レティシア(6)
ドレス切り裂き事件は騒ぎ立てたベルナール・ジュヴィル様が犯人というまさかの結末を迎えた。
この事件はしばらく皆の話題の中心だった。
被害者のアリステア様に皆は同情し、目に涙をためて震えていた様子はとても健気だったと令息たちからの人気は更に高まった。
私もある意味被害者だったのだが、冤罪をかけられても歯牙にもかけず無表情のままだった。やはり氷のように冷たい令嬢なのだろうと噂された。
十分動揺していたんですけど……
事件解決の後、オスカー様にお礼を述べるとそっぽを向いたまま「当然のことをしただけだ」と仰った。生徒会長としては当然のことかもしれないが、私のために冤罪を晴らしてくださったのはやはり嬉しかった。
学園祭が近づいてきた。
私個人は何もすることはないが、ファニーもアンネもライも専門を選択しているので発表をひかえている。最近は皆忙しそうでランチぐらいしか一緒にいることもできなかった。
オスカー様は更に忙しそうで恒例の会食も学園祭が終わるまで中止となった。
私とオスカー様との会食が中止になったことで、アリステア様とオスカー様の噂が再燃した。
学園祭の準備で忙しくしている二人は常に一緒に行動していた。
ジュヴィル様が抜けたことでさらに人手不足になった生徒会は、二年生と一年生から新たに二人のメンバーが加わったが、その二人はバルシェック様やラッセル様と共にいることが多かった。
友人たちも皆忙しく、寂しい思いを抱えた私は旧校舎裏へ行くことが多くなっていた。
その日も小道を歩いて例の場所へ向かおうとしたが、ハンカチを忘れたことに気が付いた。先ほど使って机の上に忘れてきてしまったのだ。
取りに戻ろうと引き返した時、廊下を歩くオスカー様とアリステア様に気が付いた。二人はどんどん人気のない方に歩いていく。
私は気が咎めながらも二人の後をつけてしまった。人目を憚るようにして二人は今は使われていない旧校舎に入っていった。私も間隔を空けて後に続く。
あとなんかつけなければよかった。
旧校舎の図書室奥。その窓際に座った二人は楽しそうに話をしていた。
声が小さいので話の内容は聞こえない。
でも私は見てしまった。アリステア様が何か言った後、オスカー様が照れたような顔をした。
そして、いかにも幸せそうな笑みを浮かべたのだ。
私がみたこともない笑みを。
その場をどうやって離れたのかわからない。そのあとの記憶も曖昧だ。
私は気が付くと寮の部屋に一人居た。
侯爵家の私は最上階の一室を使っている。
その部屋のベッドの上で枕に顔をうずめていた。
頭の中はアリステア様に向けたオスカー様の微笑みでいっぱいだ。
もう……ダメなのだろうか。オスカー様の心はアリステア様のものなのだろうか……
胸が痛くてたまらない。
諦めろと思う心の中に諦めたくない心がある。
しばらく悶々と考えて私は決心した。気のせいだと思おう。オスカー様に何か決定的なことを言われたわけではない。私は私でオスカー様のためにできることを頑張ろう。
そして何ができるか考えて、差し入れをしたらどうだろうと閃いた。
今、生徒会の方々は非常に忙しく、連日遅くまで仕事をしていると聞いた。
甘いものなど欲しくなるのではないか?
思いついたら居てもたっても居られなくなった私は街に差し入れのお菓子を買いに行くことにした。
寮のエントランスでちょうど帰ってきたファニーと出会った。
「あら、レティ、どこ行くの?」
「ファニー!毎日頑張っているのね。お帰りなさい。
ちょっと街まで買い物にいってくるわ」
「え?もうすぐ日が暮れる時間よ。待って、一緒に行くわ」
「大丈夫よ。ファニーも学園祭前で疲れているでしょう。ゆっくり休んで」
「でも……」
「街まで近いんですもの。大丈夫よ。夕食までには帰ってくるわ」
それから一時間半後、情けない気持ちでいっぱいになりながら、私はベンチで痛む足をさすっていた。
ダンヴィード王立学園のある学術都市はとても治安がいい。学園の寮から街までの距離も近い。
だから私はパッと行ってすぐ帰れば寮の夕食に間に合う時刻には帰ってこれるだろうと考えたのだ。
街で人気の菓子店へ行き菓子を包んでもらう。生徒会に差し入れる分とは別にファニー、アンネ、ライの分も個別に包んでもらった。それと生徒会への差し入れとは別にオスカー様の分も。
大量に購入した菓子を持ち店を出てしばらく歩いて気が付いた。
後ろから二人の男が後をつけてくることに。
今はまだ人通りの多い繁華街だが、抜けて寮に行く道は急に人が少なくなる。
王都にいたときは従者なしで街に出たことも徒歩で街に出たこともない。学園に入ってから友達と街に気軽に出かけることも増え私は油断してたのかもしれない。
だんだん怖くなってきて私は足を早めた。私が足を早めると男たちも早める。
気持ちは焦っているが、私の表情はほとんど変わっていないと思う。冷たく見える表情も役に立つこともあるんだと知った。
通りの向こうに学術都市駐屯の騎士の姿が見えほっと息をついたとき、男の一人が肩を掴もうとしてきた。
私は反射的に手に持っていた物を男たちに投げつけ、騎士の方へ走った。
大量の差し入れ。大量のシュークリームを。
騎士の姿を見た男たちは舌打ちして去っていった。
カスタードクリームと生クリーム、パイ生地にまみれた姿で。
男たちはいなくなったが、差し入れもなくなった。これでは何のために街に来たのかわからない。
おまけに足をひねったようで歩いているうちに痛くなってきた。
泣きたい気持ちを抑え、足を引きずって歩き、途中の公園で一休みしていたのだ。




