのまま花畑の向こうへと叩きつけられた。

「これで、心置きなく『夢見の繭花』を堪能できる」

レオンは満足げに呟くと、花畑へと足を踏み入れた。足元には、安眠の番人の甲殻の破片が散らばっているが、レオンは気にせず、その中心へと進んでいく。

花畑の中心には、一段と大きく、そして輝きを放つ夢見の繭花が咲いていた。その花からは、周囲の花々を凌駕するほどの、極上の眠りを誘う香りが放たれている。レオンは、その花の前に座り込むと、ゆっくりと目を閉じた。

極上の香りが全身を包み込み、レオンの意識はゆっくりと深く沈んでいく。それは、これまでのどんな睡眠とも異なる、まるで温かい羊水の中にいるかのような、絶対的な安らぎだった。彼の肉体は、長きにわたる三大欲求の探求で培われた疲労を完全に手放し、魂の奥底から癒されていく感覚があった。

「フフフ……これは、最高の眠りだ。まさに、至福」

レオンの顔に、この上ない幸福な笑みが浮かんだ。彼の睡眠欲が、今、極限まで満たされていく。

そして、その極上の香りに誘われるかのように、花畑の奥から、微かな気配が近づいてくる。それは、レオンの放つ魔力に怯える様子もなく、むしろ惹かれるように近づいてくる、新たな存在だった。

その存在は、まるで夜の闇そのものが形を得たかのように、全身を漆黒のローブに包んでいた。しかし、そのローブのフードの下からは、白い肌と、長く垂れ下がった銀白色の髪が覗いている。そして、その髪の間からは、まるで月光を宿したかのような、翡翠色の瞳が、レオンの眠る姿をじっと見つめていた。その瞳には、彼と同じように、深い「眠り」への渇望が宿っているようだった。

ローブの影から、そっと白い手が伸びる。その手は、震えるように、しかし確実に、レオンの頬に触れた。

「あなたも……私の求める、安らぎを与えてくれるのですか……?」

微かに囁くような声が、花畑に響いた。それは、レオンの耳には届かなかったが、その言葉には、途方もない孤独と、そして深い「眠り」への切望が込められていた。新たなヒロインが、今、レオンの三大欲求を満たす運命の出会いを果たしたのだった。

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