(五章)
テーマ:小説
先生と別れファミレスを後にした俺は
眠気に襲われながらも運転していると、
ナビシートに坐っていた篠原が轉寝しながら
寝息を起てているのに気づき、
俺は一時的に車を停めて彼女に自分のジャケットを掛けてやりながら
彼女の寝顔をまじまじと眺めてふと想った。
篠原って可愛いと…暫し寝顔を拝めてからまた車を発進させた。
家の前まで来た俺は取り敢えずガレージに車を駐車させたものの、
篠原はいい気分で寝息を起てている。
折角いい気分で寝ているのだから起こすのも申し訳なく、
仕方なく彼女を抱っこして家に入った。
リビングを通り抜け、階段を上り、
彼女の部屋に入って寝かし就けてから寝床に就いた。
翌朝、眩い陽射しと猛暑に苛まれ、眼が覚めた。
不意に横を見ると篠原が添い寝していた。
いつの間に…って何時もの事か、
そう想いつつ彼女を起こしてやり、リビングで寛ぎ倒した。
すると篠原が
「久々に湘南の方に出てみない?」
何て言うとアイス・オレを口にした。
まあ良いか、今日から三連休だし、小旅行って事で…。
「好いよ!勿論、泊まりだろ?」
そう問い返すと、彼女は頬は紅らめて
「…うん」暫し間を於いてから応えて頷いた。
とは言えこの時期の湘南って言えば海だけど、
それよりもどこに行くのだろう?
「萌はどのエリアに行きたいの?
例えば由比ヶ浜とか稲村ヶ崎とかが在る江ノ電エリアか
茅ヶ崎とか大磯が在る東海エリアだけど…、どうする?」
そう話すと
「鎌倉とかも行きたいから江ノ電エリアにしようかな、じゃ用意して来る」
そう言うと彼女は部屋へ戻った。
俺はというと、同じく自室に戻り着替えを済ませて
身支度を終え抽斗から車のキーを取出し、
リビングに戻ると篠原はまだ姿が見えない。
暫し待つのを兼ねて冷蔵庫からサンドウィッチとカフェ・オレを取って
ソファーに腰を下ろした。
一枚目の半分辺りを噛っていると人が下りて来る気配に気付き
その方へ眼をやると
「あ…おはよう悠君…今日は早いのね?
何処かお出かけするの?」
寝ぼけながら姉貴は悠然と言った。
「あ、おはよう。これから篠原と湘南の方に出掛けて来る。
飯は二、三日要らないから…」
「そう…え~ひょっとして泊まり?聞いてないわよ!」
姉貴は怪訝な態度で問い質した。
「さっき決まったから…」
苦笑しながら応えると
「お待たせ…お姉様、おはようございます。」
篠原は慇懃な態度で言うとソファーに腰を落ち着かせ
優雅にアイス・オレを啜った。
それを見た姉貴は
「私も行くからちょっと待ってて」
姉貴はそう言うと一目散に階段を駆け上がって行った。
篠原は唖然と見ていたが、笑みを漏らして呟いた。
「デートじゃ無くなっちゃったね?」
俺にしてはどっちでも好いのだが…、やれやれ
「萌さ、借りた本返すついでにまた借りても好いかな?」
「好いけど、じゃあ付いて来て…」
そう言って導かれるがままに部屋に入ると眼に飛び込んで来たのは
小さいテーブルが在り、そこに無造作にパソコンが置かれ、
左側の壁際には本棚と衣裳戸棚が置かれている。
本棚にはレースのカーテンが掛かっていた。
めくると上から下までびっしりと詰め込まれていた。
以前に覗いた時は棚の半分くらいしか無かった気がするが…
然しあれから数ヶ月経つのだから増えても可笑しくはないか。
「この中で面白いやつって在るか?」
「全部だけど…どういう系が好いの?
