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エピソード1-5:グッドナイト藪坂さん

 藪坂さんが事故ってから、二日が経った。

 あれ以来、俺たちは張り込みを続けているが、例の誘拐トラックとは遭遇していない。

 SNSの宇宙人関連クラスタや、被害者コミュニティでも新しい誘拐被害の報告はない。

 連中が人知れずスマートに誘拐できるようにランクアップしたのでもないなら──

「ま、警戒されてんだわな?」

 俺は運転席で、欠伸を噛み殺しながら言った。

 ちなみに運転中。

 真っ昼間の北関東の農道を、目的地に向かって走らせている。

 助手席には、霧島琴葉を乗せていた。

「私たちに気付かれちゃった……ってことですかね?」

 霧島琴葉は、本を読んでいる。

 ハードカバーの大判本……というか図鑑だ。

 タイトルは(我が国の外惑星人 2002年版〉。名前の通り、日本に入国する宇宙人の出身地、人種的特徴、平均身長から歯並びまで写真つきで掲載した貴重な資料だ。

「あのぉ……この本……」

 霧島琴葉が目を細めてページをめくっている。

 複雑な表情だ。難解なシュール系コントを見せられた時の顔に近い。

 言わんとすることは、まあ分かる。

「変な本だよな、それ?」

「はい……なんですかね、これ」

「最初はちゃんとしたスタジオで撮影してたのに、後半にいくにつれ駐車場とか野原で撮影し始めるんだよな~」

 俺は本の内容を思い出して半笑いになった。

 撮影スタッフが面倒臭くなってきたのか、宇宙人の写真がどんどん適当になっていくんだ。

 微妙な写真でも撮り直さないのにも一応、理由はある。

「その本、お役所の天下り法人が作ってたんだよ」

「というと、入管……法務省の……はあああ」

 霧島琴葉も得心したようだ。

 お役所仕事だから、過去の担当者の尻拭いなど知ったことではないし、刷るだけで入国管理局や関係者が一定数買ってくれるので改善する理由もないんだな。

「ま、最近は出版も止めちまったみたいだが」

「なんでですか?」

「宇宙人保護団体が差別だなんだとうるせーから」

 天下り法人にクレーマーの相手をしてまで出版し続ける情熱なんて、あるわけない。

 なので、宇宙人の生態を知る貴重な出版物は絶版化し、今ではプレミアがついてしまった。

「ま~、地球にくる宇宙人は20年前から変わってないから、その本でも十分なんだけどな」

「それで足跡……ですか」

 霧島琴葉は、スマホに表示した写真と図鑑とを見比べていた。

 この図鑑は大したもので、宇宙人の手足の形状まで詳細に掲載してある。

 写真──というのは、先日に俺が事故現場で撮影した、足跡のことだ。

「宇宙人の足跡なら、それに載ってる」

 車は農道から県道に差し掛かって、赤信号で停車した。

「宇宙人も……靴は履きますよね?」

 霧島琴葉はもっともらしい疑問を口にしたが

「いや、履かないねえ」

 俺は即座に否定した。

 やけに遅い時差式の信号を見上げながら。

「あいつらの足の形、地球人と違うだろ? 宇宙人用の靴なんて売ってないし、そもそも履く必要もないんだよ。足の裏が硬ぇから」

「でも普段は地球人の姿に──」

「擬態中の宇宙人の足の裏、見たことあるか?」

 言われて、霧島琴葉は「えっ……」と意外そうに目を丸くした。

 そりゃそうだ。あるわけない。

「あいつら……足の裏は擬態しねぇのさ。他人にゃ見えねェからな?」

 必要ない所まで擬態する生物はいない。

「お節介な高級プラモじゃねぇンだからよ、見えない所まで凝ったって何も意味ねぇっつの」

「は? プラモデル?」

「あー……女の子にはわかんねぇか」

 プラモデルが進化の果てに無駄な細部まで拘ったせいで、パーツ数が増えたり値段が高くなったりして、多くのプラモ少年が心折られた青春の共感というのは男にしか通用しないんだな。

