オスカー(1)
私はオスカー・アロイス・ダンヴィード。この国の第一王子だ。
私には幼い頃からどうしても勝てない乳兄弟がいる。ヒューゴ・カーティア、私の乳母、シンディ・カーティアの次男だ。
乳母のシンディはちょっと型破りな乳母で、侯爵家の令嬢だったのだが、公爵家との縁談を蹴飛ばし、伯爵家の嫡男と大恋愛の末、結婚した。王妃である母上の親友でもある。
その関係でヒューゴとは物心つく前から共に過ごし、私が七歳の頃ヒューゴに連れられてやってきた従兄妹のレティシアともよく遊んだ。
レティシアは見た目も性格も可愛い少女で、私ははっきり言って一目惚れだった。
当時、巷ではクール男子なるものが流行っていたらしく、乳母のシンディは流行の小説を持ってきては、私やヒューゴに「あなた達もこの小説に出てくるようないい男に成長するのよ~」と言っていた。
私もヒューゴも話半分に聞いていたが、ある日、レティシアが王宮に遊びに来たとき、その小説を持っているのに気がついた。
「レティシアもその小説好きなの?」と尋ねるとこっくりと頷いた。
その日から私はクール男子を目指す事に決めた。
そして父上に頼み、レティシアと婚約を結ぶ事に成功した。
シアは年を追うごとに美しく成長した。彼女の近くにいるときはどうしても緩んでしまう表情を引き締め、クールを装う事に私はかなり努力を費やした。
ヒューゴがいた去年まではまだよかった。私たちは三人でいることも多く、ヒューゴが上手く場を取り持ってくれた。
ヒューゴは文武両道で剣術の腕もかなりのものだが、頭がいい。昨年生徒会長を務め、高位貴族と下位貴族が一触即発だった学園の空気を見事変えた。まだ、若干のわだかまりはあるものの今の学園の和やかな雰囲気はヒューゴが作り出したものだ。学園祭も素晴らしく盛り上がった。
今年ヒューゴから会長を引き継ぎ、プレッシャーはあるもののやりがいも感じていたのだが、別の面でもプレッシャーを感じていた。
可愛過ぎて、シアの顔が見れない。
週に一度のシアとの会食。私の至福の時間であり、忍耐の時間である。
一度など王子妃教育がもうすぐ終わるので私の仕事を手伝いたいなどと言ってくれた。なんて優しいんだ!天使か?天使だ!
私はにやけそうになる顔を抑えるために普段より眉間に力を入れなくてはならなかった。
シアの歌を聴くのは私の密かな楽しみだ。
あの素晴らしい歌声を皆が知らない事は残念だが、私だけが知っているという優越感もある。
ある日、いつものように旧校舎の図書室奥で彼女の歌声を堪能している時、一人の女生徒と会った。
彼女は、今まで私の周りにいた女性達のように私に話しかけるでもなく、媚を売るのでもなく、静かにシアの歌を聴いていた。
それから数度、彼女とは会ったが、ただお互い黙ってシアの歌を聴くだけだった。
黙って聴いていただけだが、そのうっとりした表情で彼女はシアの事が大好きなのがわかった。
ベルナールからその女生徒、アリステアを生徒会に推薦された時、私はひらめいた。彼女はシアのよき相談相手になってくれるかも知れない。私が今から鍛えればなんとかなるのではないか?
私にはヒューゴという素晴らしい側近がいる。将来のために何人か選ばなくてはならないが、ヒューゴは決定だ。シアにも、私にとってのヒューゴのような存在を作ってあげたかった。
が、男性は論外だ。特にシアのクラスメイトのライアン・アルデュールという男!
先日、街のカフェで偶然シアに出会ったときは嬉しかった。
学園祭のパーティーでチョコレートの滝を出すのはどうでしょうとアリステアから提案があり、皆で視察に行ったときだ。
シアに会った時は嬉しかったが、よろけたシアをあの男が支えたのは気に入らなかった。
そのあと、なんとかシアに近づこうとするアリステアを先に席に向かわせシアと二人きりで話す機会を得た。
「シアもこの店に来ていたのだな」
「はい」
「チョコレートの滝、気に入ったのか?」
「ええ、はい」
「これを学園祭に出そうと思って視察と事前交渉に来たのだが、
学園祭のパーティーでチョコレートの滝があったらシアは嬉しいか?」
「はい」
「わかった。なるべく出店できるように頑張ろう。ではまた、会食の時に」
「はい」
少しだがシアと話せて嬉しかったのだが、その後、シアたちのテーブルから、あの男が〝レティ〟と呼び捨てにするのが聞こえてきて、思わず椅子を倒しそうになった。
今は夏季休暇、私は王宮に帰って来ている。
シアも侯爵邸に帰って来ているはずだ。筈だというのは夏季休暇にはいって以来シアにまったく会えていないからだ。
私は既に一部政務に携わっている。しかし学園のあるときは寮にいるため、どうしても休暇中にしわ寄せがくる。休暇が始まってから今までずっと政務に明け暮れていた。やっと今日、いくらか暇になったので、シアの予定を聞いてみた。夏季休暇中は王子妃教育は王宮で行なわれている筈だ。
予定を聞いてみると、やはりシアは王子妃教育中であと一時間もすれば今日の予定は終了するらしい。
早速私はシアの王子妃教育が終わったらお茶の時間をとってもらえるよう連絡をした。
今日の目標はシアをデ、デートに誘う事だ!!!
夏季休暇の後半、毎年恒例で生徒会のメンバーで保養地に旅行をする。
後期にある学園祭に向け、メンバーと交流を図り、結束力を強めるためだという。
私もそろそろヒューゴ以外の側近を選ばなければならない。皆の性格を知るチャンスだろう。
そして、私の最大の目的はこの旅行の時にシアをデートに誘うのだ。
今年の保養地は強引にクレイトン領にある湖の近くに決めた。
去年、生徒会の旅行の時期はシアも王子妃教育が休みになり、領地に帰っていた。
今年もその時期は領地にいるだろう。
保養地と領地の侯爵邸とは馬車で小一時間の距離だ。
シアが保養地に来れる日があればシアとデートできる。なにも連日生徒会のメンバーと顔を突き合わせていなくてもいいだろう。シアと二人きりで湖畔を散策するのもいいな。なんて思いながら私はシアとのお茶に向かった。