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審問=王都にて

これで解決編の最後となります。

ビョルンが最初に語ったのはレナトゥスの名前のことだった。

「まず私は君の本当の名前を知ろうと考えました。そこで亡くなった子供の名前を使った戸籍改竄が行われたか調べました。結果として候補を見つけましたがその名前まで辿り着けませんでした」

「それはそうだよ。僕の名前は再生や生まれ変わると言う意味だからね」

「そこで私は考えました。それはレナトゥスと言うのは亡くなった子供の名前ではなく、俗称か身近の近親者ではないかと」

「それでどうだったの?」

「あなたが話してくれた<王グスタフへの復讐>が一つの示唆になりました」

「そうなんだ。でも、本当にわかったの?」

ジョルジュはおどける。

「そうですね。私はある数学者に会いました」

数学者の言葉にジョルジュの笑みが消える。

「その方は統計と言う数学を私に教えてくれました。その際、その方は一人の数学者の名前を見つけてくれました。その名前は・・・」

「レナトゥス・ダリューだろ?」

ジョルジュは冷たく呟く。

「はい。この名前が<王グスタフへの復讐>に繋がると私は考えた時、私はこの名前があなたの祖父の名前だとようやく辿り着くことができました」

「<ドゥラスでの虐殺>だろう?」

「そうです。ドゥラスが隣国に攻められたために一夜にして虐殺が行われました。その犠牲者の中にある数学者の名前がありました。レナトゥス・ダリュー。あなたの祖父です。私は改めて神祇局に頼んで戸籍を洗い直しました。彼の戸籍には必ず孫である人物がいるはずだと。結果、あなたの名前、ジョルジュ・ダリューを見つけ出しました。おそらく<ドゥラスでの虐殺>の話がなければ厳しかったでしょうね」

ビョルンがゆっくりとジョルジュたちの周囲を歩き出す。

「私はフィリップ殿下に頼み王グスタフから執政官に就任して以来、これまでに失政したものがあれば思い出してもらいました。王グスタフがアルフレッド皇子に毒を盛られる前にです。そこで王グスタフが唯一失政した出来事を幾つか知りました。その中で<ドゥラスでの虐殺>が浮かび上がります」

「奴も覚えていたんだ」

ジョルジュが呟く。

「王グスタフの話を受けた上で私は今度は<異世界からの転生者>はどう生まれるのかを知るためにマグナ・シュラクサイにいる数学者コンスタンディノス・トランティニャンことコスタ殿に面会しました。最初に話した数学者です」

「聞いたことはあるよ。あの変わり者の彼だね」

「はい。コスタ殿はあなたの祖父が学会で発表した統計のことを教えてくれました。そして、あなたの祖父がドゥラスにいたことを思い出してくれました」

「まったく要らないことをしてくれるね」

ジョルジュが不快感を示す。

「隣国が攻めた際、あなたは戸籍では死亡となっています。あなたはあえて戸籍を失った状態にして復讐を誓った」

「そうだね。君の言う通りだよ。祖父の名前はレナトゥス・ダリュー。真面目な人だったけど僕には大切な人だった」

「ですが、王グスタフはドゥラス周辺の支配を確実にするために政治的判断であなたのいた街を見殺しにした。結果としてあなたのような復讐者が産み落とされました」

「僕は見ていたんだよ。虐殺の現場をね」

ジョルジュの脳裏に忌まわしき光景が蘇っていた。

街の人々が否応なく隣国の兵士に殺され、住処は放火され破壊されてゆく。

逃げ惑う人々のその中で祖父が死体と折り重なるように倒れている。

その姿を見ながら逃げる幼い頃の自分の姿が浮かんでいた。

「ドゥラスの長は最初から騎士団に街を守ってくれと応援を呼んでいたんだ。でも、王グスタフはその願いを無視をしたんだ。僕の目の前で幾人の人々が祖父も殺された」

ジョルジュがビョルンを睨みつける。

「でも、復讐する権利は僕にはあると思うんだけど?」

「ええ。だからこそあなたは今回、<異世界の転生者>を使った復讐劇を考えました」

ビョルンは呼吸を整えると話を続ける。

「私はあなたがどうやって<異世界の転生者>の存在を知ることができたのか、その事が一番気になっていました。このようなことはおいそれと簡単には出来ようもない。ならばそれを手助けした者がいるはずだと」

