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魅了=東属州にて

ジュリアンの元に、王都の神祇局から手紙が届いたのはカイルの死から三日後のことだった。


報告者は神官ジーノであり、西属州にある第二都市マウレタニアで起こった放火事件の詳細が書かれていた。


・・・異世界からの転生者


なんとも奇妙な言葉だとジュリアンは思った。


神に仕える身としては転生と言うものは信仰心の清き者が神から与えられるものだと考えられている。


しかしながらこの場合はまず<異世界>と言うものが異端でしかなかった。


・・・だが、頭ごなしに否定して良いものか・・・


ジュリアンは神官を戴く前は法を司る法務官であった。


現実を現実として自覚させることで罪を犯した者たちに罪を償わせることが使命だった。


そう考えると自分もある種、異端だとジュリアンは思う。


その一方で彼はフィリップが担当するカイルの殺害事件が気になっていた。


公爵であるカイルを殺害したのは誰なのか、短絡的に見えるこの事件が何か不穏なものではとジュリアンは考え始めていたのだ。


「ジュリアン様、お話があります」


部下である神官がジュリアンを呼ぶ。


「どうしましたか?」


「今、表に少年が来ておりましてジュリアン様にお話ししたいことがあると」


「なるほど・・・」


ジュリアンは正面玄関へ向かうとそこには街で見かけたあの少年がいた。


「君は・・・」


少年はジュリアンに声を掛けられると一旦顔を伏せるがすぐに何事か決意したかの如く顔を上げた。


部屋に通された少年の名はトリスタンと言う。


彼はカイルが子息とジャビエンヌに連れられて水路の方へ歩いていくのを目撃したと言う。


少年は馬車に三人が乗り込むところを目撃していたのだった。


では、なぜ彼らに興味を抱いたのか。


それはジャビエンヌが馬車に乗り込む前に放った言葉だった。


・・・私はヒロインですから。


その言葉が少年にとって重要な言葉だった。


他人から見れば何もない言葉だった。


だが、少年は知っていた。


・・・あの人も。


だからこそ、少年は彼女の乗った馬車から目が離せなかったのだ。


「君はその馬車が水路に向かうのを目撃した後はどうしたんだい?」


「怖くなりました」


「それはどうしてだい?」


「カイル様が亡くなったと知った時、あの女の人がもし自分を見ていたらどうなるのか考えてしまったのです」


少年は震えている。


「君の勇気に感謝する」


だが、フィリップに伝えたところでジャビエンヌは否定するだろう。子息も現場に彼女はいなかったと話すだろう。


「ちなみに<ヒロイン>とはどんな意味なのかな?」


「<ヒロイン>は物語の主人公の意味です。あの女の人が話した言葉はこの世界にないかと・・・」


・・・君はなぜそれを知っている?


