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惹起=西属州にて

王都に向けて、ガゼルに関しての報告書が送られてから、すでに四日が経過していた。


その間にも、ガゼルの取り巻きである貴族階級や騎士階級の子息たちの聴取は続いていた。


彼らは、一様にガゼルがアミールと少女に苛めを受けていたと信じていた。


だが、ガゼルが異世界から来た転生者である事に関しては、彼女から何も聞いていないと答えた。


この報告を法務局の支部長から聞いたジーノは、ガゼルの行動に疑問に呈していた。


・・・どうして彼らに言わなかったのだろうか


言えない何かがあったのだろうか。


では、その理由は何なのか?


その疑問を胸に抱えたままジーノは、神官としての職務を守り続けていた。


それは、突然起こった。


その夜は、ジーノとジョヴァンナはすでに就寝していた。


お互い仕事が忙しく、二人とも夜の営みも浮かばずに、お互いに気を遣い休息を優先していた。


だが、眠りを妨げる騒動が二人を眠りから覚ました。


「どうしたのかしら?」


ジョヴァンナは、上着を着ながら窓の外を見ると、すぐさま夫の名前を呼ぶ。


「あ、あなた!!」


「どうした?」


ジーノは、ジョヴァンナの傍に寄ると同じく窓の外を見る。


「火事か・・・」


見つめる視線の先では、街の奥が夜の闇の中で炎が明々と照らし出していた。


「あの場所って、ラサール家の屋敷があるところかしら・・・」


ジョヴァンナが呟く。


すると、玄関を叩く音が聞こえた。


ジーノは、すぐに玄関へ向かうとのぞき穴を見る。


訪問者はジーノの部下の神官だった。


すぐに、ジーノは玄関を開ける。


「どうしたのですか?」


「ラサール家が火事です!!」


ジーノの部下は息も途切れ途切れで報告する。


「本当ですか!?」


「はい。すでに旅団含め消火活動に向かっています」


「ラサール家の人々の安否は?」


「わかりません。まだ屋敷の中にいる可能性が・・・」


「あなた!!」


ジョヴァンナが駆け寄る。


「私たちも屋敷に向かいましょう」


「そうだな」


ジーノとジョヴァンナは、急ぎ準備をするとラサール家へ向かう。


治癒院に勤めるジョヴァンナは、家にある救急箱を抱えていた。


ラサール家の屋敷に近づくにつれ、木の燃える匂いが段々と濃くなってゆく。


その周りでは、旅団の騎士たちや街の人々が消火を行っていた。


ラサール家の屋敷に到着した頃には、屋敷全体は大火に包まれており、消火活動は困難を極めていた。


ジョヴァンナは、外の庭で怪我を負った人々の治療を始めていた。


だが、怪我人の中にガゼルや両親の姿はなかった。


「ジーノ殿」


現場に駆けつけていた法務局の支部長が声をかける。


「支部長殿、これはどうしたのですか?」


「どうやらガゼル嬢が自ら火を放ったようだ」


支部長が沈痛な面持ちで答える。


「火を自らですか・・・ご両親の姿もありませんがまさか・・・」


「おそらくまだ屋敷の中だろう・・・」


支部長の表情が、生存の可能性がないことを示す。


ジーノは、屋敷を見る。


どう見ても、屋敷に居れば誰も助からないだろう。


「今は、消火が終わるまで待ちましょう。我々は屋敷の者たちに何があったか、聞き取りをします。ジーノ殿は、神祇局へ報告をお願いします」


「わかりました」


ジーノは、その足で神祇局へ向かう。屋敷の周りには、街の人々が多く集まり消火の様子を見ていた。



彼らが口々に


「ガゼル様は狂われたようだ」


「婚約破棄されたアミール様に同情しますわ」


と話しているのが聞こえる。



彼らにとっては、ラサール家は醜聞にまみれた恰好の的になってしまっていた。


神官であるジーノにとっては、あまりよろしくない印象を受け取ってしまう。


どんな理由であれ、醜聞と言うのは気持ちの良いものではない。



屋敷の消火活動は朝まで続いた。


貴族階級であるラサール家の火災は、ガゼルの放火の疑いが出たため、法務官や神官であるジーノも現場検証に立ち合うことになった。


ジーノは、旅団の騎士たちや法務局の支部長と共に、火の出処であるガゼルの部屋に入ると、そこには白い布を被せられた遺体の存在が確認された。


「あそこにあるのは?」


「ガゼル嬢です」


「ご両親は?」


「隣の部屋です。重なるように亡くなっておりました」


「そうですか・・・」


なんとも言えぬ気分だった。


これで、ラサール家は消えた。


それだけでも、悲しいことだとジーノは思った。


「関係者の証言では、ガゼル嬢が突然発狂されたそうです」


「それで火を放ったと?」


「はい。家の者たちに対して<私は異世界からの転生者なの!どうして誰も信じてくれないの!>と叫びながら、ランプの油を使って、自分の部屋に火をつけたそうです。カーテンから燃え広がった火は、瞬く間に燃え広がりました。ガゼル嬢のご両親も、彼女を救おうとしたそうですが、煙に巻き込まれてしまい、助け出すことも逃げ出すこともできず、あのような様子で発見されました」