「もしその推測をするなら僕の周りにはいないと思わないかい?」

「そうです。あなたの周りにいるのは<異世界の転生者>であって、<異世界の転生者>の生まれる状況を知る者たちではありません。私はふと思いました。そもそも<異世界の転生者>の生み出る時期を知っている者はこの世にいないのではと」

その言葉にジョルジュの無表情から険しくなる。

「あなたはその者から<異世界の転生者>の存在を聞いた。そればかりか生み出される時期がどの辺りなのかもその者が教えられたのです。その者の名はあなたの祖父であるレナトゥス・ダリューです」

ビョルンはさらにレナトゥス・ダリューの正体に踏み込む。


「レナトゥス・ダリューこそ<異世界からの転生者>でした」


でなければジョルジュが<異世界からの転生者>の存在を知る術はなかった。

血の繋がりがあるからこそ、ジョルジュは祖父の話を信じることができる。

「そうさ。ドゥラスでの虐殺が起こる前に祖父が僕にすべてを教えてくれた。最初はね、僕は祖父の言葉を信じられずにいた」

「そう、あなたは信じられなかった。だが、祖父のある告白があってこそあなたは祖父を信用した」

するとジョルジュが拍手をする。

「素晴らしいよ、ビョルン殿。ここまでわかっていたとは思わなかった。と言うことは周期のこともわかっているんだよね」

「ええ。<異世界>からこの国へ生まれ変わるのは春の時期。<異世界>で冬の時期に亡くなった者たちが転生します。これはトリスタン君の話を聞いて確証を得ました。あなたの祖父もこの法則によってこの世界に来たのでしょう」

「そうなんだ。彼も冬の寒い時期に亡くなったんだ」

ジョルジュは言い知れぬ表情をする。

「彼の証言があってこそ、この<転生>の周期は導かれたと考えて良いでしょう」

「それで僕が<異世界からの転生者>を生まれる条件を知ったとしても彼らを簡単に見つけることはできないよ」

「これは私の想像です。まず、あなたが戸籍を偽る方法は幾らでもあります。亡くなった子供の名前を使って他の場所で出生届を出し直す。その後、どこかの神祇局の支部で勤めると十代から二十代の<異世界からの転生者>と思われる候補者を選ぶとあなたは密かに彼らに会いました。あなたはこう言います。<悪役令嬢>や<ヒロイン>、または<小説>や<転生>などでしょうか、もし<異世界からの転生者>ならば彼らはその言葉に反応します。あなたはそうやって彼らを導いていったのでしょう。婚約解消と言う悪意を生みつけながら。これはあなたが隣国での成功例を見れば明らかでしょうね」

