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エピソード1-3:赤井vsザコ配信者

 最近──行方不明事件が多発しているらしい。

 まあ、良くあることだ。

 昔から人間が何人も蒸発して、そのまま迷宮入り。

 神隠し? いやいや、宇宙人絡みだよ。

 政府が宇宙人を公に移民として受け入れるようになってから、世界中でそんな事件が多発している。

 だけど警察の公式発表はいつもこうだ。

 ──因果関係は認められず。

 是が非でも建前をゴリ押ししなきゃならのだから、大人って大変だねえ~?

 ま、それがこの俺、赤井通の飯の種になるんだから結構なことだ。

 行方不明事件の簡単な事前調査をして、俺は車で現場に向かった。

 愛車は知り合いから15万円で買った中古の軽自動車。俺にとっては車なんてこの程度で構わない。いざとなれば武器にして使い潰すのだから。

 一週間前に女子中学生が行方不明になった学校の近辺から、人通りの少ない下校路に向かう。

 11月の夕方、いい感じに暗くなってきた頃に、路上駐車の中型トラックを発見した。

 一見、運送業に見えるがコンテナ部には何のロゴも入っていない。

 エンジンはアイドリング状態。運転手はしきりに歩道を気にしている。

「ほ~~ん?」

 俺の頭のてっぺんにピリッと感じるものがあった。

 勘がざわつく。

 こいつは、クロだと。

 即、車をトラックの前に停車して進路を塞ぐ。

 そして車から降りるや、トラックのドアに飛びついた。思った通り、鍵はかかっていない。

「降りろやコラァ!」

 運転手を引き摺り下ろし、バトルスター―ト!

 相手は怯んでいる。今だ先制攻撃ッ!

「死ねオラ―――ッ!」

 俺の飛び蹴りが運転手の延髄にクリーンヒットォ! ネックヒットォ!

「ぎゃあっ!」

 運転手は悲鳴を上げて転倒! チャンス! 今、追撃チャンス!

「ユーダイッ! ユゥッダイ!!」

 俺は大昔にプレイしたクソゲーを真似て、運転手の腹にローキックを連打した。

「オラ! テメー、宇宙人だろ? あ? 宇宙人なんだろォォ!?」

「うぼぉぇ……げぇっ……!」

「きーこーえーねーよ! もっと大きな声でェ! 日本語喋れやオラァ!」

 俺は宇宙人野郎の化けの皮を剥ごうと、運転手の顔面に掴みかかった。

 このまま思いっきり捻り千切って──

「ちょっ! ちょっと、あなた! やめてくださいっ!」

 急に横から知らん女に抱きつかれた。

 いや、正確には横合いからタックルをくらった。

 女の軽い体重でも転倒を狙える適切なタックルだ。助走をつけて重心の腰を狙った一撃は、素人のものではない。

「ふんぬっ! なんだテメーッ!」

 俺はとっさに両脚を開いて踏ん張り、タックルに耐えた。

「暴力はやめてください! 犯罪ですよっ!」

 女はやけに強い口調だった。

 どこにでもいそうな眼鏡の女だ。服装も私服だ。

 だが、この行動力と胆力……一般人とは思えない。

「あんた、警官?」

 俺が落ち着いた調子で問うと、女は「ぐう……」と唸って離れた

 女は姿勢を正すと、目線だけ明後日の方向を剥いた。

「も……元警官です」

「ふーん……あっそ」

 それだけ聞いて、女には興味はなくなった。

 大方、俺が無実の人間に暴行を加えているように見えたんだろう。

 安っぽい正義感と先入観で行動する軽率な女など、どうでも良い。

 俺は運転手への攻撃を再開することにした。

「ちょっ! だからやめてくださいよ!」

 元警官女が口を挟んでくる。鬱陶しい。

「チッ……なんだよ。『わたし、元警官ですよ~!』なんて脅しになるとでも思ってんのか?」

「普通やめませんか!?」

「全然、まったく、やめる理由にゃならねぇな?」

「でも、あなた暴行の現行犯です!」

「こいつは殺しても良い奴だろ?」

 半笑いで答えてやると、女は表情に嫌悪感を露わにした。

「くっ……」

 そして倒れている運転手に顔を向けた。

「そこのあなた! このままじゃ殺されちゃいますよ! その人、赤井通ですよ! あのヤバい配信者の!」

「うげっ!?」

 運転手は俺の名前を知っているらしく、死にかけのカエルみたいな顔になった。

 ほら、ケツから蛇に飲まれて潰されながら目をギョロっと見開くカエルみたいな……。分かった。こいつ多分、カエル面の宇宙人だな?

