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可憐に撃つべし!!~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~  作者: 月見里清流
第1章 いっつも暴れてばっかりじゃない
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第2話 不純な願い

「……ほ、本当にやるの?」

「言い出しっぺは磯子でしょ? 大丈夫よ、この時間なら舎監(見張り)はいないわ」



 夜半の刻。

 外から蛙の濁声(だみごえ)が聞こえてくる中、(せい)(ひつ)なる闇が寄宿舎に(うずくま)っている。

 磯子の部屋の前で、ミエコは灯りも持たずに制服で待っていた。左右を見張れば、毎日朝から割り当てられた清掃班が掃き清めているおかげだろう、通路はスケエトリンクのように輝き(つや)めいている。



 遠方から通う生徒の為にある寄宿舎は自治と規制のアマルガム(融合物)だ。遠方の女学生が自らアパートメントを借りるなど非常に稀で、ここに身を寄せる女学生は遠方住まいか、共同生活で()()()()()ために入れられた者達だ。一方で、一室一人住まいが許されているのは私立の財力故であり、その()()()()()()()が特色の一つでもあった。



「で、でも時間外に出るのって……」

 勿論、寮内の規則違反だ。

 それどころか校則にも背く行為だ。

 ミエコに(そそのか)されて制服を着ていた磯子は、お下げ髪も総髪で簡単に纏めてはいたが、それでも戸惑っている様子だった。



「大丈夫だって。私だって何度も外に出てるけどバレていないんだから、ね? この白足袋もあげるわ」

 そう言って背中に隠し持っていた白足袋を磯子に渡した。ここまで来ては致し方ない――「わ、分かったわ」と磯子が観念したように小声で応じた。

 寄宿舎は学校敷地内に在り、(くだん)の鏡がある「ヴァージン館」はすぐ隣だった。


「ウルスラ館の方じゃなくて良かったわね。あっちだと結構歩くから」

「そ、そうね。こ、怖いから……近い方が良かった」

 小声でぼそぼそと呟きながら慎重に歩く磯子の横を、扇動(アジテート)するようにミエコが滑りながら歩く。「ほらほら、初江が言ってたじゃない。何人か抜け出してやってるって。大丈夫大丈夫」と磯子を(なだ)め続けると、磯子も(ようや)く心が落ち着いてきたようだった。


 寄宿舎の玄関から靴を取り、そのまま滑るように御不浄近くの窓まで進む。腰くらいの高さにある窓は鍵が馬鹿になってて掛からない。そう得意げに説明するミエコに、磯子はただ苦笑いを浮かべるばかりだった。



 ――自由。



 多少緩いとは言え、見えない規律と見えない空気、堅固に作られた建物に区切られた世界からするりと脚を出す。4月の夜寒は中々だが、その冷たさが自由を得るための対価ならば、悪いものではなかった。


「ね? 大丈夫でしょう?」

 上弦の月が柔らかく輝き、都市の灯りが雲を淡くぼんやりと浮かばせる。街灯などなくとも十二分に見通せる。

 月明かりを浴びて輝く白亜の城は、日常の退屈という磨り硝子越しのバイアスを抜かせば――幻想的な美しさである。校舎と寄宿舎の間で、くるくると回りながら夜風に(たわむ)れて自由を(おう)()するミエコを見て、磯子がぽつりとと呟いた。



「いいなぁ、ミエコは」

「え?」


ウルトラ(極端に)自由なんですもの。テニスも乗馬も上手いし、成績も凄く良い。けど威張らないし、規律(ルール)に囚われていないもの。……私も、お金があったらそうなれるかな?」

 ヴァージン館1階の廊下窓に手を掛けたところで、ミエコが驚いたように振り返った。



「い、磯子。もしかして『願い』って……」

「うん」

「お金持ちになること?」

 コクリ、と頷く少女にミエコは肩が抜けそうになった。

「わ、私はお金持ちじゃなくても私だと思うけど……」



 ――()()()()()()



 瞬く間に自問が脳裏を駆け巡る。私が自由と思っている振る舞いの代償が、鼻つまみ者の烙印だとしても、退学を免れているのは……。


「私ね……、家が裕福じゃないの」

 磯子の声は重い。

「少しでも良い学校に、ってお父さんが無理して学費を稼いでくれたの。お母さんも女給で……」

 そこで言葉が絶えた。数瞬の沈黙が二人の間に静かに舞い降りた。窓を開けきったミエコは磯子に優しく声を掛けた。

「みなまで言わなくて大丈夫よ、磯子」



 不純な願い。

 守護聖人ウルスラだったら、絶対叶えてくれなさそうな直接的()()()()。しかし、いつ如何なる時代であれ当事者は、願う者は常に切実なものだ。



()()()()に話してくれてありがとう。私への当てつけって思っちゃったんでしょ? ……いいわ、その願いをぶつけてみましょ」

 腰の高さの窓枠をひょいと乗り越えて、磯子に手を差し伸べる。


「貴女の言う通り、ただの怪談噺かも知れない。でも――、それで気持ちが楽になるならダンゼンするべきよ。気持ちが塞ぐくらいなら、身体を動かした方がマシ。たとい規則や社会とちょっとぐらい衝突したとしても、ね」



 ――皆、それを『無鉄砲』とか言うのよねぇ。

 ミエコが少しだけ寂しげな笑顔を浮かべた。磯子は僅かに頷きながらミエコの手を取り、ヴァージン館に侵入した。


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