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可憐に撃つべし!!~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~  作者: 月見里清流
第1章 いっつも暴れてばっかりじゃない
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第6話 羅刹の如く

「ヒノエさん、挨拶も抜きに突っかかるのはいけませんよ」

 芥川風の男が少女を(たしな)めたが、二人の視線は全く交わらない。男は気障(キザ)な笑みを浮かべながら、俳優じみた手つきでミエコを手招きした。ヒノエと呼ばれた少女の前に座るように、と。



 ――間違いない、あの声だ。

 昨夜、耳に響いた(かたち)なき声。

 声を確信したミエコは、僅かに拳を強張らせた。



 ()()()()は恐れの現れだ。弱気の印だ。

 ――そんなものを見せてはならない。

 ミエコは悟られぬよう、静かに椅子を引いて腰を落ち着けた。

 眼前で一杯のコーヒーから昇る湯気が微かに揺らいだ。



(わざ)(わざ)お呼び立てして大変失礼しましたね、ミエコさん」

 微かにウェーブ掛かった黒髪が揺れ、男は深々と頭を下げた。一方で少女は男もミエコも(いち)(べつ)せず、目の前のコーヒーの水面を見つめるばかりで、文字通りの傍若無人である。



「……いえ、お気になさらず」

 男は丁寧、(すこぶ)る丁寧だ。

 (いん)(ぎん)すぎるきらいを感じる程に。それがこの男の処世術だろうか、とミエコは過剰な礼儀に辟易しながら苦笑いを浮かべ、僅かに頭を下げた。



「昨日の件をお話しする前に、自己紹介だけ先にしておきましょう」

 言葉を深く交わす間もなく、男は手慣れた仕草で懐から革張りの名刺入れを取り出し、ピチッと一枚、二本指でミエコの前に滑らせた。()()()は慇懃と言うより芝居じみている。

 ミエコは目の前に提示された名刺を覗き込んだ。



「……らせつ?」

 白地の名刺に書かれた名前と組織。




 『羅刹』東京支部――。

 支部長 伊沢拓弥――。




 意味が全く理解出来ず、ミエコの口からそのまま零れる。

()(さわ)(たく)()と申します。こちらは部下の――、いえ、()()()(いり)(さわ)ヒノエさんです。我々二人とも『羅刹』という組織で働いている者です」



 ――そう淡々と言われても。

 ミエコは眉を(きゆう)(しゆん)(ひそ)めて伊沢と名乗る男にじっと視線を据えた。



「まぁ、()()()()()を目撃した貴女であれば大丈夫だと思いますが、簡単に説明致しましょう」

 ――さっさと謎なんて開示しちゃいましょう。

 昨夜確かにそう言っていたが、ミエコの脳裏に嫌な予感が走った。

 こういう(いん)(ぎん)()(れい)な態度の人間というものは、得てして何かを説明する場合は絶望的に長くなるものだ。しかもそれが、非日常的で説明しがたいものであれば尚更――。



 その予感が口から零れそうになった時には、既に遅かった。

 それから伊沢の()()()が始まった。



 長い。

 ――長い。

 ――――長すぎる。



 言いたいことは分かる。



 ――だけどもっと手短に。

 ――――なんだその演技臭さは、()(れん)()をなくしてくれ。



 伊沢が身振り手振りを交え、振る舞いだけは活動写真の弁士の如く、延々と熱弁を振るい辟易するほどの講釈を垂れ尽くした。



 コーヒーがすっかり冷めた頃。

 喋り尽くした伊沢と、口角をへの字に下げているミエコ。隣で静かにコーヒーに口を付けていたヒノエチラリと二人を見遣り、(どん)(ちよう)を落とすように呟いた。



「……要は一条天皇の()()(みなもとの)(らい)(こう)(しゆ)(てん)(どう)()討伐の後に設立した(こつ)()(ちん)()機関、異能の集まりが『羅刹』よ。この国に(あだ)()す怪異や現象を調べ、討ち果たすのが私達の役目。時の朝廷や幕府、政権と協力しながら、千年――ね」



 (りん)――。



 ヒノエの声に呼応するかのように、胸に掛かっている黄金色の(たいら)(すず)が静かに鳴った。たった十数秒で済む話に、蛇足に蛇行のオンパレエドが加わるとああなるのか――。ミエコは改めて過ぎた時間を倦んだが、二人の話の中身はほぼ同じだ。



「……本当、なの?」

 信じ難い話。

 この手の話はメススリズム(催眠術・心霊術)やら宗教勧誘の一種として敬遠される手合いとミエコは認識していた。だが、伊沢の冗長な説明から掬い上げれば、――伝説上の怪物達、(しゆ)(てん)(どう)()にせよ()()(ぐも)にせよ、豆腐小僧から(あく)()(おう)まで様々な怪異が、この日本の歴史の裏で(ちよう)(りよう)(ばつ)()していたことになる。



 ――ううん、そこじゃない。

 確かめるべきは自分の感触。

 古鏡から見たこともない()()()()()が伸びて磯子を放り出した。



 ()()()()()()

 ()()()()()()()

 まずはそこから、とミエコは己の手をじっと見つめた。



「まぁ、すぐに信じられなくて当然でしょう」

 あれだけ長々と一方的に話しておいて、伊沢はけろっとしている。



「それでも、貴女は触ったはずです。殴ったはずです。()()()()()()()()()()()()を、です」と、前のめりに念を押してきた。

 伊沢、ヒノエ両者の(かんばせ)は、疑義を挟む余地は全くない程に()んでいる。ミエコは僅かな(しゆん)(じゆん)の後、俯いた顔を上げた。

「…………分かったわ。私がアレを殴ったのは事実だもの。貴方達の話を事実と仮定して、よ。私が知りたいのは2つよ」



 ――あの怪異は何なのか?

 ――何故あの時、貴方達は私達を助けたのか?



 マネキンのように澄ました顔で理路整然と問いを立てる。その姿を見て伊沢は僅かに口角を下げ、ヒノエはカップを静かにテーブルへ置いた。ヒノエは重ねて「手短にね」と、視線を交わすことなく伊沢に釘を刺した。

 はぁ……、と昨夜にも響いた溜め息が漏れた。



「分かりましたよ。それでは手短に参ります。……ミエコさん、貴女が昨夜目撃した怪異。あれは多邇具久(たにぐく)神の悪意が変化(へんげ)した、まぁ化身ですね。世に言うところの妖怪大蝦蟇(おおがま)ですよ」

「……はい?」

「そもそも、あんな所に不相応なものを建てるからですよ」

 伊沢の顔が得意げに歪んだ。


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