ミステリーからライトノベルまでいっぱい在るけど…」
「前に借りて読んだやつは
笠井 潔の『魔』と貫井 徳朗の『症候群シリーズ』は読んだけど…」
「なら…これを貸すわ」
そう言って棚の真ん中辺りから引き抜いた本を俺に差し出した。
「これは?」
そう聞くと
「『吹雪の山荘』この本は著者のシリーズ物で
ヒロインや主人公を起用してアンソロジ-として
リレーミステリーと成っているの。
わたしも笠井さんの矢吹シリーズは好きで
『オイディプス症候群』まで読んだわ!
最近に講談社から『メフィスト』というマガジンが出版され
その中に笠井さんの書き下ろし『夜と霧の誘拐』も連載されていて…」
彼女はこう言うとマガジンを俺に見せてくれた。
表紙を捲ると彼女が言うタイトルが目に入った。
これ、もう全部読んだのだろうか!
本を返すと
「この本、色んな箸者の書き下ろしが入ってて面白いんだ。」
「あぁ、表紙を見て直ぐ解った。」
突然、背後に人の気配を感じ、振り向こうとした瞬間、抱き着きながら
「何してるの?早く行こうよ?」
と言ったのは姉貴だった。
「解ったから離れてくれ、暑苦しい」
姉貴は顔を竦めて一人とぼとぼと階段を下りて行った。
「俺達も行こうか?」
「うん」
「何で行くの?電車?」
篠原が笑みを漏らしながら聞いてきた。
「車にしようと想うんだが…足を延ばして箱根の方も行きたいし…」
「温泉には絶対入るからね」
と姉貴に豪語されてしまった。
家を出てから数時間余り経って漸く海岸線を走る
134号線に出たのは好いが、渋滞が凄くてなかなか先に進まない。
退屈鎬に地デジを見ていると後部座席で転寝していた
姉貴が眼を覚ましたのか、声を上げた。
「海まだ?」
「この分だとあと一時間くらい掛かるかな。」
「ナビが在るんだから裏道検索できないの?」
「わたしが代わりに設定し直す」
ナビシートで読書していた篠原が横から割って入って来た。
「悪い。」
そう言って前方に眼を向けた。
「それにしてもこの車に付いてるナビとか
カーステとかって高そうだけど何処のメーカー品なの?」
姉貴は興味津々に訊いてきたので俺は、
「『カロッツエリア』だよ。」
と教えてあげると、姉貴は顔を竦めて
「聞いたこと無いけど…有名なの?」
「あぁ、カー商品の中ではマニアから絶賛されている程だから…」
「そうなんだ。」
姉貴は素っ気ない態度で応えた。
そんな事を話していると横から
「設定すんだよ。」
と篠原が微笑だに問い掛けた。
「どれどれ」
と言いながらナビモニターを見ると目的地は鎌倉だった。
おいおいちょっと待ってくれ…って泊で来てるからまぁ好いか、
明日は朝から海に入れば…
ナビに従い導かれるがままルート進行して行くと、
思いの外三十分足らずで市街地に辿り着けた。
「そう言えばこのナビって初めから付いてたっけ?」
ハードディスクに蓄積されたミュージックサーバーを
靜かに聴き入っていた姉貴が呟いた。
「いや、これは最近購入したんだよ。」
「最近?なら高いでしょう?」
姉貴は顔を顰めた。
「あぁ…これは『サイバーナビ』の最新型だから…」
「そうなの?なら余計に高いんじゃないの?」
と言って姉貴は喫驚した。
「確かに…これは『AVIC-VH9990』って機種なんだけど、金額が…」
そこまで明晰に説明して躊躇してしまった。
「いくらなの?」
姉貴はひつこく咎めた。
俺が拱いていると横から
「三十万だっけ?」
と篠原が呟いた。
金額を聞いた瞬間、姉貴は口をポカンと半開きのまま絶句した。
実のところ篠原と折半したのだが、何を考えていたのか知らないが、
最初のうちは篠原が『わたしが払う』の一点張りで
どうにか話が纏まったのだ。
暫く姉貴は唖然と口を開けていたが、
そんな顔をまじまじと見た篠原が透かさず違う話題を振った。
「今日の泊まる場所は決まってるの?」
その台詞を聞いて我に返った姉貴も
「何処に泊まるのか聞いてないけど、大丈夫なの?」
「あぁ…予約済みだから心配しなく好いよ」
「場所は」
「強羅のちょっと入ったところ…
そうそう部屋だけど、二部屋にしたから」
横から微妙な視線を送られているような気が…
「二部屋って事は、誰か一方は相部屋って事?」
顔を窄て姉貴が訊いた。
「あぁ…そういうことに成るな!
