シーズン2 第4話 凍る墓標と未完成の朝食
【無音の雪原】
ペルセリアの奥地、誰も地図に記していない領域。
そこは、“気配”すらない。
風の音も獣の足跡も消え、ただ一面の雪。
その中心に、ひとつの構造物がぽつんと建っていた。
白い石碑。
墓標にしては大きすぎる。
神殿にしては、装飾がなさすぎる。
カタリは静かにその前に立ち、雪を払った。
刻まれていたのは名前ではなく――
\*\*「朝食の時間、また今度」\*\*という一言。
「……今度ってのは、いつだ?」
彼は包帯越しに墓を見つめたまま、腰を下ろした。
雪をかき、火を起こす。
「じゃあ今度ってやつ、代わりに作ってやるか」
***
【地下空間:止まった部屋】
石碑の裏には扉があった。
その奥に広がっていたのは、止まった時間のままの部屋。
椅子が倒れ、テーブルには皿が並び、鍋には焦げたままの食材があった。
冷え切った空気の中、カタリの感覚が微かに“人の気配”を感じる。
だが、すべてが“朝食の直前”で止まっていた。
パンの発酵は途中。
卵は殻ごと湯の中。
ミルクは冷たく、注がれていない。
鍋の焦げには、微かな“記憶の波”が残っていた。
カタリは鍋に指を差し入れ、《屍肉喰い》を起動。
光の爪が、焦げた鍋底から\*\*“最後の朝”の記憶断片\*\*を引きずり出す。
***
【記憶の中の声と異変】
「……今日は話そうと思ってたんだ」
「君の焼くパンの香りが、もうちょっとだけ嗅ぎたかった」
「でも、時間がないんだ」
言葉の主は定かではない。
けれど、それが“誰かを待っていた”記憶であることだけは、はっきりわかる。
……その瞬間、部屋の時計の針がひとりでに動き始め、音を立てて止まる。
テーブルの皿がひとつ、音もなく回転し、床に落ちた。
カタリは落ちた皿を拾い上げる。
「……未練、ってやつか。悪いが、朝食を焦がしたまま放置するのは趣味じゃない」
***
【調理:未完成の朝食を完成させる】
冷えきった食材たちを、再び組み立てる。
中途半端な発酵パン:再発酵させず、“焦げたまま”トーストとして焼く
割られていない卵:低温でスチームポーチドエッグ風にする
冷えたミルク:雷の火花で泡立て、温ミルクフォームに
鍋の焦げ:焦げ部分を一部削って、スープの香ばしさに“隠し味”として利用
料理名:「再火の朝」
見た目は質素だが、香りは“語りかけてくる”ように立ち上る。
一口ずつ、“過去が飲み込めるように軽い”構成になっている。
***
【来訪者:眠る客人】
カタリが一人で完成させた朝食に、気配がひとつだけ応える。
石碑の陰から、\*\*“透明な少女”\*\*が現れる。
白い髪、凍った瞳、雪のように儚い声。
「まさか……妖怪か?!」
「幽霊」
「幽霊!確かに!」
「……まだ、朝、だったんだね」
「いや、もう昼を過ぎてる。だが“食べ損ねた朝”は、ずっと待ってたみたいだな」
彼女は無言でスープをすくい、一口だけ飲んだ。
そして、微笑んで言った。
「おいしい。もう、行ける」
「ちょっと待ってくれ、少し話そう。………二人っきりだね」
「行ける」
「ああっ!」
それだけを言い、ゆっくりと崩れるように消えていった。
***
【エピローグ:墓の前、ひとり分の皿】
カタリは残った料理を一口だけ食べ、皿を墓の前に置いた。
「また今度、って言ったんだろ。なら、今度はこっちの都合で作った。勝手に出した朝飯だ。……構わないだろ」
雪がまた静かに降り始めた。彼は少し笑って呟いた。
地上に戻ったカタリの背には、鍋の熱がまだ残っていた。