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可憐に撃つべし!!~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~  作者: 月見里清流
第3章 ちょうどいい敵じゃ、討伐せい
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第19話 宿題

 翌朝――。

 日曜の朝は(ひと)(きわ)に空気が澄み、()(どろ)みから目を醒まさんとする日差しが、柔らかく神宮司邸全体を包み込んでいる。



 ミエコは別館『バウハウス』2階のベランダで、腕を組み仁王立ちに庭を見下ろしていた。

 自由なる清浄な風が颯爽と吹き抜ける。帝都を包む暗雲とは対照的に、憑き物が一つ落ち、新たな決意を旨にした彼女にとって、凱歌にも等しい風だ。



 この『バウハウス』は本館とは違い、幾何学的形状からなる剛直性を信条に設計されている。コンクリートを意図的に剥き出しに配置し、地から天へと走る直線的なガラスのスリットは、吹き抜けのロビーをぼんやりと、時には力強く照らし出す。



 しかし、何故こんな造りをしているのか。

 幼少期以来の謎であった。



「おはようございます、お嬢様」

 朝鳥の声が耳を喜ばせる中、ロイド眼鏡を掛けた志乃がベランダに出てきた。

「おはよう、志乃」

「昨晩は、よく眠れましたか?」

()()()! ()()()!」



 高らかに朗らかに。

 徹夜明けの脳味噌は明瞭に(こう)(よう)している。



「それは――、まだ、おやすみになられた方が」

「アハハハ、良いのよ志乃。それより行きましょう、()()()

 寂寞(しん)とした朝は気持ちが良いが、高鳴る頭は()()ッかしい程に胎動を求める。居眠りなんぞする気も起きない。



「だ、大丈夫でございますか……?」

「いーの、いーの、行きましょ!」



 昨日、()()()()()()()

 この別館には幾つもの扉がある。

 開かずの扉が()()()()にあり、使用人が本当に全部を把握しているのか不思議に思ったこともある。幼少の折、いや、今以上の御転婆であった時分に屋敷探検を日課としていたことがあった。



 それでも全てを把握できない。

 開けても雑然とした物置。或いは米次郎のコレクション置き場。第二、第三の書斎……。幼きミエコには結局家は退屈なもので、結局すぐに興味は外の世界に向いて行ってしまったのであった。



 ――1階の奥。

 扉が幾つもある中の、同じような一つ。



「こんな所に、ねぇ」

 驚きと嘆息が入り混じる。

 目の前にあるのには思い出せない。『こんな扉あったかしら』と首を捻るが、その答えを志乃が飄々と口にする。



「お嬢様には認知できぬよう、()を施しておりました」

「術って――、志乃が術をかけたの?」

「さようでございます」



 ――と、木製の扉を当たり前のように開け放つ。

 扉を潜った先に続く、見通しの悪い丸く曲がった混凝土(コンクリート)の階段。白熱灯に照らされてはいても、温かみは一切感じられない。上部構造以上に無機質で冷たい空気が頬を撫でるが、志乃は動じずにスタスタと階段を降りていく。

 志乃の背中を追い、ミエコも歩みを進めた。



「――ねぇ、志乃。志乃ってどんな異能があるの?」

 気にはなっていた。

 昨日の天邪鬼撃退劇。

 あんな無骨で長大な対戦車銃(タンクゲヴェーア)を振り回し、(こし)()めで撃ち抜く――。



 どう考えても無理だ。

 筋骨隆々、五輪(オリムピツク)の選手でも出来るかどうか分からない。そんな事を、胸は豊満だが腕は華奢な志乃が出来るはずは――。



「私めは……、何でも屋メイド・オブ・オールワークでございますよ。出来ない事はありません」

 振り返り気味に、うふふ――と笑みを浮かべる。

「へぇ。――じゃ、この問題に答える事は出来る? 『マルサス人口論の概要を述べ、此に対し我が国における現在の人口並びに食料問題に意見を述べよ』ってね。……どう?」


「――う」

 分かりやすく言葉が詰まる。

 歩みを止めず、情けない顔を向けた。



「うぅ、お嬢様ぁ、意地悪にございます」

「ご、ゴメン、ゴメン。あまりにも得意気そうだったから……」

「――うふふ、気にしておりませんよ。それでお嬢様。その答えは?」

「ちょっとうろ覚えだけど……」



 一八世紀、英国人経済学者マルサスが見いだした、算術級数的にしか増えない食料生産と、幾何級数的に増加する人口の相反は、帝國日本の社会的課題として認識されていたが、ミエコは都度都度引っかかりながらも、抑制的人口政策の必要性という最重要の結論を口に出すことが出来た。



 ――そうこうしていると。

 ぐるぐると降りる螺旋の先で、鋼鉄製の扉が二人を迎えた。意匠らしい意匠と言えば、扉の縁のリベットが文様のように頭を出しているくらいである。



 地下。

 秘密の地下。

「この中でございます」



 ギィと音を立て、くすんだ(べつ)(こう)(いろ)の扉を押し開けた。

 自分の住んでいる家に知らない地下空間がある。

 不可思議さは覚め果てぬ童夢。開け放たれた扉の向こう、眼前に広がる光景は――、想像を上回る()()であった。



「ここが――」

「えぇ。遠近対応の射撃場、訓練室(トレーニングルーム)、術を施す祈念室、弾薬庫、工房、水洗不浄(トイレツト)まで完備。敷地地下のほとんどを占有する、神宮司家が誇る極秘の練習場でございます」



 広大な正方形の空間。

 無機質な、あまりにも無機質な(はこ)

 金田製作所の比ではない。白熱灯が点々と規則正しく照らし出すカテドラル(大聖堂)――、いや、機械的なカタコンベ(地下墓地)の趣にミエコは目を見開いて言葉を無くした。



「お嬢様には修行をしていただきます。……と言っても、(すじ)(よろ)しいので、時間は掛からないと思います」

()()()()宿()()――、ね」

「そうです。夏休みまでに力を付けていただき、――京都へ」



 羅刹本拠、京都は老ノ坂(おいのさか)

 常人ではその眼で視ることも出来ない、幽玄の彼方に在るという幻夢館。()()に居るのは、鬼の面を被り、様々な怪異を従えるという――姫。羅刹に加わるには、彼女に謁見しなければならない。



「……やってみせるわ。だから、志乃、――付き合ってね」

 荒涼と広がる光陰明瞭な筐を見渡してから志乃の方を向いた。志乃はほんの一瞬、眉を(しか)めながらも、しおらしい笑顔を浮かべた。



「勿論です、お嬢様。……では、まず敵を退治した後の()()()()()()()から……」

 ミエコは肩を落とし、苦笑いを浮かべるしかなかった。

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