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可憐に撃つべし!!~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~  作者: 月見里清流
第2章 何であなたが此処にいるのよ
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第10話 思い出とクソ野郎

「どうしたの、ミエコ?」

「あぁ……、うん。なんでもないわ」



 放課後。


 純喫茶『黒猫』でミエコは静々と溜息をついていた。店内の雰囲気は(すこぶ)()()()で、華の乙女が嬉々として通うには分不相応であるが――、その事を良い事に、ミエコ達は(たま)にここで乙女の噂話に花を咲かせていた。



 初江、磯子と共にテーブルを囲んでコーヒーと紅茶と洒落込む。

 あの教師はハンサムだ、あの舎監は気に食わない、この間デビュウした銀幕女優の()(こう)(らん)が格好良かったなど――、愚痴と(こう)(こつ)が入り混じる乙女の密談に、ミエコは形だけ耳を傾けていた。



 飛び交う雑談。

 背景には耳に染みこむ軽快なグレン・ミラーのダンスミュージック。それでも、この喫茶の雰囲気こそが脳裏に()()()()()()を思い出させる。




 ――羅刹。

 その事がどうしても頭から離れず、半ば放心したように溜め息が漏れるばかりだった。




「またまた~、アンニュイな感じ出してぇ。誰かにスタンバイ(一目惚れ)なの? エル(恋人)なの? エル(恋人)なの? キュッセン(接吻)手前?」

 初江がいつものように頬をたぷたぷ揺らしながら、無邪気な子どものような笑顔で()(らか)ってくる。


「そ……、そんなんじゃないわよ!」

もののあわれ(恋の悩み)は私達の特権だもの、相手が誰か分かったら教えてねぇ」

 磯子もニヤけ顔でコーヒーを啜っている。


「だーかーらー」

 ケラケラと笑う初江と磯子に、ミエコは頬を膨らませながら肩を落とした。



 磯子はあの日、闇夜に舞った事を微塵も覚えていない。

 彼女を救った『羅刹』は私を監視している。

 あの伊沢も、お父様も同じように今すぐに答えを出す必要はない、という。



 ――そうは言ってもネェ。

 初江達の冗談に反論する気力も起きず、ミエコが口角を下げながらティーカップに口を付けようとした、その時だった。



「あ、あれ……? ミエ、コ?」

 ――()()、声を掛けられた。



 女の(こわ)()に振り向くと、そこには青いセーラー服を着た、同い年くらいの少女が佇んでいた。ややカールが掛かった前髪。後ろ髪は三つ編み一本のお下げ髪が腰まで伸び、端に結ばれた赤いリボンが(ひと)(きわ)に輝いている。その姿にミエコは思わず声を上げた。


