レティシア(8)
私は第三回定期テストで順位を落としてしまった。
情けない……私にできることを頑張ろうと思ったばかりだというのに。
オスカー様は「シア、私に謝る必要などない。何も一位を取る必要はないのだ。
それより体調が優れぬのではないか?無理をせずゆっくり休むことだ」と言ってくれたが、殿下のために何もできない私は勉強ぐらい一位を取りたかった。
アリステア様は生徒会で忙しかったにもかかわらず一位だった。
学園祭の事件はオスカー様が緘口令を敷いたにもかかわらず広まって、それも、私がアリステア様に怪我を負わせたことになっていた。
ファニーやアンネ、ライ、アリステア様まで否定をしてくれたが噂は治まらなかった。
先日、王子妃教育が終わった。
最後の日、王妃様の侍女長が
「よく頑張りましたね。もうすぐオスカー殿下が立太子されます。ご結婚されたら王太子妃教育がありますから、またお会いしましょうね」
と言ってくださったが、その日は来ないかもしれない。
グダグダ悩みながらもオスカー様が何も言わないのをいいことに婚約者の座に座り続けている私はずるいのかもしれない。ファニーのようにすっぱり決断できたらいいのに。
でも少しでも長く婚約者でいたかった。
ある日の授業中、机の中に入っていたメモに気が付いた。
『昼休み、カフェテリア横の庭園のガゼボで待っている
ライアン 』
不思議に思いながらも昼休みにガゼボに向かう。
ライは私に元気を出させようとサプライズでこの場所に誘ってくれたのだ。
少し小高い場所に作られたガゼボに立ち庭園を見下ろす。
あたり一面に秋の花が咲き乱れながらも調和を保ち、見事な景色が広がっていた。
オスカー様も一緒にこの景色を楽しんでほしかったが、残念ながら用事があるようで戻ってしまわれた。
ライとしばらくこの景色を楽しんだ。
「ライ、ありがとう。私二年も学園にいたのにここがこんなに素晴らしい景色だなんて知らなかったわ」
「俺も最近知ったんだ。レティは何の花が好きなんだ?」
「リンドウの花が好きよ」一輪で凛と咲くリンドウの花。青紫のその色はオスカー様の瞳の色にも似て好きだった。
ライはホッとしたような顔をして「じゃあ、これあげる」と小さな包みを差し出した。
開けてみるとかわいらしいリンドウの髪飾り。
「ライ!受け取れないわ」
「安物なんだ。お気に召さないかもしれないけど」
「そんなことないわ。とってもかわいい。私にはもったいないわ」
「この前街に行ったとき偶然見つけてレティみたいだなって思って買っちゃったんだ。俺が持っててもしょうがないし……
あ、ほら王子妃教育?終わったんだろ。終了祝い?とか」
「ふふ……ありがとう、ライ。素敵な景色見せてくれただけでも嬉しいのにこんなかわいいプレゼントまで」
「感謝してくれるんだったら今度カフェ・レガロのスペシャルチーズケーキをご馳走してくれ」
「任せて!いくつ食べてもいいわよ」
それからの日々は穏やかに過ぎた。
もちろん些細な出来事はあった。
アリステア様が急に謝ってこられたので何のことか意味が分からず戸惑っていると、私の名前で差し入れが生徒会室に届いたそうだが、一年生のレオナール・キュイック様が誤って箱を落として踏んでしまい中身が食べられなくなってしまったと言っていた。
私は差し入れをした覚えはないので、私ではなくほかの人と名前を間違えたのでしょうということになった。
ほかにも化学の実験の授業の時、薬品が間違っていてそのまま薬品を混ぜてしまったら大変なことになっていたが、ライがすぐ気が付いたので大事には至らなかった。
この日は私とあと二人が当番で薬品を準備したのは私たちだったのでほっとした。
ちゃんと先生に指示された薬品棚から取ってきたつもりだったのだけれど。
授業はA、Bクラス合同授業なので例のごとくパメラ様に大げさに嫌味を言われた。
三年生はそれぞれの進路のための活動に忙しく、学園に来る日が少なくなっていた。
オスカー様も王宮に帰っている日が多く、寂しくはあったがオスカー様がいないせいかアリステア様との噂も下火になっていた。
オスカー様の卒業まであと一週間。
今日はオスカー様は登校されているようで、誰かが「朝からオスカー殿下のお顔を拝見できたわ~」と騒いでいた。
午前中、私は机の中のメモに気づいた。
『昼休み、旧校舎の一階で待ってる。 誰にも内緒で来てくれ』
またライかしら?名前は書いてないけど。
旧校舎にはいい思い出はない。オスカー様とアリステア様を見てしまった場所だ。
旧校舎裏なら私の癒しの場所なのだけど。
そういえば最近はあまり歌っていない。やはり私は歌わないと気持ちが前向きにならないかも……
そんなことを思いながら旧校舎に足を踏み入れた。
一階は雑多なものが詰め込まれた倉庫になっている。倉庫の戸を開け、恐る恐る足を踏み入れた。
「ライ?」
いきなり後ろから羽交い絞めにされた。と思ったら鼻と口を布のようなもので塞がれる。
ツンと刺激臭がして、私は意識を失った。
気が付くと私は旧校舎の倉庫の中で寝ていた。
倉庫は外に面する窓はすべて塞がれている。廊下側の高い位置に明り取りの窓があるだけなので薄暗いが、何とか物の位置などは見える。
頭を振って起き上がる。体をパタパタと叩いてみるが、特に何かされた形跡もない。何か取られたということもない。それにほとんど時間も経っていないようだ。
何だったんだろう?私は倉庫から出ようとした。
———鍵がかかっている。
閉じ込められてしまったみたいだ。
焦らないで。落ち着いて。自分に言い聞かせながらほかの出口を探そうとした。
誰かいる!机の陰で見えなかったが、私から少し離れた場所に誰かが倒れていた。
近づくと―――
「アリステア様!!」
アリステア様はぐったりとして気が付く気配もない。私と同じ薬を嗅がされたのだろうか?
