信楽焼きのタヌキ
そのタヌキは信楽焼きだった。
体は焦げ茶色の毛で覆われ、二本足で立ち、正面に突き出した丸い腹だけが眩しいくらいに白色だ。
家屋の玄関外に置かれ、軒は多少あるものの雨風の影響を受けてしまう。
気候変動の影響か長い年月の経過による自身の耐久性の問題か、昔は屁でもなかった夏の猛暑も冬の寒波も、最近では節々がみしみしと痛んで辛いと感じることが増えた。
西高東低の気圧配置になったある日のこと、タヌキはとうとう鼻水凍る厳しい寒さに耐えかねて、どうか室内に飾ってほしいと家主に直談判しに行くことにした。
とはいえ、タヌキは家の中へは招かれていない。
人が住む家には古来より南天や柊が庭木として植えられ魔除けの結界が張られることが多く、この家も例外ではなかった。
招かれざる者は家の中へは入れないのだ。
しかしその日はちょうどクリスマスイブだった。
サンタクロースという架空の人物が入れるようにと鍵が開けられたベランダの窓は、タヌキの侵入を拒まなかった。
サンタクロースが入れるように、サンタクロースが来てくれるといいね、と言いながら、明確で具体的な「誰か」の想定がなかったためだろう。
手を掛け横に引くと何の抵抗も無く窓は開き、中に入ることができた。
こっそり、ひっそり、ぽんぽこりん。
タヌキは抜き足差し足タヌキ足方式で忍び足を進め、照明の落とされた暗い部屋の様子を注意深く窺う。
日が日であるので、すやすや眠る子ども達の枕元には親の手によって既にプレゼントが置かれているようだ。
一度の眠りで4、5回程度繰り返されるというレム睡眠とノンレム睡眠のサイクルでたまたま眠りが浅くなっていた子どもの内の1人が、もにゃもにゃむにゃむにゃごにょごにょと言いながら、むくり、起き上がった。
「はっ!! サンタしゃん!!!」
子に見付かったことに驚いたタヌキは、二本足でとたとたと急いで窓へと戻り、家主に直談判するという目的を果たすことなく、無念のまま外に飛び出した。
翌朝。
「あのね、おとうしゃん! サンタしゃんみたの!!」
目撃者の証言によると、サンタは大きな白い袋を持っていたという。
信楽焼きのタヌキは今日も、気温も天候も風速も関係無く、玄関前に立ち続ける。
脆く崩れるその日まで。
< 完 >