前へ目次 次へ PR 2/85 序 傳(つた)ふる處(ところ)の怪異の書、多くは徳育のために、訓戒のために、寓(ぐう)意(い)を談じて、勸懲(くわんちよう)の資(し)となすに過ぎず。蓋(けだ)し教(をしへ)のために、彼(か)の鬼神を煩(わづ)らはすもの也。 人意焉(いづくん)ぞ鬼神の好惡(かうを)を察し得むや。 察せずして是(これ)を謂(い)ふ、いづれも世道に執着して、其の眞相(しんさう)を過(あやま)つなり。 聞く、爰(ここ)に記すものは皆事實(じじつ)なりと。 讀(よ)む人、其の走るもの汽車に似ず、飛ぶもの鳥に似ず、泳ぐもの魚に似ず、美なるもの世の廂髮(ひさしがみ)に似ざる故を以て、ちくらが沖(おき)となす勿れ(なか)。 泉 鏡花『怪談会 序』