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統計=王都にて

推理回となります。

<異世界からの転生者>がどのようにビョルンたちの世界に来るのか。

ビョルンたちが考えます。

マグナ・シュラクサイは王都より南へ馬車で半日ほどの距離にある小さな街である。

王都に近いと言うこともあり、また、古来より温泉地でもあるため貴族階級や騎士階級の者たちだけでなく市井の人々もこの地を保養地として使用していた。

この地にアトルシャンが紹介するかの数学者はいた。

ビョルンはトリスタンと共にマグナ・シュラクサイに到着すると、休む暇もなくコンスタンディノス・トランティニャンことコスタに面会した。

彼らの近くにはトリスタンの保護者になったジュリアンや警備を任されたアランとレナートも控えている。

コスタと初めて会うビョルンは彼の印象をこう位置づけていた。


・・・確かに変わり者だ。


学者とはこうも自堕落的なものなのだろうか。

部屋中の至る場所が羊皮紙で埋め尽くされており、ソファーは寝床のためか寝汗で汚れた毛布が置かれている。

コスタ自身も髪の毛は乱れており、無精ひげがより生活にだらしがないことを証明している。

それはある種、人間らしさが感じさせてくれた。

コスタはアトルシャンからの招待状を手にするとその内容を確認する。

「アトルシャン君か・・・懐かしいね」

コスタは懐旧する。

その姿にジュリアンたちも緊張がほぐれてゆく。

「長官とは学生時代は同級生と聞いております」

「同じ教室で学んだ仲だったね。なぜか気が合っていたんだよ。あれ?何故仲が良かったんだ?」

「それは好物が同じものだったを聞いています」

「そうだった、そうだった。私と彼は干し葡萄が好きだった。もっと言うなら乾燥果物全般だった」

コスタは過去を思い出しながら他人などお構いなしに自分だけが納得していた。

その様子からも何故アトルシャンがコスタを自分に紹介したのかビョルンはその人となりから理解した。


・・・この人は裏表がない素直な方だ。


だからこそアトルシャンが紹介したのだと思った。

「そうだ、今日は君からの相談を受けなければならないんだったね。それで話を聞かせてくれますか?」

コスタから尋ねられたビョルンはこれまでの経緯を話すと自分が一番知りたいことを話す。

「コスタ殿、私たちはどうして<異世界からの転生者>がどうやってこの世界に来るのかを知りたいのです。レナトゥスと名乗る者はその方法を知っていると思われます。それでなければこれほど多くの人々を操れるとは思えないのです」

ビョルンがコスタに資料を渡す。

その資料を簡単に目を通しながら所々で頷く。

「なるほど・・・君の話すことは理解した。だけど、その<異世界からの転生者>と言うのがどうやってこの世界に来るのかはさすがに私でもわからないよ」

ビョルンの期待していた答えをコスタは否定する。

「厳しいのでしょうか?」

「根本的にそれは出しようもないものなのだよ」

コスタは迷う事なく答える。

「だがね、この世界に来る時期はわかるかもしれない」

「どういうことでしょうか?」

ジュリアンが不思議そうな表情をする。

「もしレナトゥスと言う者が<異世界からの転生者>を知っていたとして、彼らに関わることができるのかを考えると事前にどの時期に生まれてきたのかを計算できていると思うのだよ」

「生まれた時期をですか?」

「そうです。もしレナトゥスが最初からその事を知っていたとすれば<異世界からの転生者>を探し出すのは意外と簡単だったのもしれないのです」

「なるほど。候補は見つけやすいと言うことですね?」

「そうです。では、それをどうやって探すのか。それは出生を確認すれば導き出せますよ」

コスタは立ち上がると中央にあるテーブルの上の紙束を両手を使い弾き出した。

その様子にジュリアンやトリスタンたちも笑いが出てしまう。

綺麗になったテーブルの上に今度は奥から木でできた札を多く用意する。

続けて<異世界からの転生者>と思われる者たちの出生証明書も置く。

「今からこの札に<異世界からの転生者>たちの生まれた日を記入して下さい。全員分ですよ」

コスタに促されてビョルンが書き出すと近くにいたアランやレナート、トリスタンもそれに倣う。

名前と出生日が書かれた札に記入は終わると、コスタは次に別の札にそれぞれ季節の単語を書く。

「ここには<春><夏><冬>と書いた札を並べます。次に<異世界からの転生者>たちの出生日を季節ごとに並べてみましょう」

「<秋>はないんですか?」

トリスタンは自然と疑問を口にする。

「君の世界ではその<秋>と言う季節があるのかね?」

「はい。<夏>と<冬>の間にあります」

「面白い世界だね。それも心に留めておきましょう」

コスタの指示でビョルンたちは札を季節ごとに並べてゆく。

「これは・・・」

並べ終わった時、ビョルンたちはある事に気付いた。

札の多くが<春>に置かれていた。むしろ<冬>など皆無だった。

「これを見てどう思いますか?」

「彼らは<春>に転生してくるのですか・・・。でも<春>に固まるのは何故ですか?」

「春と言うのは古来より暖かく生活をしても寒さなどありません。つまり出産に適した時期です。夏に関しても同じですが炎天下などで母体に影響が出ることもあるので炎天下などは厳しいところもあります。冬は論外でしょう。暑さ同様に冬の寒さは母体に影響を与えます」

