表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
可憐に撃つべし!!~御転婆令嬢、斯く凶禍を討滅せり~  作者: 月見里清流
第1章 いっつも暴れてばっかりじゃない
10/49

第7話 原石は輝く

「私立聖ウルスラ高等女学校。元々は、島根のさる()(ほう)()の土地だったというのは……、ご存じですか?」



 ――知らなかった。

 そもそもお父様の勧めで半ば嫌々ながら入学した()()でしかない。愛着も興味も、思い入れの()の字もない。ミエコは無意識的に首を振っていた。



「かつてあそこに建っていた屋敷は、それは大層なものだったようですね。島根から出てきて才覚豊かに商いを成功させていった……、とここまでは良いのですが、ねぇ」

「――手短に」

 無惨に話を叩っ切る。

 ヒノエの冷たい冷たい(くさび)が、得意げな伊沢の言に突き刺さった。急峻なまでに口角を下げた伊沢が、渋々と言葉を進めた。



「この五十殿(おむか)(かね)(ひこ)さん、まぁ珍しい名字ですが、彼は明治の御一新の折に上京し、商業で身を起こした訳でして、……要は神仏の力を借りたんですよ。この世の多く、いえ、人の世の多くを知る多邇具久(たにぐく)神の力を借りて」

 ミエコの脳裏を()()()が過る。



多邇具久(たにぐく)神は(ひき)(がえる)の神様です。古事記の――大国主命の国づくりにも描かれる古い神様でしてね。この天地(あめつち)のことは広く知っている神様なんですよ。御身を奉り、()()を得て商いの機転に活かしたんですねぇ」

「――()()()()()よ」ヒノエの言は相変わらず鋭い。「……と、ともかくも、五十殿氏は立身出世を果たした訳ですが、全ては無為に転じた訳です。()()()()()()()で」



 ああ――、ミエコは得心した。



「なるほどね。屋敷も会社も全て崩れ落ち、資産を失った素封家が売れるのは土地だけ。広大な屋敷跡、二束三文の地――、そういうこと?」

「そうです。しかも、まぁご丁寧に神様をお迎え出来るよう、池を造り蛙を放ち祠を建てた訳ですね」


「……()()()()

(むべ)なるかな、人の子の都合ですよ。今の学校の創設者は異教だとはいえ、信心深い御仁のようですねぇ。古き祠を(つぶ)(うつ)すも(はばか)られたのでしょう。そのままに――池も蛙も、しかも五十殿さんが所有していた大鏡まで、そのままに」

 さも当たり前のように伊沢が胸元から扇子を取り出し、パチンと乾いた音を響かせた。



「打ち捨てられ、(たてまつ)る者も居なくなり、挙げ句の果てに異教の神を(ほう)(たい)する学び舎が造られれば――、そりゃ人間だって怒りますよ」とは言えねぇ、(れい)(らく)した訳じゃないんだから、と伊沢は続け様に嘆いた。

「まぁ恨み辛みを持つのも神様ですからね。蛙の神様の悪意が転じて妖怪となり、()()()()()大蝦蟇(おおがま)となって現れたのでしょう」



 精気を吸う。

 確かに「寄越せ」と言っていた。



「でも、どうしてあそこ(3階の鏡)に」

「そりゃあ……、ねぇ」

 (じよう)(ぜつ)な伊沢が僅かに言い澱み、チラリとヒノエに視線を移した。その事に気づいたヒノエは、溜め息一つに言葉を続けた。



処女伝説のある聖人(ウルスラ)を奉る館で、うら若き乙女が夜な夜な()()()()()()()()()()()()()()()るんだから、()()()()()も起きるってものよ」と(ひど)()んだように吐き捨てた。

 滲み出る敵意にミエコは眉を顰めた。



「でも、願ってる本人達は一生懸命なのよ」

「――()()()()()?」



 情け容赦の欠片もない。

 身を切る冷たい言葉が返ってきた。



「元いた神様も知らずに、どうせ現世利益に(すが)ったり、恋愛を切望したり、誰かを(じゆ)()していたんでしょう? (よこしま)な気は(よこしま)な気を集めるもの。多邇具久(たにぐく)神の現し身が(けが)され、邪なものになったのも、貴女達の所為(せい)かもしれないのよ」

「あ……、あなたねぇ……!」



 語気を荒げかけた所で、伊沢が「まぁまぁ、落ち着いて」と軽やかに仲裁に入った。いつの間にか(テイ)の良い位置(ポジシヨン)に居るのも処世術の一つだとしたら、そちらは舌を巻く程だ。



「――さて、とりあえず怪異はそういう事情です。鏡はあくまで怪異の表象の一つに過ぎませんから、多邇具久(たにぐく)神の祠は我らの方で手を打っておきます。……あぁ、壊す訳じゃありませんので、そこはご安心を」

 慇懃、余計に弁を重ねる伊沢に辟易しながらも、ミエコは僅かに得心し、もう一つの謎に話を振った。



「じゃあ、……その、国を影ながら支える怪異対処機関たる貴方達が、なんで私達を助けたの?」



 ――磯子は宙に舞って落ちたはず。

 どう救ったかはこの際置いておいても、救出は絶対偶然ではない。私を監視していなければ即応なんて出来ないはずだ。胸中に広がる警戒心が、僅かばかりの敵意となってミエコの視線に滲み出た。

 伊沢は冷めきったコーヒーを音も立てずに啜ると、僅かに目を細めてミエコを睨んだ。



()()()()ですよ、ミエコさん」

「……え?」

 片目を(つぶ)り、ミエコを()()



「貴女のその力。見えない怪異を目にして、掴めない怪異を掴んで、殴りつけた――()()()ですよ」

 芝居がかった響きながらも念を押す。隣の少女――ヒノエが「強くない」と言っていた、この力。ミエコは不思議そうに自分の掌を見つめた。



「私達『羅刹』は異能を持つ者達の集まりです。(かげ)()(なた)に動き、怪異の害から人々を守る。しかしその為には、怪異と戦える人を増やさなければなりません」



 ――()()()()()



「ヒノエさんは()()()の持ち主でしてね、まぁ簡単に言えば、人の気や念、力といったものを見て感じ取る事が出来るんですよ。まぁ、()()()()()()ではありますが……、それで貴女を監視していた――という次第です」

 まぁ、監視を始めたのはつい最近の出来事ですがね、と補足気味に伊沢は頭を掻いた。



「ですからね――、今すぐに答えを出す必要なんてありませんが、……我々は貴女を迎える準備は出来ている、とだけ伝えておきましょう。もし今答えを出さなくても、いずれまた会うこととなるでしょう。力が(けん)(げん)した以上――遠くない未来にね」



 ミエコは呆然と二人の顔を見つめた。



 ――冗談じゃないの?

 ――でも、確かに見て、殴った。

 ――その力が求められている?



 努めて冷静を保ちながらも、ミエコの心の奥底、誰も知らない乙女の衝動が密かに揺らぎつつあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