 信号が青に変わって、俺はブレーキから足を離した。

 霧島琴葉が俺の車に乗っているのは、別にデートってわけじゃない。

 お人好しのこいつは、車が修理送りになった藪坂さんに自分の軽自動車を貸した。

 だから俺の車に同乗することになった。それだけだ。

「あの、赤井さん」

 霧島琴葉は本を閉じた。

「改めて確認しましたけど、あの写真と同じ足跡の宇宙人は──」

「いねぇだろうなあ」

 答は分かり切っている。

 俺も前日に確認したし、なにより直感でそう感じた。

 霧島琴葉に照会させたのは、認知を共有するためだ。

「あの……つまり、犯人は宇宙人じゃない……ってことですか?」

 その通り。

「この違和感……お前も分かったろ?」

「そりゃまあ……。じゃあ、この事件は一体……?」

「まあ、少なくとも人間じゃあねぇだろうな?」

 俺は薄笑いを浮かべながら、道路の先を見た。

 霧島琴葉は、謎の犯人よりも俺にビビっていた。

「あの、なんで笑ってるんです……?」

「楽しいからだよ」

「な、なにが……?」

「どんな敵か想像して、そいつをブッ殺す作戦を立てるのがだよ」

 俺は推理ゴッコは嫌いだが、悪党を殺す想像を描くのは大好きなんだ。


 結論から言えば──

 一連の誘拐事件は宇宙人の仕業じゃない。

 推察じゃない。俺の直感と理性が両方でそう結論を出してる。

 第一に、犯行がやけに計画的で組織的だ。

 宇宙人が集団で犯罪をすることはある。

 だが、それは数人の家族で行う狩りのようなものだ。

 やり口も直情的で原始的。

 だが今回は被害者の死体すら見つからない。

 誘拐の目的も良く分からない。

 人間をどこに運んで、何をしている?

 第二に、誘拐対象の選定基準。

 藪坂さんによると、主に被害者は小中学生だそうだ。

 確かに誘拐するなら子供を狙うのが簡単だろう。

 だが……そもそも、なんで人間を攫う?

 これが人間の犯罪なら臓器摘出や人身売買用に新鮮な子供を狙うのは分かる。

 だが、宇宙人は人間の内臓なんて移植できないし、売るルートもない。

 宇宙人が地球人と組んでいる? それも違う。地球人が関わった時点で警察は動くからな。

 第三に、犯人の実像が不確実。

 足跡も宇宙人とは違うし、そもそも……夜の山道のカーブに立って何をしていた?

 追跡者を攻撃した? 横風が吹いたというが、どうやってそんなものを起こした?