「そうだね。試しに隣国で婚約破棄を起こされたらまさかの内部崩壊で内乱まで起こったんだ。自分の考えは間違っていなかったと思うと笑いが止まらなかったよ」

「それであなたはこの国に戻ってきた、王グスタフへの復讐のために」

「その通りさ」

「それにあなたは・・・」

ビョルンは改めてジョルジュに向き直す。


「あなたは転生者ではない。そうでしょう?」


祖父であるレナトゥスの名前を使ったこと自体がその証拠だとビョルンは考えている。

それに祖父の話を最初は信じていないと語ることでそれはジョルジュの告白と認めたことになる。

「さすが終身法務官殿だ。君の考えた通り、僕は転生者ではない。すべては祖父の話していた内容を語っていただけさ」

ジョルジュが感服する。

「でも、それがわかったところで僕の復讐の妨げにならないけど?」

「王グスタフはフィリップ殿下に話されました。<ドゥラスの虐殺>があったと認めて、それが自らの責任であなたの故郷を見捨てらことを謝罪されておりました」

「今更だけど元には戻らないよ」

「その通りです。ですがまだあなたには引き返せる機会はあります」

「でも、騒乱の火は止められないよ。各地で転生者を奉じた反乱分子が動いているよ」

「ええ。ですので私も最低限ですがこの国を守る手を打ちました」

「へえ・・・どんなことをしたんだい?」

ジョルジュがわざとらしく首を傾げる。

「私は法務官です。法で裁く方法しか知りません。ですので私はすべてに対応するために書類を用意しました」

ビョルンはまた王城を見る。

「先程、近衛騎士団の手でアルフレッド皇子とガラファノーロ子爵、あなたの影は王城で拘束されました」

「・・・嘘よ!!」

マリサが思わず叫ぶ。

「アルフレッド様はシルヴァーナ嬢に婚約破棄を伝えましたが、私の補佐官であるエヴァが正式に皇子とシルヴァーナ嬢はすでに婚約破棄になっていると伝えました」

「・・・なんで・・・」

マリサは話が信じられない表情をする。

「その上でアルフレッド皇子はシルヴァーナ嬢に危害を加える可能性がありましたので、フィリップ殿下は騎士団と共に皇子を拘束しました。もちろん、王グスタフの許可を得て皇子の拘束を許可した書類も用意しております」

「王グスタフは毒を盛られてまだ回復していないはずよ!!」

「例えそうであれ、私たちは今日のことを見越して王グスタフに話をしておりました」

「王グスタフも知ってたのか・・・」

ジョルジュが舌打ちをする。

「・・・あの子は、あの子は何もしなかったの!?」

マリサがビョルンに詰め寄る。

「ええ。シルヴァーナ殿は婚約破棄の事はすでに察しておられました」

「それはわかっているわ!!でもあの子の性格だと断れるはずないじゃない!!」

「それはシルヴァーナ嬢が<悪役令嬢>だからですか?」

「そうよ!!」

「では、なぜシルヴァーナ様が<悪役令嬢>ではないかもしれないと考えなかったのですか?」

「・・・なにそれ・・・」

マリサがジョルジュを見る。

ジョルジュも今の話を理解できていない。

「わかりませんか?」

「・・・何を言ってるの?」

マリサの戸惑いがその場の雰囲気を変える。


「彼女は<前世の記憶を持つ者>です」


ビョルンのその答えにマリサだけでなく、ジョルジュも驚きを隠せないでいる。

「やはりご存じなかったのですね。彼女が<前世の記憶を持つ者>だと」

「・・・<悪役令嬢>でしょ。だって、それでなければこの世界は私の知ってる<小説>の世界じゃないじゃない!!」

マリサが叫ぶ。

だが、その思いはすぐに否定される。

「あなたは思い込みが激しい方ですね。この世界があなたの知る<小説>の世界だとしてもそのままの世界であるはずないでしょう?周りを見ればそれだけで気付くはずですよ」

「・・・嘘よ。そんなの嘘よ」

「シルヴァーナ嬢はなぜ婚約破棄ではなく婚約解消をしたかったのか?それは家族を守るためです。なにせシルヴァーナ嬢はあなた方に殺されることを知っていたのですよ。マリサ嬢、あなたが知る<小説>通りに動くはずはないでしょう」

