レティシア(5)
私は王宮に王子妃教育に来ていた。
このところずっとオスカー様には会えていない。
夏季休暇に入る前はたまにお見かけする事もあったが、いつもアリステア様とご一緒だった。
私は廊下で出会いそうになると物陰に隠れる癖がついてしまった。
クラスでは、私とアリステア様の対立は相変わらず続いているようだった。私はそのつもりはないのだが、アリステア様は私と話すと必ずウルウルと涙ぐんでしまうので、私がアリステア様を苛めているらしいともっぱらの噂だ。いつでも冷たそうに見える私の表情が噂に拍車をかけている。
パメラ様には何度嫌味を言われたかわからない。
私が元気がないのを心配して、ファニー、アンネ、ライが夏季休暇中も遊びに来てくれることになった。
といっても夏季休暇前半は王子妃教育があるので、後半に領地のお屋敷に遊びに来てくれることになった。
「遠いのにわざわざ来てもらっていいの?」
「あら、侯爵家のお屋敷に遊びに行ける機会なんて滅多にないのですもの、こちらこそお礼を言いたいわ」
「私もよ。嫌なことは忘れてパーっと遊びましょう」
夏季休暇後半に楽しみができた私は何とか王子妃教育も乗り越えられそうだ。
今日の講義の終了直前、オスカー様からお茶のお誘いの連絡が入った。
東の庭園のガゼボで待っているとのことなので急ぎ向かう。
日差しは強いもののカラッとした陽気で、日陰のガゼボは涼しい風が心地よかった。
「お久しぶりでございます、オスカー様」
「いや、私こそ公務が忙しくて時間が取れず悪かった」
挨拶の後、オスカー様は黙り込んでしまった。眉間の皺もいつもより深い。
「あの、お忙しいのでしたら……」と、辞去しようとしたが、
「き、今日は大丈夫だ」と、押しとどめられた。
「十日後、生徒会で保養地に行くのだが……」
「はい、毎年恒例の親睦旅行ですね」
あ、アリステア様と旅行に行かれる訳ですね。悲しい気持ちになってきた。
「今年はクレイトン領のリドピレーにしたのだ」
リドピレーは湖のほとりの美しい街だ。
私もオスカー様と湖畔を歩いてみたかった。
「その、シアは……その頃は領地に帰っているのだな」
「はい」
「その、来ぬか?」
「はい?」
「リドピレーに来ぬか?一日くらいなら空けられる。そ、その、湖畔でも散策せぬか?」
「私が行ってもよろしいのでしょうか?」
「もちろんだ」
「嬉しいです!必ず伺います!」
オスカー様が誘ってくださった!私は舞い上がる思いだった。
嬉しくて微笑んでいたかもしれない。
オスカー様は急に立ち上がると「では、待っているぞ」と、言い置いて足早に去って行ってしまった。
私の微笑みが不気味だったのだろうか……
領地での休暇は楽しかった。
私にとって三人も友達が遊びに来るなどということは初めての経験で、街に出て買い物を楽しんだり、ピクニックをしたり毎日を楽しんだ。
そして明日は湖畔の町、リドピレーに出かける。
「レティ、明日は何をしましょうか?」
夕食後、アンネに話しかけられた。実は明日オスカー様に会いに行くことを話していない。
なんとなく恥ずかしくて話しそびれていた。
「あの、私明日はリドピレーの町に……」
「リドピレーって美しい湖があるっていう町だろ。いいんじゃないか?」
「そうね。私も見てみたいわ。湖畔の散策なんて素敵ね」
ライに続き、ファニーも乗り気になってしまった。
「あの、あの、私……」
「レティ、なんか怪しいわね?」
ファニーの追求は鋭く、私はオスカー様との湖畔デートを白状させられた。
「まあ!いいじゃない!なんで隠すのよ」
「そうよ。安心したわ。オスカー殿下との仲は順調なのね」
ファニーもアンネもとっても喜んでくれた。
「しかたないな。明日は俺はアンネとファニーという花を両手にぶら下げて湖畔デートをしよう」
「あら、私も仕方ないからライで我慢してあげるわ」
「私たちは私たちで楽しむからレティもオスカー殿下と楽しんできてね」
私のことを心配してくれて、一緒に喜んでくれる。この三人は私にとってかけがえのない友達だ。
湖のほとり、待ち合わせ場所で私は馬車を下りた。
「私たちはもう少し離れたところで散策するわ」
と、アンネたちは馬車に乗って離れていった。
昼食のサンドイッチが入ったバスケットを抱えなおし待っていると、程なく一台の馬車が止まりオスカー様が下りてきた。
「待たせたか?」
「いえ、私も着いたばかりですわ」
それから二人で湖のほとりを散策し、水鳥に餌を与えたりして楽しい時を過ごした。相変わらずオスカー様は眉間に皺を寄せ不機嫌そうな表情をしていたが、それでも十分楽しかった。木陰のベンチに座り用意してきたサンドイッチを差し出した時も全部平らげてくださった。
楽しい気分が一変したのは湖畔にあるカフェで一休みしようと歩き出した時だった。
建物の陰でこちらを見ているアリステア様を見つけたのだ。
「アリステア様……」
私が呟くとオスカー様はアリステア様のもとにすっ飛んで行ってしまった。
私はこの時わかってしまったのだ。
アリステア様はやはりオスカー様のことをお慕いしているのだろう。私とオスカー様が会っているのを心配して覗きに来てしまうくらいだ。もしかしたらオスカー様も……
なにやらもめている様子の二人に声をかけた。
「よろしければアリステア様もご一緒にどうですか?」
それを聞くと、アリステア様はとても嬉しそうな顔をして私のもとに駆けてきた。
「私もご一緒してよろしいですか?」
オスカー様は渋い顔をしておられた。やはり、私が遠慮したほうが良かっただろうか……
その後三人でカフェでお茶を飲み、あたりを散策したりお土産物屋を覗いたりしたが、オスカー様は何度も物陰にアリステア様を引っ張っていき、二人で話し込んでいた。
「あれ?レティ一人?」
声に顔を上げるとライたちが不思議そうにこちらを見ていた。
私は視線を物陰のオスカー様とアリステア様のほうに向ける。
二人の姿を見つけ、ライたち三人が絶句する。
私のもとに来て小声で聞いた。
「え?なに?三人でいたの?」
私は黙って頷く。
オスカー様はライたちに気が付いたようで私の元に戻ってきた。
「なんで君たちがここにいるんだ?」オスカー様が聞く
その不機嫌そうな声に私は焦って答える。
「私の領地のお屋敷に遊びに来てくださってたんです。
今日は私がオスカー様と約束があったので彼女たち三人で楽しんでいただいていました」
「まあ、レティシア様のお屋敷にずっと?
殿下、私たちは明日宿を引き払うのですよね?レティシア様のお屋敷に伺ってはダメですか?」
アリステア様はオスカー様におねだりするような視線を向ける。
オスカー様はファニーたちが私の屋敷に滞在していると言ったあたりからずっと私たちの方を睨んでいる。
「い、いえ、私たちも明日王都に戻るために出発するので……」
私が困惑しながらもなんとか断ると急にライが言った。
「そうだね。レティ、明日の準備があるから俺たちもここで失礼しようよ」
私はホッとしてライの気遣いに感謝した。
「そうね。オスカー様、私たちはここで失礼します。今日は誘ってくださってありがとうございました」
皆で挨拶をしてその場を離れた。オスカー様はずっと不機嫌そうな顔をしていた。