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可憐に撃つべし!!~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~  作者: 月見里清流
第3章 ちょうどいい敵じゃ、討伐せい
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第24話 科学万能万々歳

「――誰ッ!」

 やや遅れてミエコが驚嘆の声を上げ、辿(たど)辿(たど)しく銃口を男に向けた。



「おやおや。初対面の男に銃口を向けるものではないよ、御転婆お嬢さん。……まぁ、()()()()()()()がね」



 泰然自若――。

 だが男の姿を視認し、()もありなん、と何となく得心していた。



 カーキ色の布地に赤が映える軍帽、輝く金の帽章。夏だというのに折襟の軍衣を締める負い紐、そして弾帯が見るからに暑苦しい。それどころか日除けだろうか――、かなり薄手ではあるが外套を翻してすらいる。――()()()



 南方(東南亜細亜)ではないとは言え、夏の盛りである。

 夏の光線が降り注ぎ陽炎立ち昇る、この夏に。

 男の肌はさらりと乾燥し、滲み汗の気配すらない。気色悪いほどに涼やかである。


 

「……軍人?」

 銃口を僅かに下げてミエコが呟いた。

 切れ長の(まなじり)は吊り上がり、眉には意気が宿る。眼光の鋭さも相まって、鷹が獲物を射貫く様である。通った鼻筋は西洋的ファッショモデルと言うより、ある種(てん)()の其れかも知れない。

 ぬるりと現れた六尺ほどもある大柄の男は、冷たい含み笑みを浮かべ彼女を一瞥した後、志乃に視線を流した。



「やぁ志乃君。今日は()()かね」

「……御影中佐もお元気そうで」

「フ、()()()()()()、志乃君」



 知人――。

 ()()もは見せない凛とした(かお)をした志乃に、ミエコが唸った。

 細長の面にやや迫り上がった(ほお)(ぼね)。全く似合わない笑みを浮かべ、御影と呼ばれた男は、腰に差した()()()の柄に手をかけて肩の力を抜いた。



「それにしても、どうしてこんな所に……」

 自動小銃の銃口を下げた志乃が眉を顰めた。



「なぁに、京都の第十六師団長(石原莞爾)殿に用があってね。満州、上海、呉、京都をぶらり旅さ」

()()()()()()を聞いてるのではありません」

 ぴしゃり、と。



「姫から聞かない限り、此処(山間の池)に来ることはないはずです。聞いていたとしても、(わざ)(わざ)来るなんて」 

「……挨拶だよ、志乃君。そこの神宮司氏のご息女に、ね」


「わ、私?」

 突然話題に上り、素っ頓狂な声を上げた。



「志乃君と言い、神宮司家と言い、我が軍とは昔から縁があってね。君が人の(ことわり)を半歩ばかり踏み越える、その()()()()だよ」と(ひよう)(ひよう)と語る大佐に志乃は沈黙した。男の意を見計らえず、ミエコの視線は二人の間を当てもなく泳いだ。



「志乃、この人は……」

 目的を言っておきながら、今の今まで挨拶も無ければ自己紹介すらない。



「――()(かげ)(たかむら)()()殿()、です。陸軍工科学校所属――でしたね。その昔は満州の方で()()()()()()()()御方で、今も昔も、陸軍と『羅刹』の折衝役でございます。多種多様な()()()()()()()、今の『(くら)()しの術』のようなのも使えるようになったと伺っています。――今もおかわりはなく?」



 ロイド眼鏡も仕舞い、可愛らしかった前髪を下げ、縷々長髪が風に靡く中、粛々と感情の抑揚のない紹介に、御影と呼ばれた男は()()()()()怡然とした(うれしそうな)顔を浮かべた。



「変わりない。()()()が増えただけだ。しかし、――実験、あぁ、(とて)も良い響きだ。実に良いではないか。()()()()()()()()。怪異に対抗する為、我々人間も旧習に固執することなく、(かく)(かく)たる科学の恩恵を手にしなければならぬ。――科学の進歩には様々な実験も必要。()()()()()()()()()()()。決して無駄にせず、人類普遍の()()()()()()()――な」



 (ひよう)(ぜん)と。

 もはや(かん)()な風に、()()()()()を言っている気がする。

 背筋を走る寒気に軽く身震いした。



「しかしまぁ、説明は(ごう)(たが)わず、それでいてちゃんと(おもんぱか)る辺り、やはり志乃君は志乃君だな。昔のことを語ってやっても良いが、ご令嬢には不要だろう」



 ――舐め腐っているわね。

 眉間を寄せながら唇を噛んだ。

 あのクソ野郎(城戸太一郎)とも、弁士崩れ(伊沢)とも、父とも違う異性。殊更にこういう輩は苦手だ。



「アナタの半生を詳しく訊く気にはなれませんので。きっと思うだに口に(はばか)られることでしょう?」

 銃口を下げながらも、()()は出来る。



「はは。――愉快なお嬢さんだ。成る程成る程。これは志乃君が子守をしなければ、な」

 小馬鹿にしたと思うと、突然に御影はくるりと踵を返した。ミエコ達に背を向け、乾いた池の方を(じつ)と見つめている。



「――なに?」

 ミエコが疑問を零したのと時同じくして、志乃が(さつ)と躯を翻し、流れるように自動小銃(フェドロフM1916)を構えた。銃口の先は――、()れた池に残された僅かな水面(みなも)。その奥にある()()()()のようだ。

 異常気象がなければ、(こん)(こん)と清浄な水を湛えていたハズ。今は唯々茶色の泥水が汚らしく、寂しげに大岩の前で乾くのを待つばかりである。



 だが――。



()()は溜池、人の手で造ったものだ。そのド真ん中に、あんな大岩があるのは()()しいなぁ」

「……まさか」

 口が呆と開いた。



「お嬢様! 私の後ろへ!」

 志乃がミエコを庇うように後退った。端然と射撃姿勢を取る志乃の背中越しに、ミエコも右後ろから小型拳銃(ベストポケツト)を腰脇に構える。その様子をチラリと流し見た御影は、くく――と引き攣ったような笑い声を上げた。

「フン、やはり子守ではないか。しかし――、()()()()とは、あの姫も酔狂なことをするものだ」



 刹那。

 開けた池の(ほとり)には似つかわしくない、雷鳴の如き咆哮が響き渡った。

 怒声にも、哀叫(あいきよう)(どう)(こく)にも似た――獣の声。



 ――いや、獣じゃない。

 直感的に悟る。脳髄に染みこむような響き方をする、独特すぎる非人間的な音声(おんじよう)

 あの牛のような、あの鬼のような。

 だからこそ、覚えた恐怖を胸に刻んでいたミエコは、眼に飛び込んで来た光景を、静かに咀嚼し、構えた。



 赤く光る目。

 (らん)(らん)と深紅に輝く(まが)(まが)しさ。

 額を割れんばかりに見開く巨大な単眼である。



 大岩の上。

 いや、よく見ると岩ではない。山積みの泥、その表面が焼け爛れている。焦げた泥岩の上で、大きな()()に似た異形が水面から躯を起こし、(じつ)と此方を見つめていた。

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