「あなた、宇宙人じゃないと証明してください! 免許! 運転免許証持ってますよね?」

 元警官女がお節介で運転手に助け舟を出した。

 いったい何様のつもりなのか。

「俺の仕事の邪魔すんなよテメー。やっぱ宇宙人と警察はグルか? あ?」

 俺が横目で威嚇すると、女の表情に焦りが現れた。

 やっぱり元警官だと表情とか目の色で分かるのか。俺の頭の奥でエンジンがかかり始めたのが。

「早く! あなた、免許証出してくださいっ!」

「あう、あう、あううう……」

「このままだと赤井さんに殺されますよ!?」

「ゲゲッ! ゲロゲロゲロ……!」

 女が急かすほど運転手はパニックに陥って鳴き声を出す。

 目の前でこういう邪魔とか茶番をされると、本当に頭の奥がムラムラしてくる。

 一言で表すと、何もかもブッ殺してやりたくなる。

 カー―ッと燃えて、キュー―っと爆縮するんだ。

 俺の頭のエンジンが。

「あーもう、ダメダメ。時間稼ぎとかガンガン無駄。いくぜ~~! 赤井ファッ──」

 俺の必殺モード移行の掛け声の途中で、足元に転がっていた運転手がカエルのように跳ね起きた。

 おっ、ついに正体を現すのかと思いきや──

「スイマセン! お、おれがやりましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 運転手はジャンピング土下座&自白をした。

 地面につけた手の先には、運転免許証があった。

「ハァ?」

 俺は白けて口をあんぐり開けて

「えぇ~~っ!?」

 元警察女も予想外の展開に困惑の叫びを上げていた。


 先日の一件以来、俺は仕事をやり難くなった。

 ネット上のまとめサイトや、頭の悪いまとめ動画のタイトルを見れば、何が起きたかは一目瞭然だ。

【朗報】私人抹殺系配信者、本物の正義の味方になる【神配信者】

【マスコミが報じない世界の真実】赤井通の正義のバトル配信総集編

 コレ系の記事や動画は三行以上の日本語が読めない猿のために作っているので、タイトルを見れば内容が大体分かる優れものだ。

 なんなら内容を全く見なくても猿どもは情報を食って話題に乗れる

 要するに、一般ピーポーにも有名人になってしまい、有象無象のザコ配信者どもの飯の種になってしまったんだ。

 これでは街を歩くだけで、いちいちカメラで撮影されてSNSに掲載されちまう。

 どうしてそうなったかというと──

 先日に捕まえたトラック運転手が本物の誘拐犯だったからだ。

 ただし、連続誘拐事件の犯人ではなかった。

 それを模倣した誘拐犯で、直近の女子中学生誘拐事件の犯人だった。

 しかも宇宙人ではなく生粋の地球人。免許証も偽造ではなく本物だった。

 現実をエロゲーと勘違いした、良くいるタイプのクソ野郎だ。

 二人目を誘拐しようと張っていたところを、俺にボコられて何もかも白状して、あの元警官女が通報してお縄になった。

 誘拐された女子中学生は奴の逮捕直後に無事保護されたらしい。

 どうでも良いのだが。

「嬉しくないんですか?」

 件の元警官女──霧島琴葉が、無邪気にそんなことを言ってきた。

「嬉しいワケねぇだろ。ナメてんのか」

 俺はドリンクのグラスを不機嫌に呷った。

 最近はエコだのSDナンタラでファミレスがストローをケチっているせいで、こうして直飲みするしかないんだ。本当にムカつく。

 ここは、都内のファミレス。

 ランチタイムのピークを越えた午後3時の店内はスカスカで居心地が良い。それだけが唯一の救いだ。

 霧島琴葉が俺のSNSアカウントにDMを送ってきて、ここで会うことになった。

「赤井さん、一躍ヒーローじゃないですか! 照れてるんですか?」

 霧島琴葉が、無自覚に神経を逆なでしてくる。

「あのさぁ、俺はアングラ配信者なのよ。アングラだから、めんどくせー事とも無縁だったワケ」

「はい? 視聴者増えるんじゃないですか?」

「だから! ソレがメンドクセ―んだっつの!」

 俺はスマホを乱暴に操作して、テーブルの上にドンと置いた。

 画面内には、俺のSNSアカウントにクソリプが山ほどついている様子が映っている。

「コレがどんな状況か分かるか?」

「ああ、私も見ました。有名配信者とのコラボを断ったから、その人達のファンが怒ってるんですよね?」

「つまりな、自意識と自己顕示欲の制御が効かなくなった勘違いクソザコ配信者が、俺に拒否られてチンケなプライドが傷ついちゃったから、信者ファンネル飛ばして攻撃してきてんだワ」