 風で攻撃できる宇宙人なんて、聞いたこともねぇ。

 今まで俺がブチ殺した中で、似たよう現象を起こせるのは幽霊と妖怪だが、こいつらには組織犯罪できるような知性もコネもない。

 つまり、新種のバケモノが相手と考えて良い。

 正体さえ掴めれば作戦の立てようがある。

 具体的な殺し方を考えられる。

 一方で、俺はこうも考えている。

 やけに人間臭い事件じゃないか──と。

 あの足跡も、誘拐という回りくどい方法も、俺たちを警戒するのも。

 なにより、犯人は警察が宇宙人犯罪を捜査しないことを理解している。

 宇宙人犯罪に偽装すること、関東一帯を野放図な連続誘拐の狩場に変えている。

 かといって、本当に怖いのは宇宙人じゃなくて人間でした~的な、安易なSFサスペンスみたいなオチじゃあるまい。

 ハッキリさせるためにも、トラックを追跡ないしは運転手の捕獲をしたかったのだが──

 事態はネガティブとポジティブのごちゃ混ぜで急展開を始めた。

 藪坂さんが……

 殺された。


 その日の張り込みで、藪坂さんは深入りし過ぎた。

 俺は合流するまで待てと言ったが、藪坂さんは指示に従わなかった。

 そりゃそうだろう。

 ずっと追い続けてきた娘の仇に何度も逃げられて、やっと捕捉できた。

 ムキになって当たり前だ。

 だが、それこそが犯人の狙いだったんだろう。

 犯人は高い知性を持っている。

 俺たちに追跡されていることも理解している。

 なら、邪魔者を消そうとするのは当然だろう。

 わざと追跡されて自分のテリトリーに誘い込み、始末する。

 藪坂さんとの連絡が途絶えたのは、17時。

 俺と霧島琴葉が、藪坂さんに貸した車のGPSが停止した場所に着いたのは、19時を過ぎた頃だった。

 人気のない、山間のコンクリート工場跡。山深くに続く道には車の通りもなければ、街灯もない。

 真っ暗だった。

 その閉鎖された入口に車が停まっていた。

 藪坂さんは、車から50メートルほど離れた路上に倒れていた。

「うそっ……藪坂さん!」

 霧島琴葉が、ライトで藪坂さんを照らして駆け寄った。

「藪坂さん、しっかりしてください! 赤井さん、早く! 早く救急車!」

 霧島琴葉は必死だが、俺は冷静だ。

 ライトで照らされた藪坂さんの状態を見て、すぐに分かった。

 もう手遅れだと。

 四肢にパックリと大きな切れ込みが出来ている。白い脂肪と赤い肉が良く見える。もう出血はほとんど止まっている。

 路上には血だまりが出来て、藪坂さんの顔は青白かった。

 つまり、出血多量。

「救急車は……呼んでも無駄だな」

「なに言ってるんですか! 早く電話……って、圏外っ!? いまどき……っ!」

 霧島琴葉はスマホの電波インジケーターを見て絶句した。

 俺は醒めた目で、状況を確認した。

 藪坂さんの傷は、以前に殺された配信者と同じ。

 にしては、即死を避けたような形跡がある。

 殺すつもりなら、ひと思いに首を切れば良い。

 つまり、だ。

「ギャーギャー喚くなよ」

「なっ、なんですかっ!」

 俺はパニック状態の霧島琴葉を押しのけて、藪坂さんの傍に膝をついた。

 か細い呼吸音が聞こえた。

「連中の思惑通り、間に合ったみたいだぜ」

「間に合ったって……何が?」

 霧島琴葉は理解できていない。

「藪坂さんは手遅れだが、遺言には間に合ったってこった」

「はぁ?」

「犯人は俺たちに警告するために、ギリギリ死なない程度に切り刻んで放流したんだよ。それくらい分かれや」

 元警官のくせに鈍い奴だ。イライラする。もう説明はしない。

 俺は藪坂さんの体を、仰向けに起こした。残った血の巡りを良くして、脳と声帯が少しでも機能するように。

 首に俺の手を枕代わりに沿えると、体温を感じなかった。

「ぅぅ……赤井さん……ですか」

 藪坂さんは、喉から声を絞り出した。

 目は開いているが、もう何も見えてないんだろう。俺の顔を見ていない。

「奴らの……正体……見た……」

「聞いてます。教えてください」

 俺は藪坂さんの頬をとんとん、と軽く叩いた。

 耳が聞こえなくても、これで応答を伝えられる。

「あいつら……人間の子供の……体を、切り刻んで……っ! どこかに……送ってる……!」

「どこに? どうやって?」

「石の門……。あいつら、私の頭の中に話しかけてきた……。お、お前の探してる子供は……もう、いないって……っっ!」

 藪坂さんの途切れかけの声には、凄まじい憎悪と無念がこもっていた。

 譫言のような内容は、常識的には信じがたいものだ。

 実際、霧島琴葉は気の毒そうな顔で藪坂さんを見下ろしていた。

「あの……これって、幻覚じゃ?」

「黙ってろ」

 俺は無知無理解な元警官を黙らせて、藪坂さんの頬をとんとん、と指で叩いた。

「奴らは、なんなんです?」

「別の世界から来た……人間。聞いたこともない言葉で何かを唱えて……私は、切られたァ……」

 藪坂さんは必死に要点を抑えた情報を教えてくれた。

 分かった。

 これで、敵がなんなのか、どうやって殺せば良いのか、大体わかった。

「分かった。藪坂さん──」

 もう十分だと伝えようとした時、藪坂さんが俺の手を握った。

 乾きかけた血でベトついた、冷たい手だった。

「あ、赤井さん……赤井さん……!」

「聞いてます。聞いてますよ」

 藪坂さんの手の中に、硬い物があった。

 血で真っ赤に濡れた、小さな鍵だった。

「あ、赤井さん……それはコインロッカーの鍵……! ロッカーの中に、私の退職金……活動資金が入ってます! すべて差し上げます……! だから、あいつらを……あいつらを、殺してください!」