マリサはその場に崩れ落ちたものの、すぐにビョルンに鋭い目つきで睨みつける。

「でも、まだ終わってないわ!王都の至る場所で私たちの仲間が火を放つはずよ!!」

「それも手を打たせて頂きました。パウロが襲撃されると予想される場所に兵を向けています。王グスタフの名の元に王旗を掲げて」

ビョルンが窓に歩むとすでに主要各所に向けて騎士団の騎士たちが松明を掲げて移動をしていた。

それをジョルジュも確認する。

「これで手を貸す貴族の者たちはいなくなります」

マリサも立ち上がると窓へ向かい様子を見る。

闇に包まれた王都には炎の姿は見えない。

「火が上がらない・・・!?」

マリサが叫ぶ。

「ジョルジュ様、一体どう言うことなの!?」

「彼の方が僕たちより先を進んでいたんだよ」

ジョルジュがビョルンを見る。

その様子は諦めが浮き出ていた。

「ええ。王都はすでに近衛騎士団が反乱分子を制圧してくれています。各主要都市や辺境も旅団が動いています。半月後には騒乱は終わるはずです」

「そんな嘘よ・・・」

マリサは信じられないでいた。

その感情が迷うことなく窓を叩くと埃が舞う。

「ビョルン君、僕は君が羨ましいよ。多くの仲間がいて君が思い浮かばない事を補ってくれる。私には私しかいない」

「これからどうするのですか?」

「逃げるよ。今回は負けたけど、僕は何度でもこの国を揺さ振り続けたいからね」

「隣国と同じようにですか?」

「そうだね。隣国のように王族同士で殺し合いをすればいいのさ」

「下には近衛騎士団の使い手が待機していますよ」

時計台にいるジョルジュの配下は王城から合流したレナートたち小隊がすでに制圧されていた。

ビョルンは逃げるのは厳しいとそれを暗喩で伝える。

「大丈夫さ。僕は逃げるのは得意だし」

ジョルジュが階段の踊り場に向かう。

その時、マリサがジョルジュの体にぶつかる。

それが一緒に逃亡のための行為かとビョルンは思ったが、マリサがジョルジュから離れると彼の体が階段から転げ落ちた。

その音に下にいたレナートたちが階段を登ってくる。

ビョルンも急いで下の階に移動する。

下の階ではジョルジュが倒れている。

すぐに彼に駆け寄るとジョルジュの腹部には刺し傷がありその出血の量が予想外に多い。

「ビョルン様!!」

レナートが駆け寄る。

「レナート君、すぐに医師を呼んで下さい!!上にマリサ嬢がいる。彼女も拘束して下さい!!」

レナートはすぐに手配をする。

幾人かの騎士が治癒院へ向かう。

一方でレナートは上の階に向かう。

そこには涙を流しながら笑い続けるマリサの姿があった。

それは正気を保てず気が触れている少女の姿であった。

レナートは静かに短剣を取り上げると何も言わずにその姿を見続けるのみだった。


ジョルジュの出血が止まらない。

時間が経つにつれて表情はぼんやりしており目はうつろになっている。

肌も青白く冷たくなっており、唇は紫色に染まっていた。

「耄碌してしまったかな・・・こんなことになるなんて・・・」

「喋ってはいけない。もうすぐ医師がここにくる」

「・・・ビョルン君に話しておきたいんだ・・・僕の秘密をね」

「知っていますよ」

ビョルンが優しく頷く。

「・・・なんだ・・・僕の秘密もお見通しって訳だ・・・」

「はい」

「・・・それなら僕を抱き締めてくれないかな・・・それくらい許してくれるだろ・・・」

言葉が途切れた。

ジョルジュの肉体からすべての力が抜けていた。

それが彼の死だとビョルンは知る。

「ビョルン様!!」

騎士たちが医師を連れて駆け付ける。

医師はジョルジュの傷口と脈を確認すると首を横に振った。

「残念ですが・・・」

「・・・ジョルジュ」

ビョルンはそのままジョルジュの体を抱き締める。

まだ、彼女の体には少しだけ温もりが残っている。

救いたかった。

例えどんな罪であれ、彼女には生きて欲しかった。

ビョルンの手がジョルジュの瞼を閉じさせる。

「ジョルジュ・ダリューの遺体は検視のためこちらで引き取ります」

「・・・お願いします」

ビョルンは力なく呟く。

医師が騎士たちに運ぶ指示を出す。

「待って下さい」

ビョルンが医師に声をかける。

「ジョルジュ・ダリューの遺体は女性騎士の方が運んで下さい」

「そうですね。そのようにしましょう」

医師は頷く。

医師も傷口を確認した際にその秘密に知ったと同時にビョルンの意図を受け取った。


こうしてユリウス国を混乱に導いた<異世界からの転生者>を使った事件は、首謀者であるジョルジュ・ダリューの死によって収束した。

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