決意=王都にて
ビョルンたちが王都に戻ると彼らに三つの報告が待っていた。
それは一つは朗報であり、残りの二つは悲報であった。
それはパウロから聞かされることになったのが、ビョルンとしては一喜一憂するしかないものになった。
一つはエヴァの意識が回復したと言うことであり、それはビョルンが持つ一番重い不安を解消してくれた。
だが、残りの二つはビョルンも今後起こるであろうと予想はしていたが考えていた以上に早く動いたことに驚くしかなかった。
一つは貴族院がアルフレッドとシルヴァーナの婚約解消を一時保留にしたことであり、もう一つは王グスタフが急に起こった病により倒れたことだった。
「なぜ、貴族院は二人の婚約解消を止めたのですか?」
「おそらくアルフレッド皇子とその支持者が裏で手を回していたのだろう。貴族院に所属する貴族たちの半数以上が反対に手を挙げたそうだ」
「宰相殿はどうされたのですか?」
「宰相殿はあえて何も言わなかったそうだ。おそらく何か不穏は空気を感じたんだろうな」
パウロは腕を組みながら話す。
「私としては予想の一つには入っていた。アルフレッド皇子が動くとすれば婚約解消を少しでも遅らせようとするだろうと」
「それとあれだろ?貴族階級の中にどれだけアルフレッド皇子を支持しているのかを知る布石だったんだろう?」
「ああ。だが・・・それほど数が多いとは読み違えた。エヴァを襲ったことに対してレナトゥスの指示が出るとすればアルフレッド皇子が貴族院を動かすしかない。そのタイミングは王グスタフが倒れられた後でしかない」
「・・・王グスタフは毒を盛られた可能性がある」
パウロはフィリップから直接した聞き及んだのは王グスタフの体調が異変を感じたのは貴族院の開催の前日のことだった。
それは急激な嘔吐と共に数時間後には急激な発熱により倒れた。
この事態に治癒院から専属の医師が駆け付けたが、熱のため王グスタフの意識混濁の状態である。
「命には別条はないのだが、しばらくは動けないとの医師の判断が下されている」
「正直なところ、先に動いて良かった」
ビョルンとしては先にアルフレッド皇子が動く前にフィリップ殿下に動いてもらったのは運が良かったと言える。
それは手元にあり限りはアルフレッド皇子が動く際にその対応は可能だと自信はあった。
「ところでレナトゥスの件はどうなった?」
「正体はほぼ掴めた。動機も同様だよ。残されたのはシルヴァーナ嬢の件になるかな」
パウロとの話を終えたビョルンはその足でエヴァのいる治癒院へ向かった。
病室にいるエヴァはすでに立てるまでに回復しており差し入れのフォカッチャを美味しそうに食べていた。
「あ、ビョルン様」
ビョルンの存在を確認したエヴァは微笑みで応対する。
「食欲が戻って良かった」
「ビョルン様も食べます?」
「頂くよ」
ビョルンはエヴァからフォカッチャを分けてもらう。
その後、ビョルンはこれまでの事を話した。
レナトゥスの件や現状起きている王都の件などを。
「そうですか・・・時間が迫ってきていますね」
「あとはシルヴァーナ嬢の件です。君は何を聞いたのですか?」
その問い掛けにエヴァはシルヴァーナ嬢の秘密を話す。
「そんなことがあるのですね」
「私も最初は信じられませんでした。ですが、彼女の態度を見て真実だと思っています」
「あなたがそう語るなら私は信じますよ」
「では、お願いがあります」
「なんですか?」
「私にアルフレッド皇子の審問を担当させて下さい」
「それはシルヴァーナ嬢のためですね?」
エヴァは静かに頷く。
「いいですよ。ただしまずはあなたの体を治してからですよ」
「もちろんです」
エヴァは微笑み返すとビョルンはゆっくりと彼女を抱き締める。
「ビョルン様?」
ビョルンの突然の行為にエヴァが紅潮しながら戸惑う
「良かったです。私も大人気ないですが今日くらいは良いですよね?」
「・・・はい」
エヴァの両腕がビョルンの背中に絡みつくと彼女は胸元の温もりを感じ取るのだった。
〇
王城の見える時計台にレナトゥスことジョルジュがいた。
その前にはアルフレッドとマリサが対峙している。
「本当に君は勝手なことをするね」
