表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
可憐に撃つべし!!~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~  作者: 月見里清流
第3章 ちょうどいい敵じゃ、討伐せい
20/49

第17話 どういうことよ!

「どういうことよ! お父様!」



 ドンッ――、と天然木(マホガニー)の机を叩きつけるミエコに、米次郎は僅かに躯を縮こませた。立派な髭は萎びた青菜のようにへたれ、トレードマークの銀糸は力無く揺れている。その表情(かお)には末席ながらも『財閥』の長たる威厳は微塵もない。


「…………」

「黙ってないで本当の事を(おつしや)ってッ!」

 再びの衝撃に空のグラスが寂しげにコトコト音を立てている。



 深夜――。

 時計の針は2時を回っている。

 金田製作所で起きた怪異現象――、天邪鬼の撃退劇から僅か1時間しか経っていない。未だ帝都は夜が明けるのを待つ丑三つ時、もうすぐ丑四つ時である。

 興奮冷めやらぬ面持ちの(まま)、神妙な顔で俯くロイド眼鏡の志乃を連れて、暗闇(うずくま)る玄関や廊下を抜け、電気の付いていた書斎に突撃したのだった。



 ――意味わかんないッ!

 ミエコは心底、全力で叫んでいた。

 この国を影ながら支える怪異討伐機関であるハズの『羅刹』が、神宮司財閥傘下の工場に怪異が現れただけでなく、メイドの(あがた)()()が現れた。身近で最も頼れる優しき姉貴――、その事実が胸中狂わしく、情動止みがたく混乱の渦中に叩き落としていた。



 ――志乃が救ってくれた。



 ――でも、……どういうことよ!?



 襲いかかる天邪鬼はミエコが見ぬ間に木っ端微塵に消し飛んだ。志乃が引き金を引いた対戦車ライフル(タンクゲヴェール)から発射された銃弾。霹靂に混じった生々しい破裂音。迅雷一閃の果てに鬼は塵と消えた。


 ――何故?

 志乃があの場所(怪異の予言)に。

 志乃がどうして()()()()を。


 ミエコは志乃に答えを求めなかった。いや、求めようとしても志乃は帰宅を勧める以外に頑なに口を(つぐ)んだ。その様子にそれ以上追及しなかったのである。


 ――答えはお父様から訊くわ。

 混乱する中、必死に志乃を慮った。

 ()()()()()()()()を背負ったメイドに答えを訊かず、主人たる父なら全てを知っているはず、と。気まずい帰還の鬱憤を晴らすように、今、感情を高ぶらせて机を叩いているのである。


 僅かに潤んだ瞳を前にしても、米次郎は沈黙を守っている。普段絶対に見せることのない苦渋の表情(かお)を浮かべながら、グラスを手に取り目を瞑った。



「……沈黙は金ではありませんのよ、お父様」

 言葉は万能ではないが意志を伝えることは出来る。

 ()()()()()()だけは全世界共通なのだ。それを怠る、或いは使わないというのは()()()()()()()()()として捉えられる。米次郎が僅かに首を傾げている当たり、沈黙は拒絶ではなく逡巡の()れであった。


 細やかな身体の変化を見たミエコは、叩きつけた掌をそのままに答えを迫った。

 暫くして米次郎の口髭が静かに揺れ、たった一言。



「……そうか。()()()()()()()()()()()()

 ぽつり、と呟いた。


 ()()――、米次郎は(そで)(づくえ)の引き出しから|緑色のハーブリキュール《アブサン》をそそくさと取り出し、グラスに毒々しい緑をぶちまけ、勢いそのままに(あお)った。デカダン(退廃的)芸術家が好むような、アルコール度数七〇を越える強烈な酒である。

 突然の出来事と漂う酒の臭いに、眉が急峻に(そばだ)った。


「お父様……」

 米次郎が瞬時に顔を赤らめ、低い呻き声を漏らした。大きく息を吸い、項垂れながら息を吐いた。肚の中の全てを吐き出すような、深く重苦しい吐息を。



「……ご主人様、もう、宜しいのでは?」

 ふと、後ろに立っていた志乃が口を開いた。今まで最大限の沈黙を守っていたメイドは、優しく諭すように言葉を掛ける。米次郎はチラリと志乃に視線を流すと、軽く肩を落とした。

 だが落胆の其れではなく、諦観の其れであった。


「そうか……、そうだな」

 電灯が壁面を覆う書棚を静々と照らす中、米次郎は総髪をゆっくりと一撫でに掻き上げると、真っ直ぐな瞳で見返した。先程までの惑乱気味の(かお)は既に無く、ミエコは漸く両の手を机から離した。


「今まで隠していて悪かったな。……長い間、あぁ、長い間だ。ミエコ、お前だけには秘密にしていたんだ。この、神宮司家の宿(しゆく)(ごう)――それをお前に負わせたくなかったのだよ」


 静かに目を瞑る。

 それは何かの想起か。



「神宮司家の、宿業……?」

「そうだ、宿業だ。財閥という近代の落とし子として産まれる以前、……遙か昔から続く、(かたち)亡き者どもと因縁の家系だ」


 ――貌亡き者。

 ――怪異。



「まさか、羅刹の」

「あの工場でヒノエ君に会ったろう? いや、……もっと前か。伊沢君に同級生の命を助けて貰っているはずだ」


 磯子の不純な願い。

 大蝦蟇(おおがま)の舌をぶん殴って。


「お、お父様! まさか、お父様があの人達(羅刹)を……?」

 米次郎は即座に首を横に振った。


「違う。話は後で()()()()から聞いたんだ。彼らが――、いや、()()()()美映子(ミエコ)、お前に目を付けていたんだ」

「姫……?」

 ミエコが疑念を零す中、その後ろで志乃が僅かに俯いた。それを認めた米次郎は、僅かに頷き酒臭い溜め息をついた。



「姫は――、まったく意地の悪いお人だ。いくら人手不足だからって……」

「ご主人様」

 志乃が釘を刺すように僅かに前に出た。



「お嬢様が欲しているのは、たった一言の事実でございます」

「……あぁ、すまない志乃。(これ)を言うのは()()()()だろうからな」

 気を取り直しているとは言え、一言が重い。逡巡し、懊悩する父の姿を見てミエコは唾を飲み込んだ。



「美映子……、我が神宮司家は代々『羅刹』を影ながら支えてきた一族なのだ。『羅刹』を構成する傍流――、そう、彼らを支えるのが一族の使()()()()()宿()()なのだ」

 ふと――、脳裏にヒノエと伊沢の顔が浮かんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