それにアリステア様は縄で縛られている。
私は縄だけでも解こうとあたりを見回した。少し離れた場所にナイフが落ちている。
あれを使って縄を切れないかしら?
ナイフを拾って縄を切ろうとした時だった。
外からがやがやと声が聞こえ、倉庫の入り口がバンッ!と勢いよく開いた。
助けが来てくれた!
ホッとして「あの!助けて——-」
「ここで何をしている!」
「レティシア!」
「殿下!アリステアが倒れています」
「レティシア嬢!アリステアを害そうなどと愚かなことを」
どやどやと部屋に入ってきたのは生徒会の方々。
私は三年生のストランド・バルシェック様に腕を掴まれた。
「い、いえ違います!私はアリステア様を害そうなどしておりません」
「では手に持ったそのナイフはなんだ」
「こ、これはアリステア様の縄を切ろうと」
「ふん、自分で縛っておいて切るのか?
そもそもなんでレティシア嬢がここにいるのだ?」
ストランド様は私の言葉を全く信じてくれない。
オスカー様もそうなのだろうか?私はオスカー様の眼を見て必死に言った。
「誰かに呼び出されて薬を嗅がされたのです!
オスカー様!信じてください!」
オスカー様は突然眼を見開いた。眉間の皺が深くなる。
つかつかと近づいて私の腕をストランド様から奪い取った。
「レオナール!アリステアを医務室に連れて行って医者に見せてくれ!
ほかの者は現場の調査と状況の整理を頼む。
私はレティシアを侯爵邸に送り届ける。送ったら戻ってくるので報告してくれ」
オスカー様は私の腕を取って歩き始めた。
馬車の手配をし、自分も乗り込む。私は寮の荷物を取りに行くこともなくそのまま侯爵邸に送り届けられた。
オスカー様は馬車の中でも難しい顔をしていたが、侯爵邸に着くと在宅していた父と話し込んでいた。
程なく父の書斎から出てきたオスカー様に声をかける。
「オスカー様、あの、私は本当にアリステア様を害そうとなどしていません」
「ああ、シア。もちろんシアのことは信じている。でも、しばらくは……私がいいと言うまでは学園を休んでくれ。侯爵邸にいてくれ。
また連絡するから—―ー」
そう言って足早に帰って行かれた。
私は学年最後の定期試験も、オスカー様の答辞を楽しみにしていた卒業式もお休みし、侯爵邸に籠っていた。
約束通りオスカー様から『卒業式は無理だが卒業パーティーは迎えに行くので一緒に出席してくれ』と手紙が届いた。
お母様から、オスカー様が素晴らしいドレスやアクセサリーを一か月も前に贈ってくれたと聞き、見せてもらった。
オスカー様の瞳を思わせる紫紺のマーメイドラインのドレスは広がった裾や胸元に小粒のダイヤがちりばめられた見事なもので、ネックレスはプラチナで作られた花の中央にブラックダイアモンド。
全身オスカー様の色をまとったようなドレスだった。
事件があの後どうなっているか不安だったが、オスカー様の『迎えに来る』との言葉を信じ、不安を押し殺した。
卒業パーティーの当日午後、オスカー様から文が届いた。
『遅れるので迎えにいけないが、かならずパーティーには行くので先に行って会場で待っていて欲しい』
———そして話は冒頭に戻る———




