アリステア(7)
「卒業式だ!!」
学術都市の繁華街にある小さなコーヒー専門店。その店の奥の貸し切りサロンで、ヒューゴ先輩が突如大きな声を出した。
ここはヒューゴ先輩が学園に通っていたころの行きつけの店で、マスターの口も堅く信用できるそうである。
私たちはここで数度相談をしていた。
「ヒューゴ、卒業式がどうしたんだ?」オスカー殿下が訊ねる。
「マルティン・オランダーは卒業式にやってくるぞ!」
「そうか!」皆が納得する中で意味が分からない私にオスカー殿下は説明してくれた。
この王国で貴族であるためにはダンヴィード王立学園を卒業しなければならない。もちろん例外はあるだろうが。
私たちは正確には今の身分は貴族の令嬢・令息なのである。
卒業資格は三年間学園に通うか、最低一年通って卒業試験を受けるか。
卒業が認められれば卒業生の証となるバッジが与えられる。中途卒業以外のほとんどの学生は卒業式でバッジを授与されるのだ。
「卒業式でマルティン・オランダーの身柄を押さえよう」
というわけで、私たちは卒業式で彼を捕獲することにした。
一応、マルティン・オランダーを私たちが疑っていることはストランド様には知られていないと思う。
学園内では私を襲った正体不明の犯人を捜索中だし、最近はその男は実はレティシア様に命令されたという噂までたっている。レティシア様は侯爵家で謹慎中で婚約破棄も間近だと言われている。
レティシア様が悪く言われることは悔しいが、ストランド様を油断させるためにあえて放置している。
卒業式はつつがなく進行している。
私は在校生の席に座っているが、ホールの外はヒューゴ先輩指揮のもと騎士の人達が包囲網を敷いているはずだ。
オスカー殿下が答辞を述べられて壇上から周囲を見回した。
すると、急にオスカー殿下は慌てたように壇上から降りて行った。
不審に感じた私は目立たないように席を抜け出した。
廊下に出るとオスカー殿下とレオナール様が小声で何か話している。
私が近づくとオスカー殿下が耳打ちした。
「マルティン・オランダーが逃げた」
「包囲網がばれたのでしょうか?」
「いや、気づかれた様子はなかったが、もともとこっそり逃げるつもりだったのか何か気配を感じ取ったのか?
急に体調が悪くなったので早退したいからバッジを先に貰いたいと言って、先ほど退出したそうだ」
「外はヒューゴ先輩たちがいますよね」
そこへ先ほど私たちのもとを離れていったレオナール様が戻ってきた。
「出てきた生徒はいないそうです」
「なに?マルティン・オランダーはどこへいったんだ」
卒業式もそこそこにオスカー殿下は指示を飛ばし始めた。
ほかの生徒たちに知られないようにやらなくてはならないので大変だった。
しばらくしてマルティン・オランダーは厨房の下働きのふりをして学園を出たことがわかった。
そこまでするということは包囲網はばれていたのかもしれない。
それともう一つ。マルティン・オランダーは卒業後、隣国の研究所に出向扱いになるらしい。
国を出られては厄介だ。やはり今、彼の身柄を押さえなければならない。
卒業式が終わり、夕方になってマルティン・オランダーの居場所が判明した。
隣国に向かう長距離馬車が発着している中継都市ソリッドトンにいるらしい。
その知らせを受け、オスカー殿下はヒューゴ先輩と飛び出していった。
今日は卒業パーティーだ。私はじりじりしながら殿下からの知らせを待っていた。
今日は大事なプロポーズ大作戦の日だ。
それともプロポーズ大作戦は延期だろうか?
