シーズン1 第4話 沈む都と時間のレリーフ
【静寂の湖】
メルセシア中央西、ネンファ湖。
周囲に人の気配はほとんどなく、湖面には空が逆さまに映る。
風も波も、ない。ただ鏡のような水面が、世界の底を隠している。
湖畔に立つ男の姿――もちろん、カタリだ。
「まるで時間が止まったような湖だな……嫌いじゃない」
腰の黒檀の杖が、ピリリと震える。
前回の森で手に入れた“記憶の布”が、ここに反応を示していた。
「輪廻具現具の欠片、黒檀の杖も感じているのか。やはり……この下に、何かがある」
かつてこの湖には、“フォルネア”という文明都市があったという。
大崩壊によって湖に沈んだ後、時の流れが狂い始め、今では“入った者が出られなくなる”と恐れられている。
カタリは肩からバッグを降ろし、準備を始めた。
水中探索用の結晶呼吸具、光源、食料、そして――料理用スパイスパック。
「水中で飯を作るやつはバカかもしれないが……オレはやる。前例がないからな。……誰がバカだ」
***
【沈没都市“フォルネア”】
結晶呼吸具を装着し、湖に潜る。
冷たい水が皮膚を刺し、耳鳴りと胸の圧迫感が広がる。
数十メートル下――石畳の広場、倒壊した塔、そして中央に浮かぶ巨大な時間のレリーフが見えた。
それは歯車が幾重にも重なった浮遊構造物で、カタリが近づくと、雷の力に反応して回転を始めた。
「なるほど、“雷”で回る“時間”の機構か。……興味深い」
しかし、歯車の音と共に、異変が起きる。
周囲の水が揺らぎ、幻影のように過去のフォルネア市民の姿が現れる。
子供たちが遊び、老人が市場で語り合い、厨房では鍋が湯気を上げていた――
だが、それは一瞬で、泡のように消えた。
誰かの笑い声だけが、音の残響のように水中を漂っていた。
「……記憶の再生。これが、“時間の碑文”か」
中央のレリーフには文字が浮かび上がる。
『時は記憶を越え、記憶は味となる』
その瞬間、カタリの視界が“裏返る”。
空間がひしゃげ、彼の前に現れたのは――
同じ顔をした、もう一人の“カタリ”だった。
***
【記憶との対話】
「君は……誰なんだ」
「お前さ。だが、選ばなかった方の“オレ”でもある」
鏡のように佇むもう一人のカタリ。だが彼の目には、腐敗が色濃く映っていた。
選ばなかった過去。助けられなかった仲間。守れなかった理想。
「メルセシアを離れていれば、誰も死なずに済んだ。お前がここへ来たのは、“確認”のためだろう?」
カタリは静かに、手を黒檀の杖に添える。
「違うな。飯を食いに来た。うまいものを、誰かと食うためだ。オレはそれを選び続ける。それと、君は何を理解してオレに語りかけている?オレが守れなかった命などない。守るべき命は守り続けてきたつもりだ!」
雷が杖に走ると、もう一人の“カタリ”は音もなく消え、時間のレリーフに再び変化が起きた。
レリーフの裏側から現れたのは――第四の碑文“時間の鍵”だった。
***
【水中料理:記憶スープ「フォルネア・クロノ」】
浮上後、湖畔に戻ったカタリは、早速食材を広げた。
水中で拾った“時香草”、湖底の“古代米”、そして保存していた森の焦がしエキス。
調理法:
* 時香草を刻み、雷の火花で短時間だけ加熱し、香りを“封じ込める”。
* 古代米を雷蒸気でゆっくり炊き、粘りと香りを引き出す。
* 森の焦がしエキスで味に深みを追加。
* 最後に、“雷コアの微弱電圧”を使ってスープ全体の味を“記憶に定着”させる。
料理名:「フォルネア・クロノ」――時間を喰らうスープ。
一口すすると、過去の香りが舌の裏にじわりと染み込み、記憶の中の誰かと飯を食っているような感覚に陥る。
「……オレが作った中で、一番“懐かしい味”だな」
ー回想ー
「お前は悪魔か!!!何、ドラちゃん調理してやがる!!ずっと一緒だよとか言ってただろ!!!」
「え?いや、あれはそのですね、、、。やっちゃえばもう離れないよねっていうやつで」
「怖ぇぇ!!お前、そうじゃないかな?って思ってたけど、マジで怖ぇな!!!」
「大丈夫です、私達もズッ友だよ、ゆっきー」
「それ、俺もお前のキルリストに入ってるってことじゃねぇか!!全然大丈夫じゃねぇ!!!」
「いいから食べたらどうだ、ドラゴンの肉というのもなかなかに美味いぞ」
「何、食ってんだよ!食ってんじゃねぇよ!!一心同体はどうしたんだ?!!」
「ああ、つまり、血となり肉となり、まさに一心同体という、、、」
「発想がそこの頭のおかしい奴と一緒じゃねぇか!!」
「ドラちゃんはね、ただ死んだわけじゃないの、立派にわたし達の生きる糧となったのよ!命に感謝して頂くといいわ!」
「感謝する命が重すぎるわっ!!!」
【レヴァラムゲート】 ~メルセシアの歩き方~より
ー回想終了ー
「ふっ。って、オレが作ってないやつ回想じゃないかコレ」
***
【エピローグ:骨の帰還】
そこへ、風に乗って“あの声”が届いた。
「よぉ、旅人さん。オレの歌、恋しくなったろ?」
マハロの頭蓋骨が、旅袋の中でがたんと動いた。
「森から泳いできたのか?」
「……ま、時々歌ってたら、いつの間にかここだった」
「なら、ちょうどいい。一曲、締めてもらおうか」
焚き火のそばで、マハロが静かに歌い出す。
今夜の歌は、湖に沈んだ記憶と、今も旅を続ける者のための歌――
♪泡になっても、忘れない
風に流れても、ほどけない
ひと匙の夢、ひと口の過去
君の鍋には、時間が煮えてる♪
カタリは笑いもせず、ただ頷いた。
焚き火は静かに、時を焼き続けていた。
「こいつ、泳ぎもするのか」