レティシア(7)
あたりは夕闇に包まれてきていた。
いつまでもこうしていても仕方がない。私は気合を入れて立ち上がろうとした。
「レティ!」
息を切らし、額に汗を浮かべながら走ってきたのはライだった。
「ライ、どうしたの?」
「ファニーから頼まれたんだ。レティが街に行ったまま戻ってこないから見てきてくれないかって」
私の軽率な行動でみんなに心配かけてしまった。
情けない気持ちで「ごめんなさい。迷惑かけてしまって」と謝った。
「何にも迷惑じゃないよ。もっと俺を頼りなよ」
ライは笑って言った。
「さあ、帰ろう」
頷いて立ち上がりかけ、私は足の痛みに顔をしかめた。
「どうしたの?」
「ちょっと足をひねってしまって」
「失礼」
「きゃあ!」
ライはいきなり私を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこで。
「ちょ、ちょっとライ!おろして!」
「え?だって足痛いだろ。学園にいる医者に手当てしてもらおう」
「で、で、でも重いでしょ」
男性とこんな至近距離で近づいたことがない。(従兄妹のヒューゴ兄様を除いて)
恥ずかしいやら申し訳ないやら……
「あー、重い重い!明日ランチの時デザートのケーキを奢ってもらわないと腕のしびれが取れないかも」
「もう!ライったら!」
ライの明るい言い方に救われた。二人でクスクス笑いながらライに運ばれていく。
「何……してるんだ?」
ライから視線を前方に戻すとオスカー様とアリステア様がいた。
昼間の胸の痛みが蘇ってきた。
自分にできることを頑張ろうとせっかく買った差し入れも無くなってしまった。
「レティが足を痛めたので医者の所へ連れていく途中です」
「そうか、ご苦労だったな。ここからは私が連れて行こう」
そう言われてしまっては仕方がない。ライは私を下ろしオスカー様に委ねた。
今はオスカー様の顔を見たくなかった。
オスカー様はアリステア様の前で私を抱き上げてもなんとも思わないのだろうか。
やっぱりアリステア様とのことは私の気のせい?
私は混乱してしまってオスカー様の顔を見ることができなかった。
お医者様に診てもらった足は軽い捻挫で、湿布して包帯を巻いてもらったら次の日には何とか歩けるくらいに回復した。
学園祭当日がやってきた。
今年も学園祭は盛況で、多くの人達が訪れていた。
私のお父様、お母様もいらしてくださった。私の発表や展示は無いが、将来侯爵家に雇い入れる人材を発掘する目的もある。
侍女のセイラほか三名は寮に向かってもらう。夕方からのパーティーの支度のためだ。今日は侍女が寮に入るのを許されている。
「お嬢様、今日のドレスもお嬢様のプラチナブロンドにとってもよく似合って素敵ですわ。
楽しみになさっていてくださいね」
セイラはにこやかに言って寮へ向かった。
ドレスはオスカー様に贈られたものだ。オスカー様は必ずドレスや時には宝飾品まで贈ってくださる。
パーティーの予定が事前にわかっていれば一か月も前に。
このような気遣いを必ずしてくれるので、愛されているのでは、と勘違いしてしまうのだ。
午前中はお父様、お母様と発表や展示を見て回り、ランチを一緒に取り、お父様たちを見送った。
馬車を見送り校舎に引き返す。今日は使われていない実験棟の前を通った時だった。
「きゃあ!」
誰かの叫び声に続いて校舎から飛び出してくる人を見た。女生徒のようだった。その女性が木立の方へ駆けていくのを見ていると突然腕を掴まれた。
「見つけました!やはりレティシア様です」
訳が分からず連れていかれた先にいたのはパメラ様とご友人の令嬢たち。
そして腕から血を流しているアリステア様。
私たちは学園長の来客室に連れていかれた。
今日は学園祭で沢山の人が訪れているため王都から騎士も沢山派遣されてきていた。
騎士たちは私たちを学園長のもとへ連れて行ったあと二人が警備に立ち、一人が室内に残り、ほかの騎士たちは場内警備に戻っていった。
騎士たちの、侯爵家の令嬢で第一王子の婚約者である私への態度は丁寧だったが、有無を言わせぬものだった。
学園長のもとへ連れていかれたのは、私とパメラ様、ご友人たち。
アリステア様も治療が終わり次第いらっしゃるとのことだった。
「アリステア・サルトン嬢が切り付けられた件だが」
来客室に落ち着くと早速学園長が切り出した。
「あの、私、訳が分からないのですが……」
そう、何が起こったのかもわからないし、なぜ私がここにいるのかもわからない。
私がそう言うとパメラ様たちから抗議の声が上がった。
「まあ!しらじらしいですわ!あんなことをしておいて!」
パメラ様のご友人たちもうんうん頷いている。
「あんな事とは何でしょう?」
「もちろんレティシア様がアリステア様に切り付けた事ですわ!」
「切り付けた!?私、そんな事していません!!」
「言い逃れしようとしても無理ですわ!わたくしたちはっきり見ましたのよ!」
「双方とも落ち着きなさい。今———」
コンコンコン——「失礼します」
ノックの音と共にオスカー様が入室してきた。
「学園長、これはどういうことですか?」
オスカー様はかなり厳しい顔をしておられる。アリステア様が切り付けられたのだ。怒って当然だろう。
「もう一度状況を整理しよう。殿下もお座りください」
学園長の言葉に、もう一度皆の証言が繰り返された。
実験棟の廊下でアリステア様が刃物で切り付けられ、腕に怪我を負った。
偶然、その現場をパメラ様とご友人たちが目撃。犯人は逃走。パメラ様たちの証言に基づき騎士が犯人が逃走した方向へ追っていくとそこに私がいたらしい。
「逃げるレティシアを捕まえたのではなく、犯人が逃げた方向にレティシアがいたわけだな」
オスカー様はまず騎士に確かめられた。
「はい。私が駆け付けた時、犯人は逃走した後でした。パメラ様が、レティシア様は東の出口から逃げられたと仰られたので、東の出口へ向かうとレティシア様がおられたので、確保しました」
「パメラ嬢はレティシアが逃げたと言ったんだな」
オスカー様の言葉にパメラ様が「そうですわ。私たちはっきり見ましたわ」と続けたので、私はかぶりを振った。
「オスカー様、私はアリステア様を傷つけたりしていません!信じてください!」
オスカー様は私に頷くとパメラ様のご友人方に訊ねた。
「君たちもレティシアの顔をはっきり見たのか?」
ご友人方はお互い顔を見合わせると、一人の方が答えた。
「いえ、顔は……見ていません。後ろ向きでしたし、少し距離もあったので。でも、見事なプラチナブロンドははっきり見えましたわ」
私の髪色はかなり珍しい。世界に一人とは言わないが、ブロンドの人はたまに見かけるが銀に近い白金の髪色はほとんどいない。
オスカー様はいきなり立ち上がると騎士を連れ外へ出て行った。
そしてしばらくすると戻ってこられた。
「ところでパメラ嬢、君たちはなぜ実験棟にいたんだ?」
パメラ嬢は急に慌てたように答えた。
「わたくしたち、人が多いのに疲れてしまって人の少ないところに行きましょうという話になって実験棟に行ったのですわ。あなたが言ったのかしら?」
と、一人のご令嬢を指す。
指されたご令嬢は大げさにかぶりを振って「私ではありません。パメラ様では?」と返した。
コンコンコンコン。
再びノックの音がして入室してきたのは治療を終えたアリステア様だった。