「え――、か、()()()?」

 即座に立ち上がり、彼女の肩に手を掛けた。


「久しぶりじゃない! 元気だった?」

「う、うん。ミエコも?」

 勿論よ! とミエコは破顔して僅かに跳ねた。



 ()(がさ)(わら)()()()――。

 その名前と共に、ミエコの脳裏に幼い頃の思い出が()(くるめ)く蘇った。



「尋常小学校の頃までよく一緒に遊んでたわね! どう? そっちの学校は面白い?」

「え……、あ、う、うん」

 引っ込みがちな所も昔から。

 年経ても変わらぬ彼女の(さま)を見て、ミエコは再び破顔した。



「ミエコ? この人は?」

 初江が興味津々そうに香奈恵を眺めた。

「えぇ、紹介するわね。小学校の頃、良く一緒に遊んだ小笠原香奈恵よ。私がお父様の都合で青山に良く来てたんだけど、その時に出会って、――ね?」

 童心に帰ったミエコが曇りない笑顔を向け、香奈恵は僅かに紅潮しながらこくりと頷いた。



「う、うん。学校の放課後、色々遊んでたの」

「明治神宮外苑のブランコとか、青山霊園の乃木大将のお墓前でかくれんぼとか良くやったわね~! 一緒に市電のレールに釘置いたりもしてたわ」

「そ、そうだっけ……?」



「ミエコ……、あんたネェ」

(わん)(ぱく)小僧か何かかしら?」

 アハハハと小気味よく笑うミエコに皆が呆れかえる。



「表参道も原宿も()()()()()のよ。だから少しは元気が良いのがいても良いじゃない!」

 少しも悪びれる様子もないミエコに、香奈恵が困ったような笑顔を向けた。

「それにしても香奈恵、どうしてここへ? こんな大人びた喫茶なんて――」

 言葉を続けようとした時、香奈恵の背後から男の声が聞こえてきた。



「――香奈恵君、どうしたんだい?」

 その声を聞いた途端。

 ミエコの全身の毛という毛が瞬く間に逆立った。

 無意識、或いは反射的と言っていい程に、一刹那、身体がびくりと硬直した。




「……ゲッ!」

「……うぇ!」




 互いに呻き声にも似た息が漏れた。

 ミエコの視線の先には、()()()()()()()()()()()と変わらない姿で立っていた。

 つい先日、級長の中宮冴子に小言を言われた一件の男――、モヘア混の茶色いスーツに身を固め、青いネクタイが輝く、ワカメ髪の(やさ)(おとこ)だ。

 切れ長の目は一見涼しげに見えるが、どこか無思慮で執拗な視線を感じさせ、ミエコはその瞳を見た瞬間、(かつ)と顔が熱くなり、右手拳に力を入れて大きく振りかぶった。



「あんた……! まだ懲りてないの!」

「ひ、ひぇッ!」



 ――こんな奴が()()()()()()だったなんて!



 嗚呼、思い出したくもない!

 ()()()()が生々しい(ツラ)に、有無も言わせず拳をお見舞いしてやろうとしたところで「待って、ミエコ!」と香奈恵が間に入った。



「あの、この人、この人ね……」



 ――許婚(いいなずけ)なの。



「は――、……はぁッ?!」

 辿(たど)辿(たど)しく言葉を紡ぐ香奈恵の姿に、ミエコは目を丸くして驚いた。



 何を、そんな……。

 二の句が継げず開いた口が塞がらない。

 呆然とするミエコを他所(よそ)に、身長5尺(150cm)しかない香奈恵の後ろで、5尺5寸(165cm)の男は、スーツの襟を正して鼻を鳴らした。



「――そういうことだ。神宮司ミエコ。私こと()()()(いち)(ろう)は、小笠原香奈恵さんと、この度婚約することになったんだ。……ま、キミにはちっとも関係ない話だがね」

 伊沢とは違ったベクトルで()()ったらしく嫌味を言う、その言動もミエコにとって(すこぶ)(しやく)(さわ)った。



「ふ、()()()んじゃないわ!」

「み、ミエコ! 待った待った!」

 磯子と初江が殴りかかりそうなミエコを慌てて制止する。猟犬に吠え立てられたように、城戸は怯えたように背筋を丸めるが、香奈恵の後ろで再びふんぞり返った。



「まったく、恐ろしい女だ。……()()()()()()()()()()()は素晴らしいんだがなぁ」

「あ……、あんたねぇ……!」



 ――その眼!

 ――その眼だ!

 女を見下し、肉体を舐め回す、その眼だ!

 お見合いが終わった直後に()()()()()()()()()()、このクズ野郎がッ!



「もう一遍、その顎砕いてやるわッ!」

「や、やめてミエコ!」

 ミエコと城戸の間に立った香奈恵が、振り絞るように叫んだ。

「…………()()()()()()()()()なの」

「香奈恵……」



 今にも泣きそうな顔で、怯える子犬のような声を漏らす香奈恵に、ミエコは寸時、自然と拳を鎮めた。僅かな変化を()(ざと)く見抜くように、城戸は香奈恵の肩に手を掛け、すすす――と出口に向かって身体を引っ張っていく。



「さぁ行こう、香奈恵君。こんな御侠(おきやん)フラッパァ(軽薄女)とは距離を起きたまえ。乱暴な性がインフルエンス(感染)してしまうぞ」

 ワカメのような前髪を揺らしながら、玄関に向かって退散する城戸に連れられる中、香奈恵は僅かに振り返り「ゴメン、ミエコ……」と寂しげに呟いた。

 カランコロンとドアベルが(はかな)げに鳴り響く中、ミエコは(ふん)(まん)遣る瀬なく、両手が割れんばかりに拳を握った。




 ――あの野郎、次会ったらタダじゃ置かネェ。

 凶悪な、悪魔すら逃げてしまいそうな程に凶悪な表情(かお)を浮かべるミエコに、磯子達は掛ける言葉を失っていた。


■後書き

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