 藪坂さんは、歯をくいしばりながら言った。

 口の端から血がこぼれている。死にゆく肉体を気迫だけで動かしているのだ。

 この人の本気がビンビンに伝わってくる。

「分かった。確実に殺す。絶対に殺す」

 俺は冷たい殺意を込めて言った。

 鍵を受け取ると、藪坂さんの手から力が失われた。

「あぁう……っ!」

 藪坂さんの首筋がぶるっと痙攣した。

 命が、終わる時がきたんだ。

「はぁ……はぁぁ……はるか……ごめんよぉぉ……。お父さん、お前を、お前を……っ」

 娘への謝罪か、もしくは自分自身への悔恨なのか、言い終わる前に藪坂さんは事切れていた。

 俺は藪坂さんの遺体を路上に降ろすと、すぐに立ち上がった。

「やるぞ、霧島」

 血まみれの鍵をポケットに突っ込み、車に向かう。

 霧島琴葉は、混乱した様子で俺と藪坂さんを交互に見ていた。

「や、やるって……? 藪坂さん、どうするんですかっ!?」

「バカ正直に警察呼ぶのか? そしたら俺たちは事情聴取で身柄拘束。騒ぎになって犯人はここを引き払う。なんもかんも振り出しに戻っちまうな」

「や、やる……? やる? はぁぁぁぁ? 人が死んでるのに、あなた……っ!」

 ギャアギャアと煩い元警官に、思わず俺は舌打ちした。

「チッ……あーのーよー、霧島よぉぉぉぉぉ? この程度でビビってトンズラこいたら、そりゃ犯人の思うつぼだわなァァァァァ? 連中はよ『これ以上深入りするな』って、お優しい警告のために藪坂さんを殺した。分かるよな、それ?」

「だからって、後はもう警察の……」

「それがアテになんねーから、オメーは警察やめたンだろ? オイ?」

 俺に分かり切ったことを言われて、霧島琴葉が固まった。

「あぅ……」

「甘っちょろい覚悟で悪党と戦えるか? 死人を弔う優しさで生きてる奴を守れるのか? あ? ピクニック気分の半端野郎なら、お前もう帰れや!」

 俺は本気で怒鳴っていた。

 車に向かって後歩きしながら、霧島琴葉に唾を飛ばす。

「あーのーよー、霧島ァ! 俺は安い同情で藪坂さんの遺言聞いたんじゃねぇンだよ。あの人は本気だった! だから俺も本気で応えんだよ! 俺は逃げねぇからな? いつもみたいに本気でバケモノをブッ殺す!」

 決死の決意表明は、決別の言葉だ。

 この女との上辺だけの協力関係もこれで終了ってこと。

 覚悟のない奴はただの足手まといだ。無能な味方は敵より恐ろしい。

 俺が車のドアに手をかけると

 ドン!

 と、背中に衝撃がきた。

 霧島琴葉が、俺にタックルをしかけたのだ。

「は、半端じゃないです……。ははははっ……半端じゃないですから、わたし!」

 女の軽い体重が、うらめしげに俺に圧をかけている。

 霧島琴葉の丸い目が、眼鏡の下でゆらゆらと気炎を上げていた。

 首筋がガタガタと震えている。興奮と緊張の武者ぶるいだ。

 震える歯を食いしばって、未知への恐怖に耐えながら……こいつは常識の檻を破ってきたんだ。

 背中に感じる霧島琴葉の体重から……俺は未熟な、だが確かな本気を感じた。

「じゃあ……乗りな!」

 俺は凶暴に牙を剥いて、車のドアを開けた。

 この女との協力関係は、継続ってことだ。




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