昨日までの予定では、昨日マルティン・オランダーを捕獲して証言を引き出す。後日バルシェック公爵と共にストランド様、パメラ様を王宮に呼び出し断罪する。という流れで、卒業パーティーでのプロポーズ大作戦は行う予定だった。
殿下はこうも言っていた。
「私とシアの結婚はもう決定した。シアが知らないだけで。
卒業パーティーの次の日から婚姻へ向けての準備が始まるんだ。シアが知らないだけで。
卒業パーティーでのプロポーズのために今まで苦労して準備を整えてきたんだ。シアが知らないだけで。
絶対に卒業パーティーでシアにプロポーズしてOKを貰わなくてはならないんだ」
いくら卒業パーティーでのプロポーズが決定だと言っても本人がいなくては話にならない。
私がオスカー殿下の代わりにプロポーズすることはできない。
午後になりやっと殿下から連絡が届いた。
遅れるかもしれないが、パーティーは必ず行くこと。
レティシア様にも遅れるかもしれないが会場で待っていてほしいと連絡したこと。
念のためパーティー用の衣装を用意しておいてほしいこと。
とりあえず、パーティーには来られるらしい。ホッとした。
卒業パーティーで煌びやかに飾り立てられたホールには既に沢山の卒業生、卒業生の家族や婚約者、在校生が集まり、楽しげな笑い声が漏れ聞こえてくる。
学園の一番大きなホール、そのホールのエントランス前の目立たない場所で私はオスカー殿下を待っていた。
先ほどレティシア様が到着し、ホールに入っていくのを確認した。
レティシア様は殿下の瞳の色の紫紺のドレスを身にまとい眩いばかりの美しさだった。
やきもきしながら待っているとやっとオスカー殿下が到着した。
「オスカー殿下、お疲れ様でした。レティシア様はもう会場に入っておられます。急いでお着換えください」
オスカー殿下は急ぎ身支度を整え、私たちは会場に入っていった。
オスカー殿下は会場に入ると周囲を見回し、レティシア様の姿を見つけた。
その瞬間、殿下の表情が一変した。
眼をカッと見開き、唇は一文字に固く引き結ばれ、握ったこぶしはわずかに震えているようにも見える。
鬼の形相を浮かべたオスカー殿下はレティシア様に向かって大きく一歩を踏み出した。
私は小声で殿下に囁いた。
「オスカー殿下、顔が怖いです」
「し、し、仕方がないんだ。き、緊張してしまって」
緊張?いつも沈着冷静な殿下が?
「わ、私は、あ、愛の言葉など言ったことがないと言っただろう。
い、急いでいたとはいえ、花束も指輪も取りに行けなかったんだ。
も、もしシアに断られたら……」
「大丈夫です。オスカー殿下は私の女神レティシア様をお任せできる唯一の人です。
自信を持ってください!」
「わ、わかった」
それから殿下はズンズン歩いてレティシア様から少し離れて止まった。
私はどうしても顔が緩んでくるのを押さえられなかった。
十歳のころ、新聞に載った絵姿でレティシア様を初めて見た。
物語の中のお姫様のようで、自分には無縁の世界の人だった。
その人は今、私の目の前にいて王子様からのプロポーズを待っている。
それを私は実際にこの目で、特等席で見ることができるのだ!興奮してしまうのも仕方ないと思う。
オスカー殿下は下を向いて「シア、結婚してくれ」「君の学生生活を奪ってしまうのは申し訳ないが君と離れていたくないんだ」「あ、あ、愛している」と小声で練習していたが、意を決したようにキッと顔を上げると言葉を発した。
「わたしとけっこんしてくれ!」
やりましたね!オスカー殿下!
でも、レティシア様の反応は思わしくないものだった。黙ってこちらを見ている。
私はハッと気づいた。
「殿下、言葉が足りません。すぐ結婚したいということを伝えないと」
私が焦って言うと、オスカー殿下はもう一度言葉を発した。
「だから!私はもうがまんできないのだ!こんやくきかんをおわりにしてくれ!」
今度は伝わったと思う。
ホッとすると同時に周りの喧騒が気になった。
オスカー殿下も気になったようだ。
「皆、静かにしてくれないか!レティシアの返事が聞こえない!」
周囲はシン……と静まりかえった。
固唾をのんでレティシア様の返事を待つ。
レティシア様はそれはそれは優雅に、見事なカーテシーをした。
「すべてあなたのお望みのままに。私はあなたの言葉を全て受け入れます」
プロポーズ大作戦は大・成・功です!!!
お読みくださってありがとうございます。
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