火を操る者達と魔王の怒り
レオンの周囲に巻き起こる魔力の嵐に、ローブの男たちは一瞬怯んだ。だが、彼らはすぐに表情を引き締め、互いに目配せをした。
「まさか、こんな僻地にこれほどの魔力を持つ者がいたとはね。だが、実験を邪魔する者は排除するまで」
ローブのリーダーらしき男が冷酷に言い放つ。その手から、禍々しい黒い炎の塊が生まれ、森の枯れ葉めがけて投げつけられた。炎は瞬く間に燃え広がり、白い煙がさらに濃くなる。
「卑怯者め!」
エリスが叫び、剣を構えて一歩前に出る。彼女の瞳には怒りの炎が宿っていた。森の生命を軽んじ、無益な破壊を行う彼らの行為は、剣士としての彼女の正義感に触れたのだ。
「無駄だ、小娘。我々の『黒炎』は、通常の水では消えぬ」
男たちは嘲笑いながら、次々と黒い炎を放つ。その炎は、まるで意思を持っているかのように森の奥へと燃え広がり、レオンの隠れ家がある方向へ向かっていた。
「俺の安息の地を汚すな」
レオンの琥珀色の瞳が、殺気を帯びて輝いた。彼の顔から、いつもの怠惰な表情は完全に消え失せ、代わりに恐ろしいまでの冷徹さが宿っていた。三大欲求を邪魔されることは、彼にとって何よりも許せないことだった。
レオンは一歩踏み出すと、右手を天に掲げた。すると、彼の周囲の空気が一変する。
「お前たちの火が消えぬのなら、この森に雨を降らせてやろう」
その言葉と同時に、空に黒い雲が瞬く間に集まり始めた。ゴロゴロと雷鳴が轟き、瞬く間に土砂降りの雨が降り注ぐ。それはただの雨ではない。レオンの魔力によって凝縮された、まるで滝のような豪雨だった。
「な、なんだと!?」
ローブの男たちは、突如として降り注いだ豪雨に呆然とした。彼らが放った黒炎も、レオンの魔力によって強化された雨には抗えず、みるみるうちに勢いを失い、やがて完全に消し去られた。
「これで、俺の食事の邪魔はなくなったな」
レオンは満足げに呟くと、ゆっくりとローブの男たちの方へ足を進めた。彼の足元から、水滴が弾け飛び、森の土が泥濘む。
「ぐっ……まさか、これほどの使い手が……」
ローブの男たちは、自分たちの黒炎が簡単に消し去られたことに動揺を隠せない。彼らは即座に臨戦態勢を取り、再び得体の知れない魔術を放とうとした。
「させるか!」
エリスが素早く駆け出し、先頭の男に斬りかかった。彼女の剣は、昨日の鍛錬によってさらに切れ味を増しており、その動きは洗練されている。ローブの男はなんとか魔法障壁を張ったが、エリスの剣はそれを切り裂き、男のローブを切り裂いた。
しかし、男たちの正体は、ただの魔術師ではなかった。ローブの下からは、鍛え上げられた肉体と、奇妙な文様が刻まれた皮膚が露わになる。彼らは、魔法と肉体強化を組み合わせた、異質な戦闘術を使う者たちだった。
「ほう、剣士にしてはやるな」
男たちは、まるで痛痒を感じないかのように、エリスの攻撃を受け流し、逆に黒い魔力を込めた拳を繰り出してきた。
「くっ!」
エリスは辛うじてそれを避けるが、地面に激しい衝撃波が走る。彼女の剣だけでは、彼ら全員を相手にするのは困難だ。
その時、レオンが男たちの間に割って入った。彼の動きは、エリスの目を瞠らせるほどに速かった。まるで、その場に最初からいたかのように、瞬時にローブの男たちの間を縫っていく。
「ふざけるな。俺の安眠と、この森の食材を脅かした罪は重い」
レオンの拳が、先ほど黒炎を放ったリーダー格の男の腹部に叩き込まれた。それは、見た目にはただの拳だったが、その威力は絶大だった。男の身体が「ゴォッ」という音を立てて大きく湾曲し、そのまま後方の木々を何本もなぎ倒しながら吹き飛ばされた。
「ぐ、ぐああああああ!」
他のローブの男たちは、仲間のあまりに無様な姿に息を呑んだ。彼らは、レオンの底知れない力に、初めて心からの恐怖を感じたようだった。
「これ以上、俺を苛立たせるな。さもなくば、お前たちを『食い尽くす』ことになるぞ」
レオンの声は、静かでありながら、有無を言わせぬ絶対的な威圧感を放っていた。その瞳は、まさに「魔王」と呼ぶにふさわしい光を宿している。
ローブの男たちは、互いに顔を見合わせ、震える声で指示を出す。
「ひ、退け! 撤退だ!」
彼らは、レオンのあまりの力に戦意を喪失し、煙幕を張ってその場から逃げ去ろうとした。しかし、レオンはそんな彼らを逃がすつもりはなかった。
「逃げられると思うなよ」
レオンは片手をかざすと、逃げ去ろうとする男たちの足元に、まるで捕獲するように木々が地面から急速に生え出し、彼らの身体を絡め取った。男たちは身動きが取れなくなり、その顔は恐怖に染まる。
「お前たちには、俺の『三大欲求』を邪魔した罪を、償ってもらうぞ」
レオンの口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。彼の目の前には、まだ見ぬ「美食」の可能性が広がっている。そして、その背後には、彼に寄り添うエリスが、その恐ろしいまでの力に、ただ見惚れていた。