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白薔薇の君に捧ぐ  作者: 冬野ゆな
上巻:彼女の追憶
5/26

1章:彼女の生い立ち

 ローゼリア・フォン・エルサンドラ。

 古い名を、ローゼリア・フォン・フェルディ。


 まずは彼女の生い立ちを少しだけ記そう。


 エルサンドラ歴113年、7月24日。

 ローゼリアはフェルディ家の長女として生まれた。

 彼女の父は一代で財を築いた若き商人エドワード。フェルディ商会の会長だ。母はとある伯爵家の末娘ビオラ。駆け落ち婚で、両家の和解が成立するのはまだ先の事になる。


 幼い彼女は少し人見知りだが、明るく元気の良い子供だったという。

 順当にいけば、そのまま普通の結婚をして普通の生活をしていたのだろう。でも彼女の運命は、着実に動き出していた。

 10歳を過ぎた頃、ローゼリアは母ビオラとともに馬車で帰路に着いていた。避暑地からの帰りだった。仕事の都合で一足先に帰った父エドワードから遅れること一日、御者と護衛を連れて夕暮れの迫る山道を急いでいた。だが先日からの雨で道はぬかるみ、町まであと少しというところで、馬が足をとられた。あっという間に馬車は崖から落ち、下まで落ちていったという。


 護衛は不運にも打ち所が悪く即死。

 馬は興奮して逃走。

 ローゼリアは意識を失っていた。


 御者が助けを呼びに行くあいだ、ビオラは必死になってローゼリアの意識を取り戻そうとした。一瞬目を覚ましたものの、その記憶はひどく混濁していた。自分がだれなのか、そして自分の母のこともわからなかった。

 助けが来たあとも、三日三晩、高熱を出して生死を彷徨うほどだった。

 その経験は、彼女の中の何かを永遠に変えてしまったらしい。


 「性格さえ変わったような気がする」、とはエドワード氏の言葉だ。

 表向きには明るく振る舞おうとしていたが、見ていないところではなりをひそめ、妙に大人びたようになった。もしかしたら本当に記憶を失っていて、自分はローゼリアだと必死に言い聞かせていたのかもしれない。そう疑うこともあった。目覚めた直後の彼女は基本的な情報以外をすべて失っていたというから、それも詮無いことかもしれない。トイレに行く、風呂に入る、という基本的なことは理解出来ても、その場所や使い方は忘れ去っていた。名前で呼んでも最初のうちは反応せず、思い出したように明るく振舞う。

 しかしその事故のおかげというべきか、ローゼリアはそれ以来、魔法の才能に目覚めた。


 エドワード氏によると、事故から立ち直った彼女は、家族や使用人からも隠れて何かを必死に成そうとしていたという。「きっと、自分の中に渦巻く魔力をどうしていいかわからなかったのだろう」と、彼は推測している。その時点で既に、彼女は自分の魔法の才能に気付いていたのだろうと。それが魔法だとわからなかったとしても。何か得体の知れないものをなんとか形にしようと、ずっと一人で魔力と格闘していたと語った。

 ともかく、彼女はその後父親によって魔法の才能を見いだされる前から、自分の魔法を知っていたのだ。


 ところで魔力というのは、四つの属性に分類される。

 これは単なる向き・不向きによる分類に過ぎない。時に人格形成などにも影響を与えるが、基本的に本人ではどうしようもできない資質によるものだ。四つの属性は炎・水・土・風で、この下に氷や雷など特殊な分類が含まれる。稀に勘違いをしている者がいるが、これはあくまで分類としての下位であり、当人の強さに関係は無い。むしろ下位属性の方が特化している分、能力的には基本属性よりも上回っている場合がある。

 しかし彼女の魔法はどの属性にも当てはまらなかった。

 なにしろ傷の回復や解毒などを魔法によって行えるものだ。分類としては風属性に類似していたが、その後の彼女を見ると独立した属性だったのだろう。


 エドワード氏がそれを知るところになるのは、事故から三年が経ったある日のことだった。気分転換も兼ねて、エドワード氏はビオラとローゼリアを連れてピクニックに出かけた。領地の中に森があり、その小高い丘の上で昼食にしようとしたのだ。召使いが一人、ついていった。


 だが程なくして、慌てた様子で召使いの一人がエドワードを呼びに来た。とにかく来てくれという召使いにただならぬものを感じてついていくと、小さな魔力が渦巻いていた。

 召使いの話によると、森の中を散策していると、獣に襲われたらしきウサギを見つけたのだという。彼は獣がいるかもしれないと引き返すことを提案した。だがローゼリアはウサギを気にして、「すぐ終わるから」と言った。

 彼女の魔法はそのとき初めて――少なくとも人の目に触れたのは初めて――顕現した。


 兎の傷を治したのを目撃したエドワード氏の驚きたるや、どのようなものだっただろうか……。エドワード氏はいっときでも娘をひとりきりにした召使いを怒ることも忘れていた。そんなことは、もはやどうでもよくなっていた。

 エドワード氏はいったん、彼女にその魔力を隠すように言うと、その才能をどう取り扱うべきかビオラと話し合った。話はすぐにまとまった。


 この国ではそんな子供がいれば選択肢はひとつだ。

 彼女は、王国で唯一の魔法学院である、ヴァルハサール魔法学院へと通うことになる。


 私はこのヴァルハサールで、彼女と出会った。

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