然し、部屋割は頭の中で決めた筈なんだけどぱっとしない」
「どうして?」
「後々厄介事が起きそうだから」
皆の意見も聞かずに勝手に部屋割するのもどうかと想うし…
それはそれ、これはこれでホテルに着いてから
決めれば好い話しだと想うし、それに篠原が行きたがっていた
鎌倉も見えてきたところだから無理に考える必要は無いな。
駅周辺のコインパーキングに車を停めて小町通りをぶらついていると
「腹拵えしたくない?」
と篠原が言い、姉貴も
「御午まだだったわね?些か小腹が空いたわね」
と言って腕時計に眼をやった。
「何か食べたい物ある?」
俺は二人に促すと
篠原が時計を見ながら
「何でも好い」
と言って歩を進めた。
ふと眼に入った喫茶店の前で脚を留めてメニューを見ると
イタメシ屋だったが、姉貴と篠原は食い入るように見て
動く気配が感じられなかった。
まぁ好いかって想い直して店に入ると常連らしき人物が数人居るだけで
昼時なのに閑静に包まれてるのに二度驚いた。
もしやハズレを曳いてしまったのでは…
暫く困却しているとウエートレスがお盆に
オシボリとお冷やを載せてやってきた。
一通り注文を済ますとウエートレスはニッコリ笑って注文を繰り返した。
食事を済まして小町通りを北へ進んでいると、
『栗ドラ焼き』と書かれた垂れ幕が見えた。
それを見た篠原が
「デザート食べに『オヴァール』に行かない?」
「そこって何のお店?」
姉貴が笑みを漏らして呟いた。
「お洒落な喫茶店かな!」
そう言って『聖ミカエル教会』のある十字路まで来ると
右に折れてまた少し歩いて三井住友の角まで来ると左に折れ
若宮大路を只管歩くと、お目当ての『オヴァール』の看板が見えてきた。
お店に入ると中も小綺麗にしており雰囲気も申し分ないが…
どっちかと言えばデート向けだと想うのは気のせいだろうか…。
席に着くとウエータが颯爽にお冷やとおしぼりをお盆に載せて現れ、
配り終えるのを確認して
「好いですか?」
と篠原が訊いた。
「はい、どうぞ」
とウエータが応え、続けて篠原が
「シフォンケーキのドリンクセットで」
「俺はナポレオンケーキのセットを…姉貴は」
彼女は迷っていたので横からお勧めを促した。
「ナポレオンかシフォンは食べるべきだな!」
「その二つで迷ってるの…まぁいいわ、シフォンのセットを」
そう言って店員がいなく成ってから「少し頂戴」何て俺の頬を引っ張って
言われるとあげたくなく成る。
「それにしても」
姉貴は篠原と俺の顔を交互に見ながら
「以前に来たことがあるような事言ってたわよね?最近の話?」
「何時だっけな…去年の暮れか春じゃなかったっけな…」
そう言って篠原の方を見ると頷きながら
「そう」
と言って読書途中に声を掛けられた事で俺に顰っ面を浴びせた。
「…お待たせしました。…」
店員の声と共に注文した品が運ばれてきた。
「じゃあその時も車で来たの?」
そう言って姉貴はシフォンを一口大に切ってから口に頬張った。
「いや、電車で行ったよ!以前は今回みたいに泊まりじゃ無かったし、
日帰りだったから朝も早かった気がする。」
そう言って俺もナポレオンを口に入れた。
「それにしても美味しいわね?悠君のも少し頂戴」
って言って姉貴は強引に俺の皿に手を掛けた。
それを見ていた篠原も一緒に成って俺のケーキを食べはじめた。
