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可憐に撃つべし!!~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~  作者: 月見里清流
第3章 ちょうどいい敵じゃ、討伐せい
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第26話 可愛いけど潰したい

 熱い濃霧に汗が滝のように頬を伝う。

 左右の音がする深林に視線が流れるが、其れが奴かどうかは分からない。汗を拭う余裕もない。御影が振るった白刃が鈍く輝き、来るべき襲撃に備える。



「――――!」

 ()()、近くでガサリと音がした。ミエコの銃口がすぐ近くの草叢に向けられる。



 (ばつ)と呼ばれた怪異。

 毛むくじゃらの大きな()()

 強烈な熱光線、熱波を放つ恐るべき怪異の影に怯えて生唾を飲んだ。草葉がサワサワと揺らめき、(いよ)(いよ)来たか――と引き鉄(トリガー)にかける細い指先に自然と力が加わる。 

 僅かに揺れる草葉。

 だが、葉を退()かすように現れたのは、見るも小さな小さな、白い紙切れだった。



「な、なに? これ」

 間抜けな声に志乃と御影が視線を送った、その時だった。



「いやー、苦戦してるようですねぇ」

 気の抜けた声が耳に響く。同時に志乃がふぅ、と溜息を漏らした。



「……伊沢様、ですね?」

 首と銃は虚空に向けたまま、志乃が訊ねた。小さな紙切れはヒラヒラと頼りなく揺れ動きながらも、――人形(ひとがた)だろう、頭と裾の広い人間を(かたど)った姿で、不器用に、ちょぼちょぼとミエコ達に向かって歩き出した。



依代(よりしろ)なんて(これ)で十分ですよ。直に出向かなくとも用件は済みますよ」

「しゃ、喋った?」

 神社でしか見ないそれ(人形)が、伊沢の言葉に合わせて当たり前のように動く様に、ミエコは驚いた。



「あぁ、ミエコさんには珍しいですかね。私にはこういう術も使えるんですよ」

 まるで生きているかのように、(てのひら)程度の小さい人形がぴょこぴょこと撥ねる。



 ――可愛いわね。

 内心の呟きは口からは漏れなかった。

人形が、ぺこりと頭を下げた。



「お久しぶりです、御影()()殿()

「あぁ――、東京支部の伊沢君か。今日は随分と面白い姿で現れるんだな」

「直接お目にかかれず申し訳ありませんね。その分と言っては何ですが、お手伝いをさせていただこうかと思いましてね」



 日本刀を構えたまま視線を寄越さない。思わぬ訪問者であったが、警戒を解くような状況には全くない。人形は再び歩み出すと、ミエコ達の先頭に立った。 



「此処には事前調査の折、埋火(うずめび)を施しておきました」

 ペタペタと人形が地を撫でる。



「まぁ、本来なら前鬼(ゼンキ)後鬼(ゴキ)など暴力で解決するのが一番楽なのですが、それではミエコさんの為にもなりませんからねぇ」

 紙になっても饒舌は変わらない。



「また、本来であれば埋火(うずめび)は念やら火やらを用いるのですが、――今回は後で楽を出来るように一工夫しておきましたので、後は結果をご(ろう)じろう」

 嬉々として語る人形に、御影も志乃もミエコも口角を下げた。



 ――やっぱり踏んづけてやろうかしら。

 愛くるしい姿に透いて、弁士崩れの貌が浮かぶ。悪戯心がくすくすと胸中で踊ったが、流石に首を振った。



「……それで、何を()()()のかね」

 御影がジロリと人形を睨んだ。

「お察しの通りですよ、大佐。()(ぼう)(せい)の結界です。()(ぎよう)(そう)(こく)を反転させ、怪異の意気を削ぎ落とし、(しか)も目を(くら)ませる迷妄の一種を隠し味に、ね」



「それでは――」

()う。我々は霧の中でも、相手も霧の中なのです。その証拠に、――ほら」

 人形が躯を振ると、池の畔から何者かがのそのそと歩いてくる気配がする。熱い霧が僅かに晴れる気配を覗かせる中、獣の姿が一つ。赤黒い巨眼がぼんやりと浮かび上がる。



 ――成る程ね。

 怪異の姿を見て、思わず舌を巻いた。



 赤い眼は確かに赤い。だが先程までの勢いは何処へやら、見るからに黒くくすみ、まさしく(しよう)(じよう)()の色合いである。湿気が満つる霧に(へき)(えき)しているようだ。

 とぼとぼと()(ちら)に向かって歩いてきているが、――どうやら気づいていない。乾いた泥の地面を、足を引きずりながら息を切らせている。



「確かに、()()のお嬢さんでも倒せそうではあるな。……ならば、私が囮になってやろう」

「え――?」



 ()()

 御影が思わぬことを言い出した。



「……どういうおつもりですか、御影大佐」

()う怖い(かお)をするな、志乃君。お膳立てはいくら多くてもいいものだろう。……私は気になるのだよ。アレが()()()()なのか、ただの猿なのか、ね」



 ()めながら狂気を(はら)む。古代伝承に息づく怪異の本質を理解したくて()()()()()()。その為には己の身を(てい)する意気を瞳に発してミエコに視線を送る。



「本気なのね」

「勿論。だが一つだけ条件がある。トドメは君が刺せ。姫の()()を無駄にするな。奴の首から上は私が貰う」



 其れ()が大事なのだろうか。

 ミエコは誰にも了解を得る訳でもなく、静かに頷いた。



「決まりだ。ならば私が斬りかかる。志乃君は引き続き()()()()()で援護を。最後は()()()()。君が念じて撃ち給え。()()()()からな」



 ――コイツ。

 初めから何もかも知っていたんじゃ?



 内心に生じた疑義も無理からぬ事だった。ミエコの射撃精度は志乃が溜め息を漏らすほどで、清祓の力(神聖化)も志乃曰く「一隅を照らす(近くしか効かない)」と評されるほどであった。



 その情報は志乃しか知らなかったハズ。

 なのに――。

 ミエコの疑念は視線に乗せられて御影に刺さった。しかし、()の人は動じない。



「……言いたいことはあるだろう。だが、聡明な君なら分かるはず。選択の余地はない……だろう?」

「――分かってるわよッ!」

「ならばよし」

 (おう)と応えるまでもなく、御影は接近していた怪異(ひでりがみ)に果敢に斬りかかった。

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