表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美食の魔王と満ち足りた日々  作者: 次元美食家
三大欲求と隠れ家生活
18/39

獣人族の少女と魔王の慈悲

レオンの一撃によって吹き飛ばされたブラッドゴブリンたちは、森の奥深くへと悲鳴を上げながら消え去った。残されたのは、圧倒的な力を見せつけられたエリスの驚愕の表情と、未だ怯えが残るリリアの小さな体だけだった。

「もう大丈夫だ、リリア。奴らはしばらくは近寄ってこないだろう」

レオンは、しゃがみ込んだまま震えるリリアに優しく声をかけた。彼の声は、先ほどまでの冷徹な魔王のそれとは異なり、まるで春の陽光のように温かかった。その変化に、リリアはゆっくりと顔を上げ、琥珀色の瞳を見つめる。

リリアの小さな手には、泥だらけになった聖なる実がぎゅっと握られていた。その実は、まるで小さな水晶玉のように透明で、中心には微かに虹色の光を宿している。そこからは、清らかで澄んだ魔力が感じられたが、同時にレオンの「美食の極致」が反応する、独特の「甘み」の気配が漂っていた。それは、これまでレオンが食してきた魔物たちの力強い旨味とは異なる、繊細で奥深い可能性を秘めた香りだった。

「あ、ありがとう、ございます……」

リリアは震える声で礼を言うと、ふと自分の手元に目をやった。泥だらけになった聖なる実を、大事そうに拭う。その仕草に、レオンは彼女の母親への深い愛情を感じ取った。

「その『聖なる実』とやらが、お前の母親の病気を治すのに必要なのか?」

レオンが問いかけると、リリアは小さく頷いた。

「はい……。これは、昔から獣人族に伝わる薬で、大きな怪我や病気を治すと言われています。でも、お母さんの病気は、もう一つや二つじゃ……大きな実じゃないと……」

リリアの瞳から、再び大粒の涙が溢れ出した。母親を救うために、たった一人で危険な森の奥深くまで入り込んだのだろう。その健気さに、レオンの胸に微かな感情が芽生えた。それは、三大欲求とは異なる、しかし確かに心を動かす温かい感情だった。

「そうか。だが、一人でこんな危険な場所に来るのは愚かだぞ。次に来たら、お前が魔物の餌になるだけだ」

レオンの言葉は、厳しさの中に優しさを帯びていた。リリアは顔を伏せるが、その小さな肩は震えていた。

「わ、わたしも、分かっています……。でも、お母さんを助けられるのが、これしかなくて……」

その必死な言葉に、レオンはそっと手を差し出した。

「立てるか? 立てないなら抱きかかえてやる」

リリアは戸惑いながらも、レオンの手に自身の小さな手を重ねた。レオンは優しく手を引いてリリアを立たせると、彼女の小さな体にはまだ震えが残っていることに気づいた。

「とりあえず、ここから近い俺の隠れ家で休むといい。このままでは、また魔物が来るかもしれん」

レオンの提案に、リリアは不安そうに顔を上げた。見知らぬ大人に、しかも圧倒的な力を持つ存在に誘われることに、警戒心が働いているのだろう。しかし、彼女の状況を考えれば、他に選択肢はなかった。

「あ、あの……ご迷惑では……?」

「迷惑なのはブラッドゴブリンだ。お前は可愛いから許してやる。それに、お前が持っていたその『聖なる実』とやらには、少し興味があるんだ」

レオンは正直にそう告げた。彼の「美食の極致」は、常に新たな美味を求めている。この「聖なる実」が持つ独特の魔力と甘みは、レオンの探求心を刺激してやまなかった。

隠れ家に戻ると、エリスが心配そうな顔で二人を出迎えた。彼女は、レオンが小さな獣人の少女を連れてきたことに驚きを隠せないようだった。

「レオン様、この方は……」

「森で魔物に襲われていたところを助けた。リリアというらしい。しばらく、この隠れ家に滞在させる」

レオンが簡潔に説明すると、エリスはリリアの傷だらけの服や、顔の汚れに気づき、すぐに温かい水と清潔な布を用意した。エリスの母親のような優しい気遣いに、リリアの顔に安堵の色が広がった。

「わたくしはエリス。レオン様のお世話をしております。怪我はございませんか?」

エリスは優しくリリアに尋ねた。エリスの穏やかな表情に、リリアの警戒心も少しずつ解けていく。

「は、はい……大丈夫です。えっと……」

リリアは困ったようにエリスとレオンを交互に見た。二人の関係性が測りかねているのだろう。レオンはそんなリリアの様子を見て、くすりと笑った。

「さて、リリア。お腹は減っていないか? この隠れ家には、世界で一番美味いものが揃っているぞ」

レオンがそう言うと、リリアのお腹が小さく鳴った。まだ幼い彼女にとって、空腹はごまかしきれない。

「は、はい……ちょっとだけ……」

レオンは満足げに頷くと、キッチンの準備に取りかかった。彼は、今日の新しい食材である『炎獄のサラマンダー』の肉を少しだけ取り出し、それを細かく刻んで、特別なスープを作ることにした。

「リリアの母親の病気を治すという『聖なる実』か……。ふむ、そのままでも美味そうだが、やはり調理すればさらに引き出せるものがあるだろう」

レオンは、リリアが大事そうに握っている聖なる実をちらりと見た。その実が持つ微細な魔力は、レオンの知る限り、この世界では稀有な治癒効果を持っている。しかし、その真価は、彼の「美食の極致」によって引き出されることで、さらに高まるはずだと確信していた。

温かいスープの香りが隠れ家に満ちていく。リリアは、その香りに誘われるように、レオンの傍らに座り、興味深そうに調理風景を見つめていた。彼女の母親を救うための旅は、思いがけない出会いによって、新たな局面を迎えることになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