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美食の魔王と満ち足りた日々  作者: 次元美食家
三大欲求と隠れ家生活
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はじめての来訪者

朝食を終え、ロックゴーレムの調理法について思案していると、結界の外から微かな物音が聞こえてきた。

「ん?珍しいな」

この隠れ家は、森の奥深く、人里から相当離れた場所にある。しかも俺が張った結界は、並の冒険者や魔物では感知することも、ましてや通過することなど不可能だ。そんな場所に、誰かが近づいている。

「さては、昨日仕掛けた罠に何かかかったかな?」

いや、それにしては気配が違う。獲物特有の警戒心や獣臭さがない。むしろ、かすかに香る血の匂いと、どこか必死な人間の気配がする。

面倒なことには巻き込まれたくない。それが俺のモットーだ。だが、この好奇心は抑えがたい。新たな出会いは、新たな美食の可能性を秘めているからだ。

結界の境界線まで移動し、僅かに視覚だけを透過させる。すると、そこにいたのは、血を流し、大木に背中を預けて座り込んでいる一人の女性だった。

銀色の髪が、木漏れ日の下でぼんやりと輝いている。青い瞳は固く閉じられ、その顔は痛みに歪んでいた。身につけているのは、動きやすさを重視したような革鎧と、腰に吊るされた長剣。しかし、鎧にはいくつもの斬り傷があり、剣の鞘もひどく損傷している。

「剣士、か」

見るからに只者ではない雰囲気だが、その様子は満身創痍といったところだ。左腕を不どめどなく流れる血が地面に小さな血だまりを作っている。

「ちっ。よりにもよって、こんな場所で」

俺の理想のスローライフに、他者が介入するのは歓迎できない。だが、このまま放置すれば、彼女は確実に命を落とすだろう。そうなれば、血の匂いに引き寄せられた魔物たちの餌になるか、あるいは死体が残って後々面倒なことになる可能性もある。

――それに、なんだか美味そうな気配がする。

血の匂いとは違う、人間が本来持っている、研ぎ澄まされた生気がそう感じさせるのだ。

「仕方ない」

俺はため息をつくと、結界を解除し、彼女のもとへと歩み寄った。

足音に気づいたのか、女性がゆっくりと目を開ける。その瞳は、警戒と同時に、諦めのような色を宿していた。

「……誰、だ」

か細い声が、森に響く。俺は特に名乗ることもせず、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「ひどい傷だな。何があった?」

俺の問いに、彼女は答えない。ただ、ゆっくりと、警戒しながら俺の顔を見つめている。だが、その瞳には、すでに抵抗する力など残っていないことが見て取れた。

左腕の傷は深く、毒に侵されている可能性もある。何かに切り裂かれたというよりは、何か巨大な刃物か、あるいは鋭い爪で抉り取られたような傷跡だ。

「このままじゃ、死ぬぞ」

俺がそう告げると、彼女の瞳に僅かに動揺の色が浮かんだ。しかし、すぐにその感情を押し殺すように、表情を硬くする。

「……関係ない」

「関係なくはない。お前の血の匂いに魔物が寄ってきて、俺の安眠を妨害されたら困るからな」

半ば冗談めかして言うと、彼女は「ふん」と鼻を鳴らしたが、その顔色はさらに悪くなった。

俺は無限収納から清潔な布と薬草を取り出す。薬草は、この森で採れた、驚くべき治癒効果を持つグリーンスキンというものだ。自己再生能力を持つ俺には不要だが、人間には劇的な効果を発揮する。

「触るな!」

警戒心を露わに、女性は残った右腕で剣の柄に手をかけた。だが、その動きはあまりにも鈍い。俺がその手を軽く掴むと、彼女は抵抗する間もなく動きを封じられた。

「安心しろ。敵じゃない。治してやる」

俺は一方的にそう告げると、躊躇なく彼女の服を破り、傷口を露わにした。腐敗しかけていた傷口から、強烈な瘴気が立ち上る。これは、ただの傷ではない。魔物の、それもかなり強力な魔物の力が込められた傷だ。

「ほう……なるほどな」

この傷を負わせて、なお生きているとは。この女性、ただの剣士ではないらしい。

俺はグリーンスキンを潰して患部に塗り込み、清潔な布で包帯代わりに巻いた。グリーンスキンの効果は絶大だ。みるみるうちに傷口の瘴気が薄れ、肉が再生していくのが見て取れる。

彼女は、あまりの回復速度に目を見開き、信じられないものを見るかのように俺を見つめていた。

「これでよし。あとは寝てれば勝手に治る」

俺は立ち上がると、彼女に背を向け、隠れ家の方へ歩き出した。

「……待て!」

背後から、先ほどよりも力強い声が聞こえた。振り返ると、女性はまだ立ち上がれないものの、その瞳には明確な意思が宿っていた。

「……なぜ、助けた」

「だから、魔物が寄ってきて面倒だからだと言っただろう?」

素っ気なく答える俺に、彼女は何か言いたげな顔をしたが、すぐに諦めたように息を吐いた。

「私はエリス。剣聖の末裔だ。恩は必ず返す」

エリスと名乗る女性は、毅然とした声でそう告げた。剣聖の末裔、か。道理で並々ならぬ気配を放っていたわけだ。

「フン。好きにしろ。それより、動けるようになったらとっとと出て行け。俺は静かに暮らしたいんだ」

そう言い放ち、俺は再び隠れ家へ向かって歩き出す。だが、背後からは、「待て!」と、さっきよりもはるかに力強い声が聞こえてきた。

「なんだ、まだ何か用か?」

振り返ると、エリスは、よろめきながらも立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げていた。

「この恩は、この身をもって必ずや返させていただく!どうか、あなたの元で、この力を使わせてほしい!」

いきなりの展開に、俺は思わずため息をついた。

「おいおい……面倒なことになったな」

俺の理想のスローライフは、静かで穏やかなものであるはずだった。

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