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可憐に撃つべし!!~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~  作者: 月見里清流
第4章 怪しいなぁ、みーんな怪しい
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第31話  消えた指輪っておいくらよ?

「――っていうことがあったのよ」

「あぁ、あの事件で()()いますか」

 初江達と別れ、今度はその脚で『ろまねすく』に向かった。『羅刹』には様々な拠点があり、多くは偽装神社、或いは家屋、ビルヂング――と散在しているのだが、都市部には喫茶店という形態で運用しているものもあった。



 この『ろまねすく』も、一見はただの喫茶店だが、中に居る人間は全て――|あの時《ヒノエ達と初めて会つた》も多分に漏れず、『羅刹』の(ともがら)である。

 夜の帳がそろそろと降りる頃、ミエコはカウンターで作業しているマスターに報告した。白髪の老紳士は静かにコップにミルクを注ぎながら、微笑みを浮かべている。



「マスター、知ってるの?」

「勿論でございますよ、ミエコ様」

 東京支部所属、『ろまねすく』支店長、近堂(きんどう)知三郎(ともさぶろう)。ふっさりとした眉、蓄えた口髭を僅かに揺らして近堂は頷いた。

()()()()は遥か遠くまで聞こえますから。だからこそ、ほら――、もうすぐお着きになりますよ」

 ミエコの目の前にコップを置くのと同時に、近堂が視線を扉に向けた。釣られるように首を向けるとカランコロン――とドアベルが鳴り響いた。



「おや、ミエコさんじゃないですか」

 東京支部長である伊沢が、やや大仰に抑揚を含ませて声を上げた。彼の後ろには、これまたいつもの通りヒノエが仏頂面で立っている。

()()()()()()ようね、二人とも」

「アナタもね、ミエコ」



 何かの一件が終わったのだろうか、ヒノエと伊沢は慣れた様子でミエコを挟むようにカウンターに座った。「二人にも飲み物を出して、マスター」とお願いするまでもなく、近堂は準備してあったコーヒーと緑茶を伊沢、ヒノエの前に音もなく置いた。



「流石ね、近堂さん」

「お褒めにあずかり恐縮です、ヒノエ様。早速ではございますが、今し方ミエコ様がお話しをされた件についてお聞きなさいますか?」

「へぇ、何があったの?」



 近堂はスラスラとミエコの見聞きした不穏な変化を()()語った。些末な点は端的に、それでいて要点は的確に押さえた耳馴染みの良い声色である。ミエコがチラリと伊沢を見たが、それはそれは苦虫を噛み潰したような顔であった。



「ふーん、なるほどね」

 ヒノエが僅かに興味有り気に呟いた。

「その指輪って、時価幾らくらいかしらね」

「私の聞き及びます所、二千円(現400万円)ほどでございますな」



「……安いわね」

 思わず口から零れた言葉に、伊沢が目をヒン剥き、口を呆然と開けながらミエコを見た。

「いやー、金持ちですねぇ……」

 嫌味を通り越した呆れ顔に、思わずミエコは釈明した。

「美術館にある宝石としちゃ、――よ! 幾ら私でもそんなポンポンと買えないわよ、それくらいの指輪なんて」

「ポンポンじゃなきゃ買えちゃうって事ですか……、いやぁ――」

「伊沢、その辺にして」



 バッサリと。

 倦んだ声で緞帳を切り落とすのも、何も変わらない。



「指輪の値段なんて興味ないわ。高ければ()()()()の可能性があるから聞いただけよ。それより、それ(指輪)が盗まれた事実の方が大事でしょ」

()(よう)でございますな。金銭より価値ある物でございますからな」

 マスターの相槌に首を傾げた。

「……どういうこと? ただの指輪じゃないの、それ」



 問いに答えたのはヒノエだった。

「あれ、(こと)(だま)(いし)なのよ」



 言霊石。

 霊的物質(マテリアル)

 又の名を霊的分離不能石エンタングルメントストーン

 今もミエコの腕に通されている真田紐に組まれた秘蹟。念話で会話できる、余りに便利な人理(ひとのことわり)を越えた道具(ツール)



「いやはや、落ち着いて考えてみると、これ、とんでもない代物なんですよ」

 卒然、伊沢が胸から扇子を取り出し、パチリと音を鳴らした。語る――という合図なのだろうが、そうは問屋が卸さない。ヒノエの視線を受けたマスターが続けて語り出した。

「ミエコ様もお使いになられて驚かれたかと思いますが、この言霊石、有史以来、人を隔てた言語の壁を取り去るという、言わば『神の奇跡』の類いで御座います」



 言葉を訳するとは大変な仕事である。直訳・意訳という言葉の通り、現象を形式的に訳するのか、それとも当地人の生活・風土・歴史感覚に合わせた翻訳を行うのか――、翻訳家の腕の見せ所であると当時に、絶対的に()()()()()()()()()()という限界が()()には在る。



「感情、ニュアンスに至るまで的確に、しかも声色まで同じく伝えるなど、現代文明の利器を持ってしても不可能で御座います。我々『羅刹』は古来より細々と発掘された言霊石を使って参りましたが、昔は言葉ではなく感情や感覚を伝える程度だったようですね。しかし御一新(明治維新)の後に()()()()()()()が加わった結果、地球の裏側まで届く傑出した通信媒体となったので御座います。――まぁ、いつからあるかは存じませんが、もしこれが上古よりあらば、()()()()()()()()しておりましたでしょうね」

「素晴らしい説明だったわ、マスター」



 ――どっかの誰かさんと違って。

 念話ではなく自分に言い聞かせるように心中低く呟いた。



「……素朴な疑問なのだけれど」

 緑茶を啜りながらヒノエが首を傾げた。

「言霊石って地面から発掘されて、緑色の宝石の形を取ってるのよね。何故世界中にあるのかしら?」

「確かにそうで御座いますね。各国で発掘されておりますが、通常は純自然科学的に生成された結晶と考えるべきと存じますが、()()()で御座いますからねぇ」



「サンタクロースがばら撒いたんじゃない?」

「……プレゼントにしては太っ腹すぎですよ。挙げ句、高級指輪に加工されてしまってるんですからねぇ」

 (ようや)く、伊沢が倦んだようにミエコに合いの手を入れた。



「運悪く指輪に埋め込まれた言霊石が盗まれた……」

 他に盗まれた物は無く、指輪だけが盗まれた。どう考えても単なる窃盗じゃない。『羅刹』の範疇に属する事だ。しかもウチの生徒(聖ウルスラ高等女学校)が疑われている可能性が高い……。

 ミエコは出されたミルクを飲みながら往時の中宮、彼女の鋭い視線を思い出すのだった。

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