「しかし、それだけでは説得力はないと思います」

「数字と向き合う者としてはすでにこの数がすべてを表していると考えます。私はあえて君たちの前で形と表しただけです。彼らの多くは<春>に生まれたのだと」

<春>の札に指を示すコスタは続ける。

「君たちが納得しないのはわかります。ですがこれは統計として見れば真実なのです」

「統計とはなんですか?」

「これは集団と言うものを様々な観点から調べてその傾向などの数字から見る方法です。例えば子供たちが好きな食べ物で一番人気がある物を探そうとしましょう。まずは彼らにどの食べ物が好きか聞いてみます」

コスタは何枚かの札に<パン>と<果物><魚><肉>と書く。

<パン>の札を十枚、<果物>を五枚、<魚>を三枚並べる。

「調べた結果、パンが人気でした。これだけで何が人気はすぐにわかるはずです。これも統計の一つです」

コスタはビョルンたちの前で最初に言いたいことを視覚で伝える。

「では、パンが人気だったのは男の子か女の子か知りたいと考えます」

今度は別の札に<男の子>と<女の子>を書くとテーブルに置く。

「すると<男の子>は六枚、<女の子>は四枚となりました。これを見るとパンは男女問わず人気なのだとわかります。これを簡単に言い換えると統計上の平均と言います」

コスタは続ける。

「私のような数学者の間ではどの業種でもこの統計を生かした方法で生産高の予想をするのです。例を挙げるながら農政局の局員が農作物の収穫高を毎年出して今後の収穫高を予想することがあるのです。これにより市場の動きを予想し物価の上昇を抑えることで市井の生活を守る。もちろん天候による都合などもあるが数字を出すことでその後の対策も取りやすくなります。この方法を今回は転生したものの資料を基本として今回のような予想を立てたのですよ」

「・・・あ、僕、前の世界でそれに近いことを学校で習いました」

「そうですか。君のいた世界でも習っていたのですね」

コスタが目を細める。

「ビョルン君、私が言いたいことはトリスタン君はすぐにわかってくれたが、君はどうかね?」

「私も理解できました」

「そうです。つまりは今回の出生で<春>に多く生まれたこと自体が答えなのです。では、今度はどうやってこちら側に来たのかを考えたいのですが、この資料ではなかなか厳しいですね」

「それは何故でしょうか?」

「この資料では彼らは前の世界では<高校生>や<中学生>、これは<大学生>など我々の世界にはない言葉がありますがこの職業のようなものについていますね。トリスタン君、この単語はどう言う意味ですか?」

「この世界では勉学を学ぶ若者の事を言います。みんな、年齢は十代から二十代くらいの年齢が多いと思います」

「つまり若い頃に亡くなっているのですね?」

「はい。僕もそうです。僕は<中学生>の頃に亡くなっています」

「皆さん、これも転生の際の法則だと言えるでしょう。では、今後はもっとも重要なことを知らなければなりません。彼らはいつ亡くなったのでしょうか?」

コスタは資料に再度目を向ける。

「残念ながら彼らは前の世界で自分が亡くなった際のことを証言していません。少しでもあれば統計できるのですが、おそらく覚えていないのか記憶が曖昧なのか、それともレナトゥスと言う者に脅されているのか・・・」

ビョルンの脳裏にはジャビエンヌの自死した姿が浮かんでいた。

彼女は恐怖で自ら死を選んだ。

それほどレナトゥスが恐ろしかったのだ。

そうなれば転生した彼らが口を噤むのは当然だと言えた。

「ですが、今回は目の前に生きた証言者がいます」

コスタはトリスタンを見る。

「トリスタン君、君のことです」

コスタの視線にトリスタンは自分の立場をすぐに理解する。

「私は君が亡くなった際の話を聞きたいのですが?」

トリスタンが俯く。

「・・・やめておくかい?」

ジュリアンがトリスタンを心配する。

しばらくしてトリスタンが顔を上げる。

その表情は凛としたものだった。

「大丈夫です。話します」

トリスタンは頷く。

「前の世界では僕は両親に虐待を受けていました。僕が亡くなる前、雪が降っていました。僕は…その日、両親に海に投げ込まれたんです。本人たちはいつもように冗談半分で海に入れたんだと思います。でも冬の寒い季節だったので体が動かなくなって・・・気が付くとこの世界にいました。その時の記憶は僕は・・・八歳の頃に思い出したんです」」

