表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

シーズン2 第3話 氷迷宮ヴェリルと逆さまの晩餐

【重力が歪む場所】


 ペルセリア極北、ヴェリル氷結域。地図にも載らない、風も止まる“静止空間”。

 そこには、雪の裂け目に落ちた者だけが辿り着くという――氷の迷宮が存在する。


 カタリは、その裂け目に、まさしく“落ちた”。


「重力……逆にかかってるか?いや、オレが逆なのか……?重たい朝メシでも食ったかな」


 落下の最中、視界が反転する。

 氷の壁が空に、空が床に。世界が上下を見失った。


 やがて、着地。

 そこは天井に吊るされた食卓――“逆さの晩餐会”の会場だった。


***


【案内人:喋るナイフ“アズ・ローム”】


 足元――いや、天井に突き刺さっていた一本の銀のナイフが、ぬるりと喋った。


「ようこそ、迷宮ヴェリルへ。私はナイフ、名前はアズ・ローム。食卓の“意思”さ」


「オレはゾンビ、名前はカタリ。……ゾンビさ(大事な事なので)。銀ってゆで卵で変色するらしいな」


「近づかないでくれないか」


「そぉい」


 カタリはナイフを抜いて手に取る。


「喋る調理器具か。メルセシアにはもう、驚かないよ。……ま、包丁よりおしゃべりなのが難点だな」


「ここは“食べ方”を問う試練の地。食事の作法、記憶の順序、心の重力――

 君がここで料理を作るなら、それは君自身を食べることと同じ」


 カタリはひとつ頷き、黒檀の杖を腰に戻す。


「それでも、腹は減る。じゃあやるさ」


***


【迷宮構造:記憶の三層】


 ヴェリルの迷宮は、三つの階層に分かれている。


 第一層:忘却の厨房

 第二層:反転の食卓

 第三層:本当の料理人の部屋


【第一層:記憶レシピの謎解き】


 厨房には冷涙トマト、沈黙の豆、屈折した塩などの食材があるが、レシピは“感情の糸”でバラバラにされている。


 カタリは屍肉喰い(スカベンジャー)を発動し、“記憶の痕跡”を掘り起こす。

 そこには、かつてこの迷宮で“最後の皿”を出した男の影が見えた。


『素材は想いで煮る。それが重くなりすぎると、人は笑えなくなる』


 カタリは調理を始める。


 トマトは皮を破り、雷で“感情の水分”だけ飛ばす。

 豆は潰さず、蒸して沈黙のまま残す。

 塩は真ん中だけ避け、周縁にだけ振る。

 鍋から立ち上る湯気は、まるで宙に浮かぶように軽やか。

 舌にのせれば、感情の“骨”だけがふわりと溶ける。


 料理名:「浮遊ブロススープ・ヴェリル式」

 → 軽く澄んだ味。けれど、奥底には誰かの涙の出汁がしみている。

 

 結果:軽さを主役にした、浮遊するブロススープが完成。


「なるほどね、見た目は軽くても……味はちゃんと“重い”ってことか」


「どういうことだ」


「何でわからないんだ」


***


【第二層:逆さの食卓と精神干渉】


 次の層では、重力が逆転する。視界は反転し、皿は空に浮かび、スープは天井に貼りつく。

 ナイフは床からせり上がるように突き出し、すべてが“上下”を失っていた。この空間では、あらゆるものが感情の重さに従って、形を変える。


 アズ・ロームが囁く。


「君が背負っているもの、それを少しでも手放さないと、料理は落ちるぞ。記憶が重すぎると、スープは飲めない。」


 カタリは静かに座り、スープの香りを思い出す。


 **“誰かと食べた記憶”**を、一匙ぶんだけ、意識の奥から器に移す。


 友と笑った夕食

 森で作った茸スープ

 少年と分けた雷魚の塩焼き


 それらを一つだけ、選んで“味の核”に乗せる。

 皿は降り、重力が安定した。分けた記憶が、料理を支えた。

 一瞬、スープが空に吸い込まれかけるが、彼は雷で皿の縁を縫い止める。


 「感情は量じゃない。分け方と、皿の材質の問題だ」


 「どういう意味だ」


 「オレもよくわからないんだ」


*** 


【最終層:料理人の幻影】


 氷の回廊の最奥。そこに座る男――老いた料理人の幻。

 かつてこの迷宮を創り、己の料理と記憶を封じた者。


 「君は、“他人に食わせる料理”を作ったのか」


 「自分のためだけに作った皿は、どうしても味が薄くなる」


 二人で火を囲み、最後の一皿を仕上げる。


 氷の層をパスタ状に薄く削る

 塩気を“重力で下に落ちるよう”逆配置

 浮遊ブロススープで低温加熱

 中心には、カタリの選んだ“共有記憶”の核をトッピング


 料理名:逆さのラザニア「ヴェリル・ノアール」


 ――自分と誰かが一緒に食べることを前提とした、“重力に逆らう皿”。

 完成後、幻影が言う。


 「お前、スープに感情を入れすぎじゃないか」


 「涙は塩代わりってね。」


 「お、おう」


 「なんだし」


***


【出口と旅の続き】


 アズ・ロームが静かに揺れる。


 「君はこの迷宮を出る資格を得た。君のスープは、“誰かと食べる”ために存在していたから」


 「……それ以外に、理由があったか?」

 

 「“空間の重力”を変えた。……道ができたよ」


 氷が割れ、地上への階段が現れる。

 カタリはナイフを見つめ、ひと呼吸してから、鞘に収めて腰の道具袋に差し込んだ。


 「ナイフにしては、喋りすぎだったが……まぁ、悪くない指南役だったよ」


 空はまだ冷たく白い。

 だが、次に煮る一皿が、もう彼の中で温まり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