シーズン2 第1話 氷光域ペルセリアと閉ざされた笑顔
【光の果て】
極北の空。
凍てつく大地に、白く輝く“柱”が立ち並ぶ。
そこはペルセリア――メルセシアの北縁にある氷光域と呼ばれる閉鎖地域。
光のエーテルが氷に封じられ、時間すらも“凍りつく”異常領域だ。
入れるのは限られた者のみ。
それでも、足を踏み入れる者がいる。
黒い外套に深緑の裏地、雪に合わせた革と獣毛の軽装。
口元を覆うのは変わらず白布――そう、カタリだ。
「うん、寒い。料理であったまらなきゃ凍死するな。……ま、ゾンビは凍死しないんだがな」
彼の手には、招待状のような巻紙があった。
『ようこそ、氷光域へ。
笑いを失くした道化師を、どうか起こしてほしい』
――“無署名の手紙”より
「誰がこんなもん送ったのか知らないが……面白いじゃないか」
***
【結氷都市“リフラグレア”】
ペルセリアの中心、“リフラグレア”と呼ばれる都市跡。
白銀の建物群はすべて凍り、空には光の帯が漂う。まるで凍ったオーロラ。
その広場に、ひとつだけ動いているものがある。
それは――ピエロの姿をした人形。
錆びた鈴が鳴るたび、歯車の回転音とともに、彼はぎこちなく“笑顔”の仮面をつけかえている。
「……笑ってないな、これは」
カタリが近づくと、人形が動きを止め、囁くように声を発した。
「笑顔は記憶に属する。記憶が凍れば、笑いも凍る。
でも、あの料理なら……もしかして」
人形の目が、ほんの少しだけ震えた。
「君、“雷のスープ”を作れるか?」
「材料さえあればな。……氷の下に何が眠ってる?」
***
【氷下探索:凍結された記憶のキッチン】
カタリは人形の案内で都市の地下へ。
そこには、かつて栄えていた食文化の遺構――「氷封厨房」がそのまま残っていた。
冷凍保存された食材たち、雪結晶が貼りつく鍋、凍ったスパイスケース。
中には、“感情を味に変換するレシピ”すらあった。
「なるほど。これは“笑い”を料理する文化だったのか……」
凍ったレシピ帳を開くと、どこかのシェフの走り書きが残っていた。
『笑わせたい相手にこのキノコは使うな。笑いすぎて鍋に落ちる』
「……良い教訓だ。生前のオレにも教えてほしかったな」
カタリは氷を砕き、数点の食材を選び取る。
* 凍香根:冷やすほど香りが立つ根菜
* 凍卵キノコ:熱すると笑い声のような蒸気を出す
* エーテル塩:凍った感情の結晶から採れる微量元素
***
【料理:雷光スープ“ペルセリア・グラティア”】
カタリは凍った厨房で火を灯す。
雷の能力で小さな鍋を温め、具材を慎重に投入していく。
調理法:
* 凍香根をスライスし、雷で焼き目をつけて香りを解放。
* キノコを蒸し焼きにして、笑い声のような“香気”を追加。
* 最後にエーテル塩を一振り、感情の閾値を上げる。
完成したスープは、見た目は澄んだ琥珀色。
湯気は淡く揺らぎ、飲めば舌がじんわりと緩み、腹の底から笑いが漏れそうになる。
「……これは、食うと同時にツボ押してくるスープだな」
人形がそっと近づき、口元にスープを運ぶ。
「……ああ、これは……“あの時”の味だ」
カタリが問う。
「“あの時”って?」
「皆が笑ってた、夕食の時さ。舞台の前に、厨房で食った料理。……あの一杯」
その瞬間、人形の仮面が崩れ、下から“本当の顔”が現れた。
道化師だった男の、涙に濡れた微笑み。
***
【エピローグ:眠れるものたち】
(さすがに、「それで皆笑い死にしたのか?」とは言えんかった……。不謹慎すぎて。)
氷の街に、光が差した。
レフラグレアの空に、一筋の“動くオーロラ”が生まれ、空気がわずかに揺れる。
凍った都市は、ほんの少しだけ、時間を思い出した。
カタリは調理道具をしまいながら言う。
「次は、誰の記憶を煮てやろうかね。……甘くて塩辛くて、ついでに変な声が出るやつがいい」
笑顔の仮面をそっと拾い、バッグにしまう。
風は冷たいまま。
だが、腹の中には温もりが残っていた。