その話を聞いて、ジーノは残念でならなかった。


婚約破棄騒動を起こしたとはいえ、矯正の余地はあったとジーノは考えていた。


別の世界からの転生者と名乗ったこともあったが、それでも彼女はまだ若く、この後の人生も続けることは可能だったはずだった。


だが、彼女は死を選んだ。


しかも、両親を道連れにして。


「ジーノ殿」


支部長が声をかける。


「どうしましたか?」


「実は生存者の中に侍女長がおられるのですが、皆様に話したいことがあるそうです。一緒に立ち合いをお願いしてもよいでしょうか?」


「わかりました」


ジーノは支部長に連れられて、旅団の屯所へ向かった。



屯所の会議室に案内されたジーノと支部長は、そこでラサール家の侍女長に会った。


侍女長は、長年ラサール家に仕えており、ガゼルを幼い頃から知る人物の一人だった。


前日の火事で仕えていた主やその娘が亡くなった状態で、侍女長の心労は最高に達していた。


それでも、彼女が話したいことがあると言うことで、旅団の騎士たちは場所を用意したのだった。


「この度は予期せぬこととはいえ、心中お察し致します」


「・・・ありがとうございます」


「それでさっそくなのですが、お話したいことがあるそうですが、いかがしましたか?」


「・・・その・・・」


「もし疲れているのでしたら、後日、改めてでも構いませんが?」


「いえ、話します!今話すべきだと思っております!」


侍女長は身を乗り出す。


「落ち着いて下さい。大丈夫ですから」


支部長が侍女長を落ち着かせる。


「それはどんなことでしょうか?」


「ガゼル様のことでございます」


侍女長は語り始めた。


それはガゼルが婚約破棄を言い出す前、つまり彼女がすべてに置いて変わり始めた時の内容だった。


「ガゼル様が変わられたのは・・・三年前あたりかと思います。それまでは、何事もなく過ごしておられました。我々侍女や執事や使用人たちにも優しくて、私たちはガゼル様を慕っておりました。それが・・・ある日のことです。屋敷に一人の男性を連れてこられました。その方と関わってからお嬢様は変わられました」


「変わられた?」


「はい。お嬢様はその方と一緒に過ごすことが多くなりました。同時に、お嬢様はより明るい性格になられたようで、毎日、その方のお話ばかりしておりました」


「それは恋でしょうか?」


「いえ、それよりも憧れという印象がございました」


侍女長は続ける。


「その方は、一ヵ月後にこの街から離れられました。お嬢様はその日以来、お変わりになりました。翌日から、お嬢様は恋人がいる男性の方々に、お声をかけ始めましたのです」


「つまりは、他の方々の恋人を奪い始めたのですね?」


「はい」


その話を聞いたジーノは、ガゼルがその日から変わったのではと考え出した。


そして、ガゼルは<逆ハーレム>と言うのを作り出したと言うことなのだろうか。


もしそうなら、街から離れた男が気になる。


「ご両親は、止められなかったのですか?」


「最初は止めておいででしたが、いつの間にか・・・ガゼル様を信じており、私たちが話しても聞いて頂けなかったのです」


「ご両親は何かおっしゃっていましたか?」


「はい、ガゼル様・・・娘は本物の転生者だと・・・」


「信じてしまったきっかけなどありましたか?」


「わかりません。ただ・・・主様や奥様は何かに取り憑かれたような感じが見受けられました」


「なるほど」


ジーノは考える。


ガゼルがどのようにして両親を信じ込ませたのか・・・。


しかし、答えはすぐに浮かばない。


「最後にお聞きしますが、ガゼル嬢が会われていた、その男性の方のお名前はわかりますか?」


「確か・・・レナトゥスと名乗っておられました」


「レナトゥスですか・・・」


ジーノは困惑する。


レナトゥスの意味をすぐに思い出したのだ。


レナトゥスとは


<再生>


<生まれ変わる>


と言う意味だった。


「家名はわかりますか?」


「いえ、そこまでは・・・」


「そうですか・・・」


こうして、侍女長の聞き取りが終わった。


結局のところ、ガゼルが放火をしたのが、今回の火災の原因で収束した。


だが、ジーノは侍女長が語った名前が気になっていた。


「・・・レナトゥス」


別の世界からの転生者と、再生や生まれ変わりの意味を持つ名前の男。


ジーノには、決して偶然とは思えなかった。


また、言い知れぬ不安もまだ抱いていた。


「やはり、王都に改めて報告すべきだ」


そうつぶやくと、ジーノはすぐさま王都にある神祇局に向けて、筆を執るのだった。

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