「えっ、その配信者って赤井さんの同類じゃないんですか?」

「ちげーよ……!」

 今の言葉はかなりムカッときた。

「俺はよ、こんな有象無象のザコ信者なんてどーでも良いんだワ。人間様はコバエに何万匹タカられてもノーダメだからな。だが今の言葉は聞き捨てならんね、霧島琴葉さんよ?」

 俺は再びスマホを操作して、件のザコ配信者の動画サムネイルを表示した。

 タイトルをデカデカと表示&安っぽい3DCGの女性キャラが載った、見るからに頭の悪い、もとい分かり易いサムネイルだ。

「まず、こいつ……安藤・ネット・マリー姫。二次元のガワ被った、いわゆるバーチャル配信者だ。名前の通り、フランス貴族みたいな見た目と口調が特徴」

「この人、どういう動画配信してるんですか?」

「自分のスマホで見ろ」

「えっ、このまま動画見せてくださいよ」

「俺の視聴履歴が穢れるからイヤだ」

 興味の欠片もないザコ配信者の動画を開いたせいで、履歴をAI解析されてオススメ表示されるなんて冗談じゃないんだ。

 霧島琴葉は、しぶしぶ自分のスマホから安藤・ネット・マリー姫の動画を覗いた。

「はー。普通にゲーム配信とか観光地紹介とか……無難ですね」

 全く面白くなさそうな声色だった。

 実際、つまらないのだろう。

 霧島琴葉のスマホから、安藤・ネット・マリー姫のアニメ声がボンヤリと響いてくる。

「ま、オタクにチヤホヤされたくって配信してるタイプだな。以前は事務所に所属してたがトラブってクビになって、それでも未練タラタラで個人配信始めたって噂だ」

 俺とはジャンルが別次元な上、クソみたいな自己顕示欲で配信しているだけのザコだ。

「そんな人が……どうして赤井さんとコラボしたがってるんですか?」

「話題性だよ。テメェがパッとしないから、俺と絡んでカンフル剤にしたいってだけよ」

 コラボするメリットが俺には微塵もない。

 断って当然なのだが、相手はプライドを傷つけられたというわけだ。

『あの赤井って人さあ……ちょっと調子こいてない? つーか、犯罪者でしょ犯罪者! なのにマリー姫のこと見下してない? なんなの、マジで!』

 霧島琴葉のスマホから、安藤・ネット・マリー姫の愚痴が聞こえてきた。

 この配信回の発言が、俺へのファンネル攻撃の指示だったわけだ。

「はぁ~、なるほど」

 霧島琴葉が動画を閉じた。

 もはや見る価値ナシと判断したんだろう。口調も市民のくだらない相談を適当に流す時の警官そのものだ。元本職なだけはある。

「ま、放っときゃファンネル共も一週間で飽きるだろ」

「うーん、でもこの人、プライドが無駄に高そうな気も……」

「だから?」

「いえ、なんでもないです」

 霧島琴葉は含みを持たせたまま、スマホを操作した。

「あっ、オススメ動画に表示されました。この人も、赤井さんにコラボ断られたの愚痴ってますね」

 そのまま動画を開くと、無駄に陽気な男の声が聞こえてきた。

『日本のタケルちゃんねる~~! ウェーーイ! 今日はぁ! タケルが、あの正義のキチ〇イ配信者、赤井通さんにコラボ申し込んだ結果発表~~!』

 霧島琴葉はそこで動画を一時停止して、コメント欄やタケルちゃんねるの配信リストを読み始めた。

「このタケルくんさんは……顔出し配信者ですね。痴漢や反グレ、過激派市民団体に絡んでケンカ売ってる……いわゆる迷惑配信者。赤井さんみたいな人ですよ」

「だから、ちげーよ!」

「赤井さんがトカゲなら、こっちはイモリって感じですね」

 類似品扱いなのか別種扱いなのか判断に困る言い方をしやがる。

「このタケルくんさん……何回かチャンネル凍結されてますね? ああ、あと一回で永久凍結だって焦ってますよ」

「だから、俺とコラボって一発逆転狙ってんだろう」

 俺がドリンクを飲み干すと、霧島琴葉が動画の再生を再開した。