ジョルジュは呆れていた。
アルフレッドを使って王グスタフに毒を盛った事で彼の動きを止めることに成功した。
だが、それまでのアルフレッドの無秩序な行為のために計画の一部が漏れてしまったことが許せなかった。
特に一番警戒している終身法務官の補佐官を怪我を負わせたのだ。
ジョルジュは自らこの目の前にいる皇子に対して制裁を加えなければならなかった。
「そうね。本当に馬鹿な男」
マリサがジョルジュの隣に移動する。
「仕方あるまい。お前の計画のためには必要だった」
「でもさ、何も終身法務官殿を補佐官を襲う必要あったのかな?」
「シルヴァーナが婚約解消の書類を作ると聞いていたのだ。こうするしかなかったのだ」
「結果はどうなったんだろうね・・・ほら、思い出してみなよ」
ジョルジュの問い掛けにアルフレッドは言葉を詰まらせる。
「皇子様、僕はね君が王グスタフや宰相に変わり権力を握りたいと言うから協力してるんだよ?それがさ、好き勝手に動いてたら計画なんて無駄になるかもしれないんだよ。その辺、わかってないでしょう?」
「なんだと!!」
アルフレッドが激高する。
ジョルジュのあまりの非礼な態度に王族としての自尊心が傷ついたのだ。
「お前など私の騎士たちが今からでも殺せるのだぞ!!」
「試してみるかい?」
「貴様!!」
アルフレッドが騎士たちを呼ぶ。
だが、誰も反応がない。
「どうしたのだ!?」
「みんな、死んだんじゃない」
マリサがアルフレッドの愚かさにこらえきれずに笑う。
「馬鹿な!!」
「そう興奮しちゃ駄目だよ。ほら、首筋が傷つくよ」
ジョルジュが右手の人差し指でアルフレッドの首筋を示す。
アルフレッドの視線が何かに気付いた。
そこには首筋に刃を突きつける短剣があった。
「・・・いつの間に」
アルフレッドの気付かぬうちに何者かに背中を取られていた。
それはアランたちと戦った影だった。
「彼が君の騎士たちを殺したよ」
「そんな・・・」
アルフレッドが絶望の表情を浮かべる。
「もう少し冷静になってほしいものね」
マリサがゆっくりとアルフレッドに近づく。
「・・・マリサ」
「私、駄目な男も好きよ」
「マリサ・・・私は・・・」
「皇子、ジョルジュ様の話をきちんと聞いてくれますか?」
マリサの表情が無慈悲になる。
「も、もちろんだ」
「どうかしら、ジョルジュ様?」
「そうだね、今回は許してあげましょうか」
ジョルジュが影に目で合図をする。
短剣がアルフレッドの首筋から消える。
殺意から解放されたアルフレッドはその場で崩れ落ちる。
「でも、大切な騎士さんたちが死んだのはどうするのかな?」
「それはお前が・・・」
そこでアルフレッドが目を伏せる。
これ以上は何も言ってはいけないと感じたからだ。
「後始末は君に任せるよ」
「ねえ、ジョルジュ様。今後はどうするの?」
マリサが無邪気に尋ねる。
「今は何もしないよ。するのは皇子だけだよ」
「ああ、わかっている」
「ちゃんと人手は集めておいてよ。でないと隣国みたいに同じ国民同士の戦うことになるからね」
「・・・ああ」
「ではまたね、将来の王様」
ジョルジュはマリサと共に時計台を出る。
「あの皇子、使えないわね」
マリサが呆れている。
「使えないって言わない言わない。君が将来贅沢したいなら彼を可愛がってあげないよね」
「そうね。早く来月の懇親会が来てほしいわ。そこでシルヴァーナの惨めな姿を楽しみたいもの」
「それは最後のお楽しみだよ」
ジョルジュは思う。
あの終身法務官殿がどのような手を打とうともこの国は騒乱になる。
その自信は確認に近いものになっていた。
過去にジョルジュはレナトゥスとは別の名前で故郷を襲った隣国の貴族たちに取り入って今回のように婚約破棄騒動を起こした。
最終的王族同士の争いが発生し、今でも騒乱が続いている。
今回も同じようにこの国を混乱させようとしている。
不安などあるはずもなかった。
愚かな皇子など計画の手段でしかない。
・・・さて、終身法務官殿はどうするのかな。
楽しみで仕方ない。
その日が来るのは待ち遠しい。
それを考えるだけでジョルジュは笑いが止まらなかった。




