シーズン2 第5話 ペルセリア終極域と凍れる食卓
【雷のない雷嵐】
天が鳴っている――のに、稲妻は落ちてこない。
ペルセリアの最北端、地図にさえない場所。
終極域と呼ばれるその地に、
雷鳴だけが延々と響き続けていた。
空は鉛のように重く、雲の層が幾重にも折り重なっている。
地表には霜と粉雪が厚く積もり、足を踏みしめるたび、鈍い軋み音が広がる。
「鳴ってるだけか。なるほど……“落ちない雷”とは妙な皮肉だ」
カタリは静かに歩を進める。
背後では、空気が徐々に凍りついていく。
肩に降り積もる雪は、まるで世界の時が止まっているかのように落ち着いていた。
***
【凍れる集落:時の停止】
氷に封じられた小さな集落があった。
木造の家々、凍てついた広場、時計塔までもが凍結し、
すべてが“瞬間”のまま閉じ込められている。
家の窓辺には凍ったカップが残り、
掲示板には氷柱に覆われたままの張り紙が揺れていた。
「大市開催のお知らせ」と、そこには記されていた。
だが、カタリの目はすぐに一点を捉える。
「……食卓、か」
広場の中心に並ぶ、凍結された長いテーブル。
その上には料理の形を残した氷塊がいくつも残っており、
座ったまま凍った人々の姿は、まるで食事の途中で時間ごと封じられたようだった。
器の中には、凍りついたパンや蒸気を帯びたまま固まったスープ。
中には、フォークを口に運びかけたまま凍った者もいた。
その中に――一人だけ、背を向けた者がいた。
***
【沈黙の料理人:ハルト・アーシア】
彼だけは凍っていなかった。
古びた旅装。黒い料理帽。肩から提げたキャンバス地の袋。
目元に刻まれた深い皺は、時間に逆らうように彼をこの場に留めていた。
彼の名はハルト・アーシア。
ペルセリアの“最初の料理人”と呼ばれた男。
世界イベントの前兆である“雷嵐の予兆”を、料理で感じ取っていたという。
「……君が、カタリか」
「まぁ、そう言われれば、確かにオレはカタリだったな。オレは君を知らんが」
ハルトは長く黙ったあと、ぽつりと呟いた。
「“最後の一皿”、作ってもらえないか?」
「会話のキャッチボールができないヤツしかいないのか、この地方は」
***
【最後のレシピ:雷のない雷魚】
集落には、一匹だけ生き残った食材がいた。
氷の下で眠る、“雷魚”。
本来、雷の気配に反応して動き出す魚。
だが、この場所では雷が落ちず、魚は眠ったまま。
「“雷を使わず、雷魚を目覚めさせる”。なるほどな、上等だ」
カタリは雷魔法ではなく、料理の熱で起こす方法を選ぶ。
手袋を外し、冷えた水面を叩いて波をつくる。
魚の体温は低いままだが、わずかに尾が揺れた。
***
【調理:静かな雷魚と終極スープ】
・雷魚の体表を削り、氷の鱗を剥ぎ取る
・肉を厚く切り、屍肉喰いで“最後に食べられた記憶”を抽出
・記憶の断片を、出汁として火に落とす
・余った骨を雷魔法で炭化 → スモークソルト風の調味料に
鍋の中で、記憶の出汁が微かに泡立つ。
静かに煮込まれた雷魚の肉は柔らかく、香りはほのかに甘い。
調味は控えめに、香りで“食べる記憶”を呼び起こす。
料理名:『静雷の魚スープ(しずかなるいかずちのさかな)』
雷鳴を伴わない魚料理。
食べると、「いつか聞いたはずの雷の音」が、耳の奥でこだまする。
***
【対話:凍った食卓の意味】
ハルトは一口だけスープを飲み、語る。
「この集落の者たちは、世界イベントの直前、最後の晩餐を囲んでいた。
だが、雷が落ちず、“終わり”は来なかった。
だから皆、終わることも、食べることもできず、止まってしまった」
「……君は、“落ちない雷”を食卓にしたわけだ」
カタリは軽く笑う。
「終わらせるには、火じゃなく、味が要る。料理は、いつか止まった時間を進める“点火装置”だからな」
***
【終わる時間、再び動き出す】
スープの香りが氷に染み渡る。
座ったまま凍っていた人々の影が、ゆっくりと\*\*「完了」の表情\*\*を浮かべて砕けていく。
雷はようやく一発だけ、空から落ちた。
遅すぎた稲妻。だが、それは――
カタリが仕上げた皿を、“空が食べた”瞬間でもあった。
***
【エピローグ:雷の残響】
ハルトが言う。
「これでようやく、あの宴は終われた。……君は、何者だ?」
「カタリだ」
「違う」
「君はオレの何を知ってて名前を呼んだんだ」
「勘」
「すぅごい!………ただの料理人。あと、ゾンビの放浪者って事で、覚えて帰ってくださいね」
カタリは椅子を背負い直し、雪の中へ。
雷の音はもう、どこにもなかった。
ただ、温かなスープの余韻が、風に乗って広がっていた。
「………ところで、何で彼らはいつも一口しかスープを飲まないのだ」