トリスタンは言葉に詰まることもありながら、簡潔に自分が亡くなった際の話をした。

「そうですか・・・君には嫌な事を思い出させてしまった。申し訳ない」

「いえ、僕が望んだことです」

「君の勇気に感謝する」

コスタは微笑む。

「これで答えは出た。この世界とトリスタン君がいた世界は一つの季節で繋がっている」

コスタは再び、季節ごとに出生順に札を並べると追加でトリスタンの名前と<冬>を書く。

「トリスタンの世界で<冬>に亡くなるとこの世界の<春>に生まれる、つまりは一つの季節の後に移行するのです。これは一種の周期になっているのでしょう」

「では、我々の世界で<春>に亡くなると向こうの世界では<夏>に生まれるのですか?」

「その可能性はあるでしょう。そもそもトリスタン君の世界では<異世界転生>と言う名の物語が流行しているのです。存在してもおかしくはないでしょうね」

誰もがコスタが話す内容に理解する。

「これでマリサ嬢が春に生まれていれば彼女も転生者になるでしょう」

「彼女も<春>に生まれています。年齢的にも適合します」

ジュリアンが別の資料を確認する。

「ただ、シルヴァーナ嬢は春に生まれておりません。彼女は<冬>に生まれています」

「それは適合外ですね」

ビョルンは考える。

これはどういうことなのだろうか。

フィリップの推測は違っていたと言うことになるがビョルンとしてはフィリップの考えは間違っているとは思えないでいる。

「コスタ殿、レナトゥスがこのような方法を知っていたとして彼が数学に詳しいような人物とは考えがつきません」

「君はレナトゥスに会ったのですか?」

「はい。二度ほど」

「なるほど。君が法務官としての印象論は間違いはないでしょう」

「では、誰かが教えたと言うのは考えられませんか?」

ジュリアンは前提としての推理を話す。

「その可能性も捨てきれないですね。でも確証はできませんね」

「これは何とも言えないですね」

ビョルンも考え込む。

「私も数学者としては数字しか事実を表すことができないものですよ」

コスタも苦笑するしかない。

その後も彼らの間で不毛な会話が続いた。

どのみち答えは出ないのだが、ビョルンたちは少しでもレナトゥスに近づける方法を模索してゆく。

ビョルンたちの会話がいつの間にか世間話に移行してゆく中、トリスタンはその間にコスタの本棚に興味津々だった。

「あの・・・この本とか見て良いですか?」

「構わないよ」

コスタに認めてもらい、トリスタンは本を手にすると夢中になって次々と読み流してゆく。

「何か興味があるものがありますか?」

ジュリアンが尋ねるとトリスタンは頷く。

「僕は前の世界ではあまり勉強させてもらえませんでした。今はこの世界にいて勉強ができると嬉しいんです」

トリスタンは笑う。

「でも、これを読んでいると統計の考えは前にいた世界と変わらないものなんですね」

「コスタ殿、これは何ですか?」

ジュリアンもトリスタンの手にする本に興味を示す。

「それはこの国にいる数学者が自分たちの考えを発表した際にその内容をまとめたものですよ。その本は毎年発行されるのですが統計に関しても発表されてますね」

「統計が使われ始めたのはいつ頃ですか?」

「確か四十年前ほど前かな」

「それほど時間が経過している訳ではないのですね」

ビョルンが他の本に手を取る。

「そうですね。数学者は毎年新しい考えが生まれます。その中で農業や水産業などに生かされるのはそれほど多くはありません。統計は今でも使われているのは予測ができるもっとも最善な方法だと言えるでしょうね」

「その方は凄い方ですね。お名前は何と言うのです?」

ふと、ジュリアンが当たり前のように尋ねる。

「そうですね・・・確かこの辺りの本に書かれていたかと・・・」

コスタはいくつの本を手にしながらその数学者の名前を探す。

「ありましたね・・・」

コスタの言葉が止まる。

その様子にビョルンはコスタに近寄る。

「どうされましたか?」

「いや・・・こんなこともあるのだね」

コスタは開いた本をビョルンに渡す。

そこにはその数学者の名前が書かれている。

「・・・レナトゥス・ダリュー」

誰もがその名前に反応する。


・・・レナトゥス。


そして、ダリューの名前。

これは偶然とは思えなかった。

「コスタ殿、この方の出身地はどこでしょうか?」

まずはそこを確認しなければならないとビョルンは確認する。

コスタはすぐに数学者の一覧を確認する。

「ドゥラスですね」

「ビョルン殿!!」

ジュリアンだけなく、アランたちもその地名に反応する。

ビョルンは彼らを見ながらすべてに置いて納得する。

「これも運命なのでしょうね。私たちはコスタ殿に感謝しなければなりません」

「そうかい?僕は何か良いことをしたのですね?」

「もちろんです」

ビョルンは手にした本を改めて確認する。

そこに書かれた名前に運命さえ感じていた。


・・・これで繋がりました。


ビョルンは自分自身の感情が高ぶるのを感じていた。

ようやくレナトゥスの姿を捉えることができた。

そして、ビョルンは彼に対しての審問を行う日が近づいているのを身をもって知るのだった。

主な登場人物

コンスタンディノス・トランティニャン=有名な数学者で変わり者。アトルシャンの同級生。

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