シーズン2 第3話 氷迷宮ヴェリルと逆さまの晩餐
【重力が歪む場所】
ペルセリア極北、ヴェリル氷結域。地図にも載らない、風も止まる“静止空間”。
そこには、雪の裂け目に落ちた者だけが辿り着くという――氷の迷宮が存在する。
カタリは、その裂け目に、まさしく“落ちた”。
「重力……逆にかかってるか?いや、オレが逆なのか……?重たい朝メシでも食ったかな」
落下の最中、視界が反転する。
氷の壁が空に、空が床に。世界が上下を見失った。
やがて、着地。
そこは天井に吊るされた食卓――“逆さの晩餐会”の会場だった。
***
【案内人:喋るナイフ“アズ・ローム”】
足元――いや、天井に突き刺さっていた一本の銀のナイフが、ぬるりと喋った。
「ようこそ、迷宮ヴェリルへ。私はナイフ、名前はアズ・ローム。食卓の“意思”さ」
「オレはゾンビ、名前はカタリ。……ゾンビさ(大事な事なので)。銀ってゆで卵で変色するらしいな」
「近づかないでくれないか」
「そぉい」
カタリはナイフを抜いて手に取る。
「喋る調理器具か。メルセシアにはもう、驚かないよ。……ま、包丁よりおしゃべりなのが難点だな」
「ここは“食べ方”を問う試練の地。食事の作法、記憶の順序、心の重力――
君がここで料理を作るなら、それは君自身を食べることと同じ」
カタリはひとつ頷き、黒檀の杖を腰に戻す。
「それでも、腹は減る。じゃあやるさ」
***
【迷宮構造:記憶の三層】
ヴェリルの迷宮は、三つの階層に分かれている。
第一層:忘却の厨房
第二層:反転の食卓
第三層:本当の料理人の部屋
【第一層:記憶レシピの謎解き】
厨房には冷涙トマト、沈黙の豆、屈折した塩などの食材があるが、レシピは“感情の糸”でバラバラにされている。
カタリは屍肉喰いを発動し、“記憶の痕跡”を掘り起こす。
そこには、かつてこの迷宮で“最後の皿”を出した男の影が見えた。
『素材は想いで煮る。それが重くなりすぎると、人は笑えなくなる』
カタリは調理を始める。
トマトは皮を破り、雷で“感情の水分”だけ飛ばす。
豆は潰さず、蒸して沈黙のまま残す。
塩は真ん中だけ避け、周縁にだけ振る。
鍋から立ち上る湯気は、まるで宙に浮かぶように軽やか。
舌にのせれば、感情の“骨”だけがふわりと溶ける。
料理名:「浮遊ブロススープ・ヴェリル式」
→ 軽く澄んだ味。けれど、奥底には誰かの涙の出汁がしみている。
結果:軽さを主役にした、浮遊するブロススープが完成。
「なるほどね、見た目は軽くても……味はちゃんと“重い”ってことか」
「どういうことだ」
「何でわからないんだ」
***
【第二層:逆さの食卓と精神干渉】
次の層では、重力が逆転する。視界は反転し、皿は空に浮かび、スープは天井に貼りつく。
ナイフは床からせり上がるように突き出し、すべてが“上下”を失っていた。この空間では、あらゆるものが感情の重さに従って、形を変える。
アズ・ロームが囁く。
「君が背負っているもの、それを少しでも手放さないと、料理は落ちるぞ。記憶が重すぎると、スープは飲めない。」
カタリは静かに座り、スープの香りを思い出す。
**“誰かと食べた記憶”**を、一匙ぶんだけ、意識の奥から器に移す。
友と笑った夕食
森で作った茸スープ
少年と分けた雷魚の塩焼き
それらを一つだけ、選んで“味の核”に乗せる。
皿は降り、重力が安定した。分けた記憶が、料理を支えた。
一瞬、スープが空に吸い込まれかけるが、彼は雷で皿の縁を縫い止める。
「感情は量じゃない。分け方と、皿の材質の問題だ」
「どういう意味だ」
「オレもよくわからないんだ」
***
【最終層:料理人の幻影】
氷の回廊の最奥。そこに座る男――老いた料理人の幻。
かつてこの迷宮を創り、己の料理と記憶を封じた者。
「君は、“他人に食わせる料理”を作ったのか」
「自分のためだけに作った皿は、どうしても味が薄くなる」
二人で火を囲み、最後の一皿を仕上げる。
氷の層をパスタ状に薄く削る
塩気を“重力で下に落ちるよう”逆配置
浮遊ブロススープで低温加熱
中心には、カタリの選んだ“共有記憶”の核をトッピング
料理名:逆さのラザニア「ヴェリル・ノアール」
――自分と誰かが一緒に食べることを前提とした、“重力に逆らう皿”。
完成後、幻影が言う。
「お前、スープに感情を入れすぎじゃないか」
「涙は塩代わりってね。」
「お、おう」
「なんだし」
***
【出口と旅の続き】
アズ・ロームが静かに揺れる。
「君はこの迷宮を出る資格を得た。君のスープは、“誰かと食べる”ために存在していたから」
「……それ以外に、理由があったか?」
「“空間の重力”を変えた。……道ができたよ」
氷が割れ、地上への階段が現れる。
カタリはナイフを見つめ、ひと呼吸してから、鞘に収めて腰の道具袋に差し込んだ。
「ナイフにしては、喋りすぎだったが……まぁ、悪くない指南役だったよ」
空はまだ冷たく白い。
だが、次に煮る一皿が、もう彼の中で温まり始めていた。