シーズン1 第5話 灰都レザンと機械仕掛けの詩人
【灰の都“レザン”】
メルセシア北西部、山々の影に沈んだ都市――レザン。
かつて魔導と機構技術の都として栄えたが、火山の噴火と“灰の雨”によって滅びたと言われている。
現在では、「灰の都」と呼ばれ、建物の大半は灰の下に埋まり、空には煙が漂っている。
カタリはガスマスクのような呼吸布を顔に巻き、かつての中央広場だった場所に降り立った。
「廃墟はいいな。音が少ない。匂いも無機質。何より料理が映える。」
砂埃と灰にまみれた都市に、旅人の足音がひとつだけ響く。
彼の目的はただひとつ――最後の碑文を探すこと。
雷、風、森、時間……それらを繋ぐ“第五の記憶”が、この都市に眠っていると確信していた。
***
【機械仕掛けの詩人“レミオ”】
廃墟の一角、かつての大図書機関だった建物に、規則的な音が響く。
カタリが足を踏み入れると、そこには一人の男――正確には、機械仕掛けの詩人がいた。
名前はレミオ。
灰に覆われた顔に鉄製の義眼、左腕は露骨な関節構造を持つ機械義肢。
そして、胸元には詩の記憶結晶が埋め込まれている。
「君は……記憶の連鎖を追ってきたな。五つ目の言葉を、聞きに来たか」
「料理に必要なんでね。詩が材料だとは思わなかったが」
「この都市に眠るのは“意思”。それが詩になり、今もどこかで鳴っている。だが、まだ読めぬ」
レミオは苦しげに胸の結晶を握る。
「碑文は“詩の断片”として、都市の心臓部“グラントーム”に保管されていた。しかし今は灰の底」
カタリは黒檀の杖に手をかけた。
「行ってみようか。詩も、料理も、原材料は掘り出すもんだ」
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【灰都グラントーム】
レザンの地下。崩れた通路、燃え残った蒸気配管、鉄の壁に刻まれた文字。
「ようこそ、記憶の底へ」
都市中枢には、四方の記憶碑文の断片が組み込まれていた。
だが、制御盤は故障し、記憶回路は灰と錆で停止していた。
カタリは鷹の目で回路を確認し、雷属性でエネルギーを流し込む。
すると、記憶が蘇るように詩が浮かび上がる。
『始まりを忘れぬ者に、終わりは届かない
雷は目を開き、風は鼓動を運び
森は記憶を刻み、時はそれを抱きしめる
されど、人は…食べ、語り、繋がる者なり』
そして中央に現れた、第五の碑文「共食の詩片」。
それは、文明と文明を繋ぐ、“食卓”という概念の記憶だった。
「……オレは、これを求めてたのかもしれないな」
カタリはそれを拾い上げると、突然背後で音が鳴った。
崩れた通路から出現したのは――灰に汚れた、オートマトン兵の群れ。
過去の防衛機構が碑文の解放に反応したのだ。
「そっちが動ける(起動する)のは卑怯だぞっ!そうは思いませんか?!」
***
【灰のバトルと料理】
黒檀の杖をスピアへ。
跳躍して空中を舞い、灰煙を切るように舞う。
雷の閃光で敵の視覚機構を焼き、鷹狩りで機構のコアを盗み、逆回転させて機能不全を誘発。
迫り来る一体の足元にカードを滑り込ませ、爆裂的な雷光で関節を破砕――オイルと火花が霧のように舞い上がった。
最後の一体を倒し、カタリは機械の火花が舞う中で座り込む。
「さて……じゃあ、作るか。文明を“煮なおす”料理」
***
料理名:「レザン・エンジンポトフ」
材料:
* 灰都市の保存野菜(“スモークキャロット”、“燻製根セロリ”)
* 魔導オイルで加熱可能な調理皿
* レミオが持っていた“記憶酒”
調理法:
* 灰を払い、野菜を切り出し、魔導オイルで炒める。
* 雷で火を灯し、低温で煮込む。
* 最後に記憶酒を一滴。都市に残った時間の味が、香りとして立ち上がる。
スープは煙と土の香りが残り、しかし舌の奥にほんのりと“温かい甘み”がある。
「……あ、灰が入った……。気にするな、風味のうちだ」
「じゃあ、そっちを寄越せ。交換だ」
「ふざけているのか?灰が入ってるんだぞ」
「おまっ!」
レミオが、初めて柔らかく笑う。
「……この味、忘れていた。誰かと食べるという、ただそれだけのことを」
***
【エピローグ:詩の回収と旅の再開】
カタリのバッグには、五つの碑文が揃っていた。
だが、それは“謎の終わり”ではなく――“旅の中継点”にすぎない。
灰都の空に、雲の切れ間ができていた。
一筋の光が、崩れかけた機構都市の壁に反射し、かつての街の名残を照らす。
レミオは、静かにカタリの背を見送った。
「君が選んだ料理は、誰かの記憶になる。……それで、十分だろう」
カタリは肩のバッグを軽くたたき、腰に黒檀の杖を戻した。
そして、口笛をひとつ。
この旅のどこかで、自分が何を探していたのか……もう、思い出す必要もなかった。
けれど――食べて、出会って、笑い合った顔は、不思議と心に残っている。
今はそれだけで、充分だった。
彼は何も言わず、背を向けて歩き出す。
その足音だけが、灰の都に静かに刻まれていく。
もう誰もいない都市。
もう言葉も残らない街。
――だが、そこには“レザン・エンジンポトフ”の記憶と、“共食の詩片”が、確かに残っていた。