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一年前―レティシア(1)


    ――― 一年前 ―――


 晩秋の、朝晩は吐く息も白くなってきた季節の早朝、我が侯爵家のタウンハウスの門前から一台の馬車が旅立っていった。

 ヒューゴ・カーティア伯爵令息、私の従兄弟が隣国へ一年間の留学に旅立ったのだ。


 自分の生家には事前に挨拶を済ませ、我が家に滞在していたヒューゴの旅立ちを、私達家族だけでなくオスカー殿下もわずかな護衛を連れ見送りに来ていた。



 ヒューゴ兄様はオスカー殿下の乳兄弟である。

 私の父の姉であるシンディ伯母様は王妃様の親友でもある。

 その関係で、なかなか子供が生まれなかった王妃様にやっと男児が誕生した時、大恋愛の末伯爵家に嫁ぎ二人目の男児を出産したばかりの伯母様に白羽の矢がたった。

 王妃様にもっとも信頼できるあなたに乳母になって欲しいと頼まれ、二つ返事で引き受けた。伯母様は殿下が少し大きくなってくると子供同士の交流も必要だと考え、自身の二人目の息子を王宮に連れて行くようになったため、ヒューゴ兄様はオスカー殿下の乳兄弟として育ったのである。


 そしてその関係で私も六歳の頃からヒューゴ兄様に連れられオスカー殿下と遊ぶようになった。

 私が六歳、殿下は七歳、ヒューゴ兄様は八歳の頃である。

 私達の仲の良さを見て、十歳の頃殿下と私の婚約が結ばれた。

 我が家が侯爵家であり、家格が高かったことも要因の一つである。



「レティ、俺がいなくても大丈夫?」


 頭を撫でながらヒューゴ兄様が言う。


「失礼ね。私もう十六歳よ。デビューもしたわ」


「レティはちょっと抜けてるからなあ」そういって笑った後、殿下に話しかけた。


「殿下、行って参ります。殿下が卒業するまでの一年間、しっかり見聞を積んで殿下の政務に役立てるよう頑張りますよ。レティをよろしくお願いします」


「ああ、もちろんだ。ヒューゴには期待している。頑張ってきてくれ」


 殿下と握手を交わし、私の頬にキスを一つ。私の父と母に頭を下げ、ヒューゴ兄様は旅立って行った。



 ヒューゴ兄様の馬車が見えなくなるまで見送っていた私は、すっかり冷たくなってしまった手に、はーっと息を吹きかける。


 ふわっと背中が温かくなった。オスカー様が自身の上着を肩に掛けて下さったのだ。


「シア、寒いから早く家の中に入ったほうがいい」


 オスカー様は私のことをレティシアまたはシアと呼ぶ。他の親しい人はレティと呼ぶので、私はオスカー様だけが呼ぶ〝シア〟という呼び方がとても好きだった。


「オスカー様、ありがとうございます。オスカー様も身体が冷えてしまったのではないですか?あの、中で紅茶を入れてもらいますから……」


「いや、忙しいので今日はこれで失礼する。その上着は王宮に来たときにでも届けてくれればいいから」


 オスカー様は足早に馬車に乗り込み帰って行った。




 そして新学期。私は学園の始まる三日前に寮に戻ってきた。


 私の通うダンヴィード王立学園は王都から馬車で一時間ほど離れたところにある学術都市の中にある。

 学術都市にはこの王国のあらゆる研究機関、工房の実験室等が集まっており、学校も、ダンヴィード王立学園をはじめ、二つの民間学校、各種大学等がある。そしてそれら施設で働く人達の住宅や、各種商店を含む繁華街、図書館、美術館や公園等がある。

 

 ダンヴィード王立学園は全寮制で、王国の全ての貴族の令嬢令息はこの学園を卒業しなければならない。

 というよりこの学園の卒業をもって貴族と認められるのである。

 卒業資格は十五歳から三年間学園に通うか最低一年通い卒業試験を受けるかで取得する事ができる。

 もっとも、一年で試験を受け学園を卒業する者は何らかの事情で早く婚姻をする令嬢がほとんどである。


 ダンヴィード王立学園はとても緩い学校であり、とても厳しい学校でもある。

 授業は一般と専門に分けられ、午前に一般二教科専門二教科、午後に一般一教科専門二教科。

 一般とは全ての学生が受ける授業であり、試験の結果によってAクラスからGクラスまで分けられているが、課題等は少なくそれほど難しいわけではない。専門は選択性であり難易度も高く課題も多い。


 高位貴族の令嬢や既に婚約者がいて卒業後すぐに嫁ぐ令嬢などは一般の授業だけ受けて残りの時間はサロンでお茶会などをして過ごす。しかし卒業後、王宮での仕官や研究職などを希望する者は行きたい分野の専門の教科を取得する必要があり、課題に明け暮れる学園生活を送る。一般のクラスも就職の上で審査対象になるため上位のクラスにいる必要がある。

 卒業するためだけなら緩くて、よい就職先を得るためには厳しい学校なのである。



 今日から二年生になる私は新しいAクラスの教室に入った。学年末の試験で多少メンバーの入れ替えはあったものの概ねは変わらない顔ぶれだ。高位貴族で冷たい印象の私にとって、このクラスにファニス様、アンネローゼ様という数少ない友人や、気軽に声を掛けてくださるライアン様がいてくれるのは本当にありがたい。


 始業時間になり担任のマクライン先生が入ってくる。週の始めの時間はホームルームだ。


 マクライン先生は教壇に立つと皆の顔を見回しながら言った。


「今日から皆二年生だな。早速だが、編入生を紹介する。入ってきなさい」


 先生の言葉に皆がざわつく。この学園は最低一年通えばよいので、何らかの事情で十五歳で入学できなかった者は一年遅らせ十六歳で()()する。編入するためには編入試験を受ける必要があるので滅多に編入生はいない。編入試験を受けAクラスになるという事はかなり優秀なのだろう。


 先生の言葉を受け入り口から入ってきた編入生を見て、男子生徒は色めき立った。


 緩くカールした蜂蜜色の髪、木々の若芽を思わせる新緑の瞳、さくらんぼのような唇。かなりの美少女が立っていた。


 美少女は先生の隣に立って周囲を見回すと一瞬花がほころぶような笑顔を見せた。


「アリステア・サルトンです。皆様よろしくお願いします!気軽にアリステアと呼んでください!」


 元気に挨拶すると、ぴょこんと頭を下げ指定された席に着いた。




 

 

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