新たなる家族と、迫り来る影
リリアの加入は、レオンの隠れ家での生活に、また新たな彩りをもたらした。エリスの真面目で献身的な世話に加え、リリアの天真爛漫な明るさが、隠れ家をより一層温かい空間に変えていく。
「レオン様、今日はどの魔物を狩りに行かれるのですか? リリアも一緒に行きます!」
朝食後、リリアは目を輝かせながらレオンの傍らに駆け寄った。彼女の母親を助けるためのスープを何度か飲ませたことで、母親の病状は目に見えて回復していた。その効果を目の当たりにしたリリアは、レオンへの信頼と感謝の念をさらに深め、彼が望むことは何でもしたいと心から願うようになっていた。
「今日は、もう少し森の奥へ行こうと思っている。エリス、お前も準備を」
レオンは微笑むと、エリスに目を向けた。彼女はすでに狩りの準備を終えており、剣を腰に携えて、いつでも出発できる状態だった。
「はい、レオン様。リリアの安全は、このエリスが必ずお守りいたします」
エリスは力強く頷き、リリアの手をそっと握った。二人の間には、レオンを介した奇妙な絆が生まれつつあった。エリスはリリアの健気さに心を動かされ、リリアはエリスの優しい気遣いに懐いていた。
三人で森の奥へと足を踏み入れる。レオンの使役するゴブリンたちが道を切り開き、フォレストボアが周囲を警戒する。その動きは完璧に統制されており、まるで訓練された軍隊のようだった。リリアは、ゴブリンたちがレオンの指示に従って動く様子を見て、そのたびに目を丸くしていた。
「レオン様、ゴブリンさんたちって、本当に賢いんですね! 私、もっと怖がりだと思ってました」
「ああ。ちゃんと躾ければ、役に立つものだ」
レオンはそう言って、ゴブリンたちの頭を軽く叩いた。彼らは、レオンの言葉を理解しているかのように、嬉しそうに鼻を鳴らす。
森の奥深くに進むにつれて、空気は澄み、木々の緑は一層濃くなった。鳥のさえずりが心地よく響き、時折、珍しい小動物が姿を現す。レオンは、周囲の気配に五感を研ぎ澄ませ、新たな「美食」の可能性を探していた。
その時、レオンは地面に奇妙な痕跡を見つけた。それは、通常の魔物の足跡ではない。まるで、巨大な獣が、硬い岩を削り取ったかのような、鋭い爪痕だった。
「これは……」
エリスもその痕跡に気づき、剣に手をかけた。彼女の顔に、緊張の色が走る。
「これは、まさか……**『地を這う竜』**の痕跡では……?」
エリスの声が震えた。地を這う竜は、地下深くに生息するとされる伝説の魔物だ。その巨体は山のように大きく、地面を掘り進むことで、時に地震を引き起こすと言われている。そして何よりも、その肉は岩石のように硬く、食用には適さないとされていた。
「ほう。竜、か。美味そうだな」
レオンの顔には、期待に満ちた笑みが浮かんだ。彼の「美食の極致」は、伝説の魔物ほど、その真価を発揮する。食用に適さないとされている肉ほど、レオンにとっては挑戦しがいのある「素材」となるのだ。
「レオン様! あれは非常に危険です! 迂回しましょう!」
エリスが慌てて忠告するが、レオンは聞く耳を持たない。彼はすでに、地を這う竜の肉から漂う、わずかな、しかし確かな「旨味」の気配を捉えていた。
「フフフ……大丈夫だ、エリス。最高の食材が、向こうから来てくれるようだ」
レオンがそう呟くと、大地が激しく揺れ始めた。ゴゴゴゴゴ……という重々しい地鳴りが響き渡り、やがて目の前の地面が大きく隆起する。そして、土煙の中から、巨大な影が姿を現した。
それは、まさしく「地を這う竜」だった。全身を岩石のような鱗で覆われたその巨体は、一目見ただけで数トンはあろうかという重厚感。その瞳は、赤い宝石のように禍々しく輝き、レオンたちを睨みつけていた。口からは、土と岩の匂いが混じった荒々しい息が漏れている。
リリアは恐怖でエリスの影に隠れ、エリスは剣を構えてレオンの前に立つ。地を這う竜の圧倒的な威圧感は、並の冒険者であればその場に立ち尽くしてしまうほどのものだった。
しかし、レオンの瞳は、地を這う竜の強大さではなく、その肉から漂う「究極の美味」に釘付けになっていた。
「よし。今夜の夕食は、決まったな」
レオンは、そう言ってニヤリと笑った。彼の顔には、この上ない喜びが浮かんでいる。
地を這う竜は、レオンの余裕の態度に激昂したのか、巨大な頭を振りかぶり、レオンたちめがけて突進してきた。その巨体は、森の木々をまるで小枝のようにへし折りながら迫ってくる。
「レオン様、お気をつけください!」
エリスが叫び、斬り込もうとするが、レオンは片手を上げて彼女を制した。
「心配するな、エリス。この竜は、俺にとっての、特別な晩餐だ」
レオンは、まるで竜の突進を歓迎するかのように、両手を広げた。その瞬間、彼の全身から、これまで以上の圧倒的な魔力が放出された。それは、嵐のように荒れ狂い、周囲の空間を歪めるほどの凄まじい力だった。地を這う竜は、その魔力に本能的な恐怖を覚えたのか、一瞬だけ動きを止めた。
レオンの琥珀色の瞳は、まさに「魔王」と呼ぶにふさわしい光を宿し、地を這う竜を獲物と見定めていた。彼の三大欲求を満たすための新たな饗宴が、今、始まろうとしていた。