ジュリアンはそう尋ねたかった。


だが今はそんな訳にはいかない。


少年の精神が幼過ぎるのだ。


ジュリアンは後日、少年の話を聞くことにして今回の証言をフィリップへ伝えるのだった。



午後に入り、フィリップがジュリアンを訪問した。


話の内容に関してはジュリアンは察していた。


カイル公爵の事件だろうと。


「事件はジャビエンヌに促された一人の子息の犯行だった」


フィリップが語るにはその子息は婚約済の令嬢がいたのだが、ジャビエンヌに心を奪われてそのまま交際を始めた。


だが、ジャビエンヌとの交際は両親を激怒させた。


そもそも貴族同士の婚約とは利害関係を含んだ重要なものだった。


若くて世間を知らぬ子息にはこの意味が全く理解できていなかった。


両家の話し合いの結果は婚約破棄であり、子息は家に残ることは許されたものの彼の弟に当主の後継者を譲ることになってしまった。


現実を受け入れられない子息はジャビエンヌに相談した。


ジャビエンヌは彼にこう語った。


・・・カイル家の長子であるパトリシアと婚約すればいい。


それには当主であるカイルが邪魔だった。


そこで彼は自らの手でカイルを殺害したと言う。


「あまりに短絡的ですね」


「ああ。だが、ジャビエンヌはこの子息の証言を否定している」


「そうでしょうね。自らの罪を認めるような方には思えません」


「そこでだ、俺はジュリアン、君に彼女の審問をお願いしたい」


「私がですか?」


「そうだ。君は法務官の経験がある」


「今は神官ですよ。そんな勝手は許されないかと」


「神祇局の支部長にはすでに願い出て許可を頂いた。だから心配する必要はない」


フィリップの申し出にジュリアンは考え込む。


今考えると彼女を審問すべきかもしれない。


それにジーノの報告にあった<異世界からの転生者>と言う言葉が頭に引っかかっていた。


「わかりました。審問しましょう」


「ありがたい!」


フィリップはすぐさま審問の日程と場所を用意した。


翌日の午後、ジュリアンはフィリップに連れられて旅団の屯所にある応接室に案内された。


そこには今回審問する令嬢がいた。


波巻きのかかった金色の髪は男性だけでなく女性から見ても美しく見えるだろう。


顔立ちも高貴な者らしく肌の艶も良く何より蒼い瞳は男性を魅了するのに十分な要素だった。


「初めましてジャビエンヌ様。私は神官を務めておりますジュリアンと申します」


ジュリアンは右手を胸に当てながら礼をする。ジャビエンヌもカーテシーを行う。


「神官様が審問とは珍しいですわね」


「今回は特別に許可を頂いております」


「それはあちらの方の提案ですか?」


ジャビエンヌの視線がフィリップに向く。


「はい。なにせ私は神官の前に法務官を戴いておりましたので」


「あら、そうなのですか。ジュリアン様は優秀な方ですのね」


「優劣は私にはわかりません。ただ今の私はあくまであなたを審問するだけのことです」


「ジュリアン様は真面目ですのね。私はそのような方が素敵な方だと思いますわ。後ろに控えるフィリップ様も」


まるで魅了するかの態度でジャビエンヌは微笑む。


その瞬間、ジュリアンは背中に悪寒が走る。


これでは子息たちが心を奪われるのは当然ではないか。


ジュリアンは神官であり前の法務官であるため女性への対応に関しては影響を受けない訓練を受けている。


だからこそジャビエンヌのような女性ほど危険視することができた。


だが、世間も知らぬ色恋に興味がある若者なら彼女の魅力には惑わされるだろう。


実際、彼女に関わった貴族階級の子息たちは彼女に惑わされてしまったのだ。


「今回はすでに事件の詳細に関してフィリップ殿からお聞きになっていると聞いています。ですので繰り返しの聴取はしない考えです」


「あら、神官様はお優しいのですね。遠慮なく聞いて頂いても大丈夫ですわ」


「もし聞くことになりましたらその際は遠慮なく聞くと思いますよ」


ジュリアンは微笑む。


すでに彼は昨晩のうちに彼女や子息たちの聴取の報告書から質問を考えていた。


「あなたがカイル様と会っていたと証言が出ました」


「それはどなたが言ったのかしら」


「街の住民です。事件の日、あなたが子息殿と共にカイル殿を馬車に無理やり乗せたところを目撃しております」


「その日は私は屋敷におりました。外には出ておりません」


「ええ、子息殿も馬車に乗せたのは自分だけだと話しております」


「ではその証言は嘘と言うことになりますわね」


「果たしてそうでしょうか」


ジュリアンは次の一手を打つ。


「物語の主人公、つまり<ヒロイン>にあなたはなりたいのですね」


ジャビエンヌの表情が無になる。


「ジュリアン様、一体何のお話なのですか?」


「いえ、あなたがもし<ヒロイン>と言うなら罪を犯すはずはないかと」


「何を言っているのかわかりませんわ」


ジャビエンヌの目が吊り上がるのをジュリアンは確認する。


「ですが、罪を犯した場合は果たして<ヒロイン>になれるのでしょうか?」


「さあ、私にはわかりませんわ」


ジャビエンヌはすぐさま否定する。


「あなたは子息たちの前でパトリシア嬢は<悪役令嬢>とおっしゃりましたね?」


「いえ、話していないわ」


「答えが『ない』ばかりでしたが、私は一つだけ確証を今得ました」


「それは何かしら?」


「あなたを目撃した人物はあなたの話した言葉であなたが乗る馬車を見続けた。それはなぜだと思います?」


その瞬間、ジャビエンヌが立ち上がる。


「嘘でしょう・・・」


すべてを察したジャビエンヌは動揺のあまり口元を手で押さえる。


「やはりそうですか」


少年の話を聞いてジュリアンはすでにこう結論付けていた。



・・・少年はジャビエンヌの言葉を知っていた。それは異世界にいた同士でしかわからないと。


ジーノの手紙には<異世界からの転生者>の話が書かれていた。


ジュリアンは神官である前に法務官であった自分に改めて立場を置き換えて推測した。


結果としてこのような結論を出したのだが、確証を得たのはジャビエンヌの態度だったのだ


「あなたは軽々しく話していたようですが、あなたのような存在が他にいるとは考えなかったのですか?」


「だって!だって!この世界は小説と同じなのよ!!」


その言葉にフィリップたちも驚きを隠せない。


「私にはあなたの話はわかりません。ですが、あなたが子息たちを利用した事実は変わりません」


「でも、パトリシアは<小説>だと<悪役令嬢>なの!!私は彼女に苛められた被害者なの!!」


「実際はどうですか?彼女に苛められましたか?」


「・・・それは」


この事実は誰もが知っているがジャビエンヌと子息は頑なに否定していた。


「あなたは自らの意思でカイル殿を殺害した。これは婚約破棄など比較にならないほどの重罪です」


「違うの!私は皆に助けてほしいと言っただけなの!」


「フィリップ殿、彼女は罪を認めました。拘束をお願いします」


「わかった」


フィリップは部下の女性騎士に銘じてジャビエンヌを拘束する。


ジャビエンヌは大声で「私は悪くない!」と涙を流して叫びながら連れ出されてゆく。


その時、彼女の口から一人の名前が出たのだ。


「レナトゥス!!」


一瞬だが、ジュリアンとフィリップは動きを止める。


特にジュリアンはその名前に聞き覚えがあった。


それはジーノの報告書に書かれていた名前と同じものだった。


「フィリップ殿、西属州にある第二都市マウレタニアで起こった放火事件をご存じですか?」


「ああ。噂で聞いている」


「その裏で関わりがあるとされる人物の名前はレナトゥスと申します」


「なんだと・・・」


「これは仮定として話しますが、今後も属州でこのような事件が起きるかもしれません。王都ももちろんのことです」


「確かに近衛騎士団や各旅団にも情報は共有すべきだな」


フィリップは頷く。


「フィリップ殿、私の手紙を急ぎ王都にいる終身法務官ビョルン・トゥーリに届けて頂きたいのですが?」


「わかった。そちらにもすぐに使者を送る」


フィリップがすぐに部下たちに指示を出す。


その様子を見ながらジュリアンは考えていた。


あの少年の聞き取りは私だけでなくビョルンにも立ち会ってもらわなければならないと。


それはビョルンでなければ気付かない何かがあるのではと思うジュリアン自身の問い掛けだった。

追加の登場人物


トリスタン・・・キリキアに住む少年。カイル氏殺害事件の目撃者。

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