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事象=王都にて

王都に、暖かい日差しと甘い風が流れている。


王都に春が来たことを、そよ風が街の人々の耳元で優しくささやいていた。


その暖かさが、王都にいる人々の心を優しく包み込んでいる。


市井の市場では、人々が行き来し、その活気は王都を穏やかな空気を注ぎ込んでいる。


法務局にいるビョルン・トゥーリも、その雰囲気に浸りながら、時折ときおり、眠気に誘われていた。


終身法務官を戴いてから五年近くになるが、ビョルンはその役職に恥じぬ活躍で王都だけでなく、各属州にもその名を轟かせている。


褐色の肌は祖先から続く血筋の流れであり、10代の頃から白髪と相まって独特の外見を施していた。


法務官としての日々が眉間に皺を寄せさせてはいるが、下ろした前髪が外見を少し若く見せている。


そんな彼の元に、神官ジーノから手紙が届いたのは、穏やかな日が続くそんな日のことだった。


手紙の内容を確認すると、そこには西属州にある第二都市マウレタニアで起こった放火事件とその詳細が書かれていた。


そこで<異世界からの転生者>の話を知った彼は、神官ジーノの助言通りに、すぐに法務局長官のアトルシャン・ワーグナーに報告後、各法務局支部へ注意勧告を促した。


この場合、ビョルンは極めて真面目な対応を行うことが多く、何か手遅れにならないようにするための行為の一つと言えた。


だが、その一か月後に今度は王グスタフの三男であるフィリップ経由で、神官ジュリアンから<転生者>と共に<ヒロイン>と<悪役令嬢>に関する内容を知ることとなった。


ジュリアンの手紙には、最後にこのように書かれていた。


・・・今後も、このような出来事が起こる可能性があります。その中心と思われる人物の名は、レナトゥスと言います。調べて頂けると助かります。


「それでいかがしますか?」


法務官でありビョルンの補佐官である、エヴァ・ハヴィランドが今後の対応を尋ねる。


補佐官として、すでに三年近くビョルンの側にいる彼女は、静かに彼の行動を見つめる。


「そうですね・・・このような場合は最初にレナトゥスという人物がいるかどうか調べましょう。

まず、年齢的に見て十代から二十代前半と当たりをつけて、出生証明書を元にこの年代で名前がレナトゥスである男子を探します。ここで該当した者の中で、少子の死亡届に記録された名前と一致する者がいないか、さらに調べてみましょう。もし一致する者がいれば、他人の死亡届が担当者にわざと放置されて、未だ生きている扱いになった他人に成り代わっていることになるので、戸籍の偽造で拘束することが可能でしょう。ですが、期待はできないでしょうね」


「はい。最初から偽名を使うことを前提にしていたら、戸籍の偽造などレナトゥスと言う人物にとって想定内のことでしょうし」


二人は、レナトゥスと言う人物が法務官が動き出すことくらいは想定内だろうと考えていた。


「ですので、期待はしていません」


「他の場所でも同じ事を行っていた場合は、他の名前も使用している可能性も否定はできませんしね」


「ええ。ですので私はフィリップ殿下とジュリアン殿にはこう返信して下さい」


ビョルンは、一枚の紙に筆を走らせる。


「まず、第一に被疑者であるジャビエンヌと言う令嬢に、彼女の言う<物語>を書かせて下さい」


「<物語>をですか?」


エヴァは、少し驚きながら訪ねる。


「そうです。私たちは<物語>の内容を知らなければならないと思います。<悪役令嬢>や<ヒロイン>という言葉以外にも、何かあるかもしれませんし、なにより、なぜ婚約破棄を行うのかも知らないといけません」