『ンッだよ、この赤井とかいうジジイ! 見てよ、このクソ失礼な返信!』

 動画内で、俺がDM返信した文面を公開しているようだ。

 ちなみに、ジジイ呼ばわりされているが俺は30歳で、あいつは20代前半。ほとんど誤差だ。

『やりたきゃお前一人でやれ半端者……だってよ! 誰が半端者だよ! このっ、はっ、はっ……はんっ……』

 タケルとかいう奴が興奮して言葉に詰まっていた。

 たぶん、「犯罪者」と続けたかったのだろうが、自分も五十歩百歩なのに土壇場で気付いたんだろう。そういう所でブレーキをかけるから半端者なんだ。

「ツマンネ―奴。そこは視聴者からのツッコミを受ける美味しいポイントだろうが」

「つまり、芸人としてレベルが違うから赤井さんはコラボを断った、と」

「芸人じゃねーよ!」

 俺は頭をグワッと掻いて、霧島琴葉から目を逸らした。

「覚悟の問題だよ。こいつが宇宙人に襲われて戦えると思うか? 俺みたいに」

「普通は……無理ですよね」

「出来るワケねーことを高望みするなって話よ」

「でも、この人……『じゃあ一人でやってやんよ~』とか言ってますけど」

「あっそ」

 くだらないザコの虚勢だか蛮勇だかは知ったことじゃない。

 霧島琴葉がスマホを置いた。もう情報は十分、ということなんだろう。

 見切りが早いあたり、元警官なだけはある。

 そういう女だから、俺と接触したのも酔狂ではないと分かる。

「で、あんたは俺とナニしたいって?」

「ですから、メールに書いた通り協力を……」

「捜査協力? あんた探偵か何かだっけ?」

「いえ、その……ボランティアみたいな……」

 霧島琴葉の回答に、思わず欠伸が出た。

「ふわぁ~……つまり? 無償で宇宙人犯罪を追ってるって? なんのために?」

「警察では出来なかったことをしたいんです。苦しんでる人を助け──」

「つまり自己満足のために意味のない無償ボランティアをしてるアホか」

「ちょっ……い、言いかたァ!」

 霧島琴葉は苦しそうに唇を噛んだ。

 俺の指摘が的を射ているから反論も出来ないんだろう。

 それから一呼吸おいて、霧島琴葉は話題を方向修正した。

「でも、お互いに……メリットのある協力関係になれると思います」

「どんな?」

「赤井さんは現場に出向くタイプ……いうなれば行き当たりバッタリの捜査と実力行使が多いですよね。でも、私は警察官だった頃の捜査ノウハウがあります。少しですけど人脈も」

 それは確かに一理ある。

 俺も金を払わずに使える協力者が雇えるなら、それに越したことはない。

「で、人脈ってのは?」

「それは、そろそろ来る頃だと──」

 霧島琴葉が店内の時計を確認すると同時に、新しい客が入店した。

「あっ、来ましたよ」

 霧島琴葉が手招きして、その客を席に呼んだ。

 やって来たのは、中年の男だった。

 全体的に茶色い服装で、無精ひげの剃り残しのある、なんとも小汚い印象の男だった。

「あの、はじめまして……。私、藪坂といいます」

 藪坂と名乗った男は席の前に立ったまま、ペコリと頭を下げた。

「今日は……行方不明の娘の件で、霧島さんと赤井さんに相談に参りました」

 意外な情報源の男の両目には、はっきりと隈が出来ていた。

 深く黒い隈が、痣のように染みついていた。


●この世界の状況:宇宙人による殺人の理由は様々で、単なる殺人衝動の発散、狩猟によるタンパク質摂取などかある。被害者は大抵、行方不明として扱われる。

各国政府はなんらかの取引でこれらの事件を不問にしているという陰謀論があるが、地球に来訪する宇宙人は総じて原始的衝動に忠実で、高度文明を持っているようには見えない。

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