まさに孟々しいとはこういう事を言うのだろうか…
いや、ふてぶてしいの方が当て嵌まるような…
まぁいいさ少しだけでも残って要れば…文句を言うのはよそう。
店を出て小町通りをふらつきながら駐車場に戻ると
何やら見知らぬカップルがうろついている。
さすがに気にはしなかったが、
気味が悪いので車に乗り込み駐車場から出た。
湯本まで来るのに一時間以上も掛かってやっと着いた。
時間も押しているのでホテルへ直行し、朝比奈峠を走っていると、
先ほどから同じ車種に煽られているのに気付いた。
暫く走りながら路肩の広い場所を捜して見つけて
停めて様子を見ていると、
その車は通り過ぎていき、ナンバーを確認すると『湘南』で
地元の奴と解ったが、それよりも喫驚したのは
鎌倉の駅前で見たカップルだった。
「どうしたの?」
篠原が退屈そうに俺の顔を舐めるように見て言うと
「さっきから追われている気がして…」
「気のせいじゃない?朝から運転してるから
疲れが出たんじゃない?代わろうか?」
「あぁ…悪い。」
そう言って席をチェンジして発車した。
後部座席から微かに聞こえる姉貴の鼾を横目に
ミュージックサーバーに入っている「クラシック全集」を流した。
この歳でクラシックとは一風変わっているとはよく言われるが、
最近の曲は何か落ち着けなく耳障りな物が多々ある。
「さっきの車」
と篠原が呟き、
「手を振っているけど…。」
と言い、俺は停めるよう促し、降りて相手の車に歩み寄ると
「初めまして、齋藤と申します。失礼ですが、貴方がたは観光ですか?」
突然彼はそう尋ねてくると俺は「一応」だけ応えまた詰問された。
「熊々つくばの奥地から箱根まで来る理由何て
一つだけだと想うのですが…」
「いや…実は湘南で眼の保養をするつもりだったんだが、
ついでだし箱根峠でもって」
然しこいつは地元の奴かもしれないが、偉そうだな。
もしやこいつの縄張りに入ったのでは…
「そうですか、気を付けて。あ、そうだ継いでだから…
今日の夜に集会があるのですが、もし避けれれば参加しませんか?
ちょっとした公道バトルも用意していますので…」
彼は微笑だに言うと車に乗り込み窓の隙間から「お待ちしてます。」
と言いエンジンを蒸しながら去って行った。
「どうする?」
車に戻った俺に彼女は尋ねたが、
検討の余地はない。参加に決まっている!
だが、あいつの口調を何とか出来ないものか!
ホテルに着くと直ぐに部屋に行き、彼女達は揃って
「悠君と一緒が好い」何て言われても無理。
俺は一人部屋を選び戦慄を免れた。
その後、食事を済ませ、温泉に浸かった。
入りながら想う、混浴が在ればと…。
ざっと洗い脱衣場を出るとちょうど湯上がりの篠原がいた。
「よう」
「あぁ…悠君も今出たの?」
普段から湯上がり姿を眼にするけど、
出先で見るのもまた格別に違って見える。
「あぁ…そう言えば姉貴は?」
「まだ浸かってるって…」
そう言って少し間を置いてから彼女は続けた。
「さっきの話だけど、行くの?」
彼女は顔を顰て言うと俺の顔を直視した。
「あぁ…行くよ。」
「なら、わたしも行く。」
彼女は躊躇せずに言うと俺の手をとって部屋へ戻どろうと促した。
そうは言っても姉貴に一言いわなきゃまた鬱状態に成ってしまう。