「それに、彼女がその際に書く文字がもし<異世界>のものならば、彼女が本当の<転生者>だと確定できますしね」


「そうです。ですので、第二に目撃者であるトリスタン少年にその<物語>を見せて下さい。彼が本物だと言えばジャビエンヌ嬢が<転生者>だと証明できると思いますよ」


「ですが、トリスタン少年が<転生者>ではない可能性も否定できません」


「だからこそ<異世界>の文字が出てきたらトリスタン少年に文字を読ませるのです。二人が同じ内容を話せるのなら彼らは<異世界>の者だと証明できます」


「確かに」


エヴァは納得する。


<異世界からの転生者>とはどんな存在なのかを本人から聞くには確かにこの方法が最善のものだとエヴァも理解する。


「この第二の内容が本題になります。この内容をレナトゥスと言う人物が知っているのなら彼も<異世界>の事を知る者になるでしょう」


ビョルンとしてはジャビエンヌが書くその<物語>にレナトゥスに繋がる参考になるのではと考えていた。


「この国には吟遊詩人のような語り部以外だと農業書や歴史書など実用的なものしか存在しない。字に起こした語り部はあまり見かけたことがない。反対に<異世界>には語りを字に起こす文化が存在すると考えても良いだろうね」


「しかし<異世界の転生者>と言う言葉は初耳です。本当にいるのか今でも疑問に思います」


「だが、目の前にある言葉は事実だと捉えるのが我々法務官の義務だ。それが嘘であったとしてもきちんと訂正すれば法に準じて審問はできます」


その言葉にエヴァは頷く。


「ビョルン様、これ以外は何かありますか?」


「可能ならトリスタン少年を王都に呼びたいです」


「すでに近衛騎士団の警備で少年の呼び寄せは近日中に可能になると思います」


「相変わらず手際が良いね」


「これでもビョルン様の法務官ですから」


エヴァが微笑む。


「では、我々はしばらく様子を見るとしましょう。これ以上の相手の動きがないことを願いますが・・・そうは簡単にはいかないでしょうね・・・」


ビョルンの予想通りに各属州では<転生者>と名乗る者たちの事件が少しずつだが発生していた。


その数は四件だったが、そのどれもが<転生者>自らの手による婚約破棄騒動や<転生者>に教唆されての子息や子女たちの婚約破棄騒動だった。


うち半分は傷害事件と詐欺事件が裏で発生しており、罪人である彼らは拘束されていた。


ジュリアンたちに返信後は事件の起こった各属州の法務官に対して<レナトゥス>の名前を確認しなければならない。


そのためにもジャビエンヌの証言だけでは弱すぎるとビョルンが考えている。


<異世界>のことを知るには<異世界>にいた者にその内容を書かせるのが最善の方法ではないだろうか。


ビョルンはそう考えるしかなかった。


彼自身も経験したことのない事案なのだから。


「では、すぐにこの内容をフィリップ殿下と神官ジュリアン様に伝えます」


「お願いします」


そう言うとビョルンは席を立つ。


「どちらに行かれるのですか?」


「資料室です。可能性は低いですがもしかしたら<異世界の転生者>を名乗る者がいるかもしれません。まずは五十年間の調書の中にいるのか調べます」


「ビョルン様、さすがに徹夜になりますよ」


「はい。ですので私は今日は法務局に泊まります。あなたは帰って大丈夫ですよ」


「ですが・・・」


「あなたには私の日程を管理する仕事もあります。それに明日の起床はあなたの担当になるのですよ」


「そうですけど・・・今日の夕食は一緒に行く予定ですし・・・」


エヴァは軽く拗ねた態度を取る。


「大丈夫ですよ。夕食の予定は変えません」


ビョルンは微笑む。


「わかりましたよ。でも、無理はしないで下さいね」


「そのつもりです」


その足で資料室に入ったビョルンは棚に置かれている調書を手にする。


この中に少しでも何かしらの示唆されたものがあると嬉しい。


そんな期待をしながらビョルンは<異世界>について調べ始めるのだった。

〇主な登場人物


ビョルン・トゥーリ・・・主人公。終身法務官。


エヴァ・ハヴィランド・・・法務官。ビョルンの補佐官も務める。

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