第48話 ある国のオカルトマニア
『僕の名前は、デービッド。デービッド・ミラーと言います』
全て念話であった。アメリカペンシルヴェニア州ハリスバーグ出身で、米国『神聖同盟』に所属する学生だ、と紡ぐ言葉は淀みない。
『どこの学校?』
『横浜のインターナショナル系です。学校名は申し上げませんが』
『ほぅ、……横浜の。あそこは色々ありますからねぇ。ミッションもインターナショナルも、今時分は肩身が狭いでしょう』
伊沢の労いじみた言葉に、デービッドは微笑で返した。
横浜は幕末の開港以来、英米系外国人が多く居住している。全人口に占める比率ではなく、日本に在住する外国人の割合として圧倒的多数――、つまり横浜に在日外国人が集中していたのである。人が集まれば学校も必要になる。明治以来、外国人貿易商の子弟を対象にした教育機関が幾つか設立されており、明治5年の学制発布とほぼ同時期から開校している学校すらあった。
貿易商は跡取りとなる長男を本国の教育機関へ、娘を横浜の外国人学校やインターナショナル系学校に通わせるパターンが多く、伝統的に女子校となっている学校もある。
『ミッションだろうとインターナショナルだろうと、どちらも基督教由来がほとんどですからね。今般の国際情勢だと、全部敵に見えてしまうのでしょう、当局には』
『ですが学生は欧米系だけではありませんよ。何でも一緒くたにする当局には、みんな辟易していますよ』
所属する学生は何も開校した国の子弟だけではない。文字通りのインターナショナルらしく、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、中国、――時代の遺児たる白系ロシア人も多数いる。第一次世界大戦の折には敵国となったドイツ人子弟は減少したり、中華民国建国前後から中国人の在学生も多い。
今となっては、その全てが敵国のレッテル――、或いはそこまで行かなくとも、敵意という色眼鏡越しに見られてしまう。実際の所、生徒数の半数近くは日本人子弟だという事実すら無視して、学校や組織単位で評されてしまう。
世風とは斯くも移ろいやすいものか、と嘆いたのはヒノエであった。
『別にそういう目で私は見てないわよ。本国の、――普通の人間の都合なんて関係ない。私達は明るい世界を評価できないもの。選挙がどうたら、国益がどうたらどうでもいいわ。魔の介入で国の行く末を狂わされるのだけは許せないから、私達がいる。――あなた達もそうでしょ?』
はにかむような微笑みを浮かべたデービッドは、
『全く以てその通りです。思いが同じで嬉しいです』
と言った。
『まぁ、そこは建前ですよ建前』
僅かに通い合ったと思った瞬間、伊沢がストンと話を切った。
『いくら独立的に魔から人の世を守っていると言ってもですねぇ、金も権限も所属する本国政府の如何で決まります。金が出るということは、首輪がついていると同じなんですよ。税金だろうと寄付金だろうと、金が動けば査察もあるし、政治的意図とは無関係に居られませんねぇ』
『はは、ほんまやで』
丸島が血塗られた牙を剥き出しに笑った。
『ヒノエはんや、ミエコはんには分からんやろけどなぁ、姫や政府の矢面に立ちながら、よううまいこと立ち回ってるでぇ、伊沢はんは。軍部は大陸に出たがる癖に、向こうの霊会組織の一つも知らんねん。挙げ句の果ては、兵や駐屯地が呪われても非科学的や言うて突っぱねてなぁ、――ほんで後から泣きついてくるっちゅうワケや。そこの機微っちゅうんを、うまーいこと掌で転がして、表に顔出さんまま力を振るう采配っちゅうのは、姫と伊沢はんにしか出来へんねんで、ほんま』
『褒めても何も出ませんよ』
扇子で口元を隠しながら、くくっと笑う伊沢に対し、『知ってるわよそれくらい』とヒノエが唇を尖らせた。
『話を戻すわよ、まったく。……で? アナタが「神聖同盟」に所属してるのは分かったわ。でもねアナタ、ウチだけじゃなく特高警察とかにも目撃されているんだから、もうちょっと静かにした方が良いわ。――そもそもよ。ウチの領分に食い込むのは協約違反でしょ? これは米国支部の指示? それとも英国本部の指示?』
固まったミエコの耳がピクリと動いた。
(あー、やっちゃったなー)
既に羞恥心のピークは過ぎ去り、沸騰した頭は冷めに冷め切っていた。だから話に加わっても良かった。だが今更どの面下げて、デービッドの顔を見ることが出来ようか。忸怩たる思いが蓋をする。本当は訊きたい彼の素性の話に入り込むことも出来ない。
出来るのは、以前伊沢やヒノエから聞いた外国の霊会組織『神聖同盟』について考えを巡らせることだけだった。
(――確か、英国に本部があって、元々は欧州各国で緩く繋がっていた組織を、今は統括してたんだっけ? ウチも確か組織として連携していたかしら? ソ連の霊会組織は壊滅してたりしたっけかな。あぁ、そもそもなんで『霊会組織』っていうのかしら。ご先祖様にでも会うの?)
必死に念話に漏れ出さぬよう、ぐるぐると自問自答の渦巻く乙女の思考など露知らず、ヒノエの問いにデービッドは澄ました顔になった。
『協約に反するつもりはありません。お互いの国における霊的環境は異なりますし、無闇矢鱈に介入するのは、介入する側も痛い目を見ますからね』
『まぁ、植民地作りまくってた欧米国が言うと重みがありますねぇ。キリスト教の移入で結構衝突やら死人やら出た歴史もおありですし、自業自得と言えばそれまでですが……、あぁ、君に言っても仕方ないことですので聞き流してください』
『承知してます』
飄々と頷いたデービッドは硝子を外された窓の向こう、広がる帝都の夜景に目を細めた。
『協約に反しないように注意はしているのですが、如何せん、私は白人ですから。何をしても目立ってしまうのはご容赦ください。それでも、英国本部と米国支部、どちらからも正式な指示で私はここにいます。私が追っていたのは、――今の、死人を操る術なんです』
死人。
ミエコが恐れ戦いた、死者を以て生者を襲わせる術。
『実は、ナチスが死人を操るオカルト研究をしているという話がありましてね。同盟国の日本でも同様の事例がないかを調査していたのです』
協約に反しない程度にね、と付け加えた。
『あー、ドイツ「神聖同盟」は確か、あの丸眼鏡に乗っ取られたんでしたっけ?』
『そうです。戦争が始まるまでは何とか抵抗していたようですが、ナチ党の強権的オカルトマニアに組織は瓦解、残された組織人員も研究成果も奪われて――』
その先を想起して恐懼したのはミエコだけではなかった。この場にいる全員が、地球上を追いつつある『第二次世界大戦』という現実に、えげつない予感を